魔界編 ススカ 29
ススカより西へ未開の森を挟んで逆側、尖った針葉樹だけが生えるこの地域に鉄の柵で囲われた街がある。
街には、多くのテントが張られ、そこらかしこでサイクロプス達が、焚火をしている。
この街唯一の建物、ヨーロッパの古城のような城。
背後を尖った禿げ山に囲まれた、その石造りの城は酷く朽ちている。
サイクロプス達が守る門を抜けると、松明の灯だけが灯る石壁だけの暗い廊下。
天井が高く、暗く突き当りは見えない。
一本道に成っている廊下の突き当りには、両側に10mを超す大男のサイクロプスが、黒いフルアーマープレートを着用し扉を守っている。
彼等のヘルムには、ヤギのような1mぐらいの角が生え、頭を完全に隠し、顔はうかがい知れない。
その体格に見合う、三又の槍を持つ二人が守る大きな扉。
10mはあろうかという鉄の扉の中に、また薄暗い石造りの部屋。
窓は少なく、そこから少しの光がさして、地面にある赤い絨毯を照らしている。
地面には、入口から続く赤い絨毯が扉から奥まで続き、階段を昇っている。
階段を3段上がった所にひじ掛けのついた立派な王座。
その周りには、食べ物のカスが散らかり、王座の後ろには、肉や魚、果物が高い天井まで山積みにされている。
クチャクチャとひたすらに成り続ける咀嚼音、音はそれしかしない。
赤いマントを付けた細身の男が、その王座に座り、ひたすらに山積みにされている物を口に運んで、食べる。
金髪に青目、勇者のような容姿をした魔王ベルゼブブ。
彼は、今日も自分の城で眠りもせず、食べ続けていた。
「魔王様、大変だっピ。 勇者が攻めてくるっピ。」
「勇者だぁ? めんどくせぇな、なんでこっちにくるんだよ。」
そのベルゼブブに、話しかけている人骨のヌイグルミのような悪魔。
羽も骨、尻尾も骨のプチデーモン、パタパタとその骨の羽を動かし浮いている。
彼女の名前はリリス、ベルゼブブの側近である。
「難民の話だと、サタンが負けたッピ。 それでススカに向かってるッピ」
「ススカだ? 食いもんねぇ街はどうでもいいわ。」
必死に話すリリスに顔もむけず食べながら話すベルゼブブ。
「少しは食事を止めたらどうなんだ、魔王よ。」
「うるせぇ、腹が減るんだよ。」
布ローブを着こんだ角なしデーモンの男。
ベルゼブブが投げてくる骨を手で払い除け、嫌そうな顔をしている。
頭まで被ったローブから白色の肌、緑の髪、金色の目が見える。
手には、大きな宝石のついた杖を持つ男。
彼の名はアスタロト、彼もベルゼブブの側近である。
3人の空間に、唯一の扉を開けて入ってくる普通のサイクロプス。
手にはこん棒を持って、少し息が荒い。
「魔王様、ススカより使者が来ました。」
「ほぉ……」
珍しく食事の手を止めたベルゼブブは、その使者を招き入れるのだった。
街会議が終わった後、ムジと少し話をしてヒヒの馬車に乗り込んだ。
鉄でできたその馬車は、少しお尻が冷たい。
ミドラは別の馬車を手配すると言って、その場で座って待っていた。
何か少し悪いことをした気がする。
「主、明日最初にコテツの所寄ってもらえないかねぇ。」
何か用があるんだろうか、そういえば、いつも身に着けている大剣が無い。
「いいけど、剣どうしたの?」
「コテツにちょっと細工してもらうのさ。」
「セリカずるいです! 私も少しこの子良くしてもらいたい所があるのに!」
寝ているラーナちゃんを、抱いたルルがセリカに噛みついている。
私も少しだけ弄りたいなぁ。
「主を私が出かけてる間に行けばいいのさ、結構かかるのかね。 ヒヒ」
「セリカねぇ、大体往復2日ぐらいかかるぜ。」
「2日もあるのさ、その間にルルも行ってこれば良いのさ。」
「そうですね。 セリカに負けたくありません。」
二人でじゃれ合い始める、この二人なんだかんだ仲良いよね。
ルル、その手に出している火の玉はどうするの?
「とりあえず、最初にコテツの所行って、それからベルゼブブの所ね。」
「主、ありがとうなのさ。」
「その前にご飯よ、ご飯。 あんまりメルサ待たせたら悪いしね。」
「今日は何が出てくるんですかね!」
目をキラキラさせているルルに、ヒヒが色々な料理を教えだす。
それを真剣に聞いているセリカ。 セリカも結構食事が好きなようだ。
そんな会話をしていると、メルサの店に着いた。
3階まで全ての窓に明かりがついている。 満車の馬車留め。
でも周りの家は無くなっているので、土がむき出しに成っている場所に置く。
相変わらず1階からは、賑やかな声が聞こえている。
「ルルちゃん、この辺のお家はどうしたの?」
「私が細かくしちゃったみたいで、無いんです……」
少し俯き加減で言うルルちゃん。 気にしている様だ。
「ムジに言って、最初に作ってもらいましょう。」
「実は、カガリさんが家を作るみたいで、少し時間かかるんですけど、そこに住むみたいです。」
カガリ、木工ギルドの彼女が作る家は木の家だろう。
「木の家ね。 いいわね、私も欲しいわ。」
「カガリさんに言っておきますね。」
「最後で良いわよ最後で、土地も無いんでしょ。」
「主は、魔王様だから城だねぇ。」
「セリカ、やめてよ。」
ケラケラ笑うセリカ。
話していると、ムーが出てきて馬車の治具をヒヒから取り外している。
「おかえりニャ、今日はお魚だにゃ、ごちそうにゃ。」
手を動かしながら言うムー。 顔が本当に嬉しそうだ。
「ムー、あれ頼んだんだぜ。 皆、また明日な!」
ヒヒは奥へ行ってしまう。
「メルサが料理作って待ってるニャ、早く行くニャ!」
テトテトと、店に入って行くムーの後に、ラーナちゃんを起こして、4人で店の中に入るのだった。
扉を抜けると、テーブルと椅子が並べられ、カウンターで吞んでいる魔人達が見える。
少し遅い時間なので、食事をしている者は誰も居ない。
ラーナちゃんは家族の元へ行くようで、宿の方に上がってしまった。
またメルサを待たせてしまったと少し後悔しながら席に着く。
同じテーブルに座るムー。
「今日は一緒に食べるニャ。」
ルルと楽しそうに話ながら待っていると、真っ黒なヘルキャットが食事を持ってくる。
ムーと変わらず手と頭に載せて持ってくるヘルキャットはムーと対照的に目も真っ黒だ。
「キングヘルサーモンのムニエルだニ゛ャ、他のも持ってくるニ゛ャ。」
少し掠れた声のヘルキャットは、カウンターの奥に入って行く。
「ムーと同じ種族のエーテにゃ! エーテは凄いんだニャ! 黒なんだニャ!
黒の何がすごかったのかニャ?」
自分で言って首をかしげているムー。 彼女自体にも何か変化があったようだ。
「ムー、体におかしなところは無い?」
「無いニャ、絶好調だニャ。 なんでにゃ?」
「いや、聞いただけよ。 気にしないで。」
ムーの身体に変化が無いなら大丈夫そうだ。
残りの食器と皿を持ってくるエーテ
「これで全部ニ゛ャ、俺は寝るニ゛ャ、後は任せるニ゛ャ、ムー」
「はいニャ! お休みなのニャ!」
エーテも2階に上がってしまう。
気付くと周りには私達だけに成っている。
「これがお魚ですか! おいしいです。」
「旨いねぇ、メルサの料理はいいのさ。」
切り身を骨ごと食べるルルとセリカ。
「ニャニャ、骨は分けた方が良いのニャ。」
「そういうのは、食べる前に言うのさ。」
セリカの皿には、もう魚は無くなっている。
ルルは言われてから、骨を避けて食べだした。
私も食べよう、赤い切り身に衣がついて、ソースを吸っている。
衣にスパイスが沢山見える。
ナイフで切り分けて、フォークで口に運ぶ。
口に入れた瞬間広がる旨味と香ばしさ。 やっぱり、メルサの料理は美味しい。
「セリカ、おかわりでしょ~。 持ってきてあげたわよ~」
手と腕に6枚も皿を乗せたメルサがやって来る。
「メルサ、ありがとなのさ。 おいしいのさこれ。」
「嬉しいわねぇ、まだあるわよ~」
2口で食べてしまうセリカと、奥からドンドン持ってくるメルサの戦いがしばらく続いた。
「セリカ、解ってたけど、滅茶苦茶食うのにゃ。」
「そうかい? まだまだ行けるけどねぇ。」
ケラケラ笑うセリカにムーが呆然としている。
「エーテも可愛いですけど、やっぱりムーちゃんです。」
そのムーを抱きかかえるルル。
皆でその後談笑して、2階に戻った。
迎えた翌日、いつもの様に2人は居ない。
私が遅いんだろうか? 廊下で会った魔人達に挨拶を済ませ、1階の食堂に行く。
今日は一応鎧を着ていく。 魔王に会うんだからね。
昨日と同じメンバーがテーブルを囲んでいた。
「おはようございます、メランさん。」
「おはようなのさ、主。」
「めらんお姉ちゃん、おはよう。」
3人は既にパンとスープを食べて、話に花を咲かせていた。
「ラーナちゃん、よく眠れた?」
「ここのベッドフカフカなのです!」
よく眠れたようだ、口についているパンくずを指で取ってあげる。
「ありがとうなのです!」
元気よく返事をくれるラーナに朝から癒される。
「私、今日はラーナちゃんと一緒にカガラの所に行って、その後コテツの所に向かいますね。」
「留守番で悪いわね、ルルちゃん。」
「メランお姉ちゃんとセリカお姉さんは、どこか行くの?」
「ちょっと街の外にねぇ。 明日の夜帰って来れるのさ。」
「2日居ないんだ、残念です。」
「何かお土産持ってくるわよ。 楽しみにして待っててね。」
「わぁ、お土産楽しみです!」
はしゃぐ、ラーナちゃんを見ながら朝食を済ますのだった。
昨日と違うスープとパン。 今日もメルサの料理は美味しい。
メルサとムーに挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。
「相変わらず、遅めだぜ、ねぇさん達。」
「なんだねぇ、魔王様に文句かねぇ。」
ケラケラ笑うセリカ。
最近私を弄りすぎじゃないだろうか。
南西にある宿から、西門を通ってコテツの店に向かう。
相変わらず町は活気で溢れていて、他の街との物流は止まっていないようだ。
西門も相変わらず馬車と魔人が、列を作る。
これを維持しないと。 少し気持ちが入る。
西側の街はセリカの活躍もあってか、建物の補修は終わったようだ。
お店が普通に営業して、所々にヌイグルミの様なプチデーモンを普通に見かける。
依然は見なかった景色に本当に変わったんだと実感した。
コテツの店がある路地の前の大通りに止まる。
「お二人さん、俺はここで待ってるぜ。」
ヒヒをその道に待たせて、セリカについて歩く。
コテツの店の入り口が高くなっているのは、何故だろうか。
「コテツ、取りに来たのさ。」
セリカが左のカウンターの奥に向かってしゃべっている。
「すまねぇ、こっちまで取りに来てくれねぇか。 重くてよ。」
「相変わらず貧弱だねぇ。」
「うるせぇ、お前がおかしいんだ。」
セリカが中に入って行く、大剣を持って出てくるセリカ。
それをカウンターに置く。
「メランじゃねぇか。 元気してたか?」
「主は魔王になったのさ。 頭が高いぞコテツ。」
「頭なんて下げなくても良いわよ。」
「お前、本当に魔王に成ったのか? もう、訳わかんねぇな。」
髭をすすりながら笑っているコテツ。 この男は相変わらずの様だ。
「セリカ、注文通り模様は掘った。 だが魔力を流すのは俺じゃできねぇ。」
「わかってるのさ、ちょっと離れてるのさ。」
セリカが、大剣を持つ。
剣の刃の部分だけ魔力が抜けてただの鉄に成っている大剣。
その刃の部分にツタの模様がずっと描かれている。
セリカの髪が浮きだす。 魔力を込めている様だ。
ツタの部分が緑に変色し、手元から染めていく。
それを追うように、真っ赤に成っていく刃の部分。
依然流した胴の部分よりも濃い赤。
セリカの手元から広がっていく緑と赤に、もとからある模様が苦しそうに鼓動している。
2色の色が、剣先まで染め上げるとセリカは魔力を止めた。
「完璧だねぇ、コテツ相変わらずいい仕事するのさ。」
「お前、なんか前より濃く成ってないか? その剣。」
「私も日々進化しているのさ!」
「セリカ、自分でできるように成ったんだ。」
「ルルのお陰さね。 主」
大剣は、もとからあった模様に加えて、刃にも模様が入って、芸術品の様な大剣に成る。
それを布で包むセリカ。 背中に背負って治具を付けると、その具合を確かめていた。
「とりあえず一回使ってみてくれ。 感想くれたら何か思いつくかもしれねぇしよ。」
「コテツ、わかったのさ。 ありがとなのさ。」
「セリカ、お金は良いの?」
「前の500で十分だぜ、メラン」
嬉しそうなセリカに視線を送りながら言ってくるコテツ。
コテツが良いなら良いか。
「主、付き合ってくれて、ありがとうなのさ。」
「セリカ良かったじゃない。 今度手合わせしてね。」
「またあそこ行くかね。」
ケラケラ笑いながら出ていくセリカ。
コテツの店の入り口を大剣を当てて、溶かし大きくして出ていく。
「なぁ、一回注意してくれないか。 毎回気付いたら出て行ってしまってよ。」
「自分で言えば良いじゃない。 今度は最初に言うのよ。」
「そうなんだけさぁ、あいつの嬉しそうな顔見るとなぁ。」
「私も行くわ。 私のもまた見てね。」
「あぁ、待ってるぜ。」
出口を見ているコテツに挨拶をして。 店を後にした。
大剣を背負っているセリカの後を追い馬車に乗り込む、
門までの間、何を変えたのか聞いても、はぐらかされてしまった。
セリカも魔力操作が上手くなって、あの時魔力に触れていない私は大剣に何をしたのか分からなかった。
今度一度剣を交えて確認しなきゃ。
西門に着いた、相変わらずの列。 出口はスムーズに流れている。
ガヤガヤする門。 検査をしている様だ。
「おう、ヒヒじぇねぇか。 出立か。」
ダンテの声がする、彼は今日西門に居るようだ。
「ダンテ、俺が無事に帰って来る事を願っててくれだぜ。」
「なんだ、ヒヒ自信ねぇのかよ。」
笑いながら黒い馬体を叩くダンテ、そのまま、こちらに向かってくる。
「あんまり大げさなのは出来ないけどよ。」
足を揃え、敬礼するダンテ。 周囲の衛兵も検問を辞めて集まって来る。
周りの魔人が何事かと静まり帰り、その静まりが広がっていく。
「ご武運を!」
腰の剣を抜き、剣を縦に体の前に構えるダンテ。
薄暗い門の中で、剣だけが輝きを放つ。
他の衛兵も同じように剣を構える。
その後ピタリとも動かないダンテ達。
「行ってくるわ。 よろしくね。」
ヒヒが歩き出す。 こうして、私の街を出た。




