魔界編 ススカ 16 ~ルル編 1~
相変わらず時間は進みません。
灰色の魔人達に襲われて、自暴自棄になって魔法を放っていたら、魔人みたいな姿になっちゃいました。
あの蛇のセリカも、人型に成ったみたいです。
赤い髪、サラサラしてて羨ましい。
メランさんの攻撃?で唯一残った馬車に乗っています。
最初は警戒していましたが、このヒヒという馬良い馬のようです。
私とも喋ってくれます。
少し話した後、私は寝てしまいました。
あの優しい魔力を感じます。 ずっとこうして居たいような、そんな気分。
"安心"これまでの人生で初めての事です。
あの日々を思い出します。
毎日が死の恐怖で塗られた鉱山宿舎での仕事。
すぐに殺されてしまう仲間たち。
プチデーモンにはそれが日常でした。
そんな種族。
"種族"とは何なのでしょうか。
炭鉱で働くコボルトやオーガは、私たちの必死で作った料理を食べて喜んでいます。
でも、私たちは食べられません。
何も得ることは出来ないのです。
食事、水、魂さえ取り込めない私達。
ただ毎日、ひたすら他の種族の言う事を聞いて過ごす毎日。
そして、何かあると殺される。
喋る事さえ許されません。
それが当たり前でした。
僅かな魔力を回復させるために戻った村。
何の思い出も無い、私が沸いただけの村。
でも、そこに帰ってしまう、そこしか居場所がありません。
そこでも、軍に無理やり働かされます。
未開の森から魔獣が溢れるから手伝えと。
私より何倍も強いサイクロプスが、私達を盾に構えている。
そんなバカな風景。
でも私達はそういう種族なのです。
森から出て来たのは魔獣ではありませんでした。
白い髪、赤い目の"角なし"デーモン、一目見て綺麗だと思いました。
私達みたいにすぐに殺されはしないですが、弱い存在。
鉱山宿舎に居た時も、何人か見ました。
彼等も私達をすぐに殺すんですけどね。
サイクロプス達に遊ばれた私は気を失ってしまいます。
起きると、角なしデーモンだけが居ました。
レッドデビルサーペントを連れた角なしデーモン。
その蛇は恐怖の対象でした。
小さな体で村々を襲い、滅ぼしてしまう。
そんな対象を連れている彼女。
最初は訳が分かりませんでした。
メラン、そう名乗った女性。
本当に何も知らない様子の彼女。
私の知っている事を話します。
今思えば人生で一番喋ったかもしれません。
魔人の前で初めての自由。
彼女と一緒に街に向かいます。
村が無くなってしまったのです。
サイクロプスに皆殺しにされたのですが、それは普通です。
ただ他の同族達の仕事が空いてしまいます。
伝えないと殺されてしまう。
奴隷の仕事を貰いに、街へ行くのです。
そういう種族なのです、私たちは。
メランと蛇と一緒に村からの道を歩いています。
あんなに怖かった道。
彼女達と一緒だと怖くありませんでした。
そしてメラン、私を抱きかかえると跳んだのです。
物凄いスピードで流れる景色。
思わず気絶してしまいます。
鉱山宿舎の時は必死で抑えていた気絶。
これも、彼女の傍で安心していたのだと思います。
目が覚めると、角ありの魔人達がメランを狙っていました。
あんなに良くしてくれた彼女。
でも、角なしデーモンです。
角ありには敵いません。
それがこの世界の"常識"です。
でも彼女に逃げてほしかった。
その思いで叫んでしまいます。
必死でした。
魔力を使い果たし、死んだと思いましたが不思議な物を取り込んで今生きています。
蛇が龍に成った時は怖かったです。
でも魔人共のように私に危害を加えません。
むしろ優しく接してくれます。
こんな存在の私に優しく接してくれる何か。
よく考えれば、私の為に一番行動してくれたのは蛇のセリカかもしれません。
本人には言いませんけどね。
こんな事を思い出せるぐらい安心できます。
優しい魔力が体を満たしてくれます。
ずっとこんな時間が続けばいいのに。
意識が覚醒して現実に戻ります。
ガヤガヤとうるさい音、馬車の走る音、魔人達の喧騒。
この鉄の匂い。
ススカの街に着いてしまって居たのです。
安心した時間は結局睡眠に使ってしまいました。
睡眠で回復するだけの種族。
それが私達です。
「ルルちゃんおはよう、教会に向かってるの。ほらあそこ。」
"教会"茶色い町の中にポツンとある白い建物。
あそこには見覚えがあります。
沸いた時に最初にここに連れてこられます。
種族を確かめる為です。
解り切っているのにされる種族確認。
最初の拷問だったそれ。
プチデーモン、石碑に現れたそれは、私の種族としての生活の始まりでした。
姿は変わってもステータスを見た彼等は、同じことをしてくるでしょう。
そうするとメラン達にも迷惑をかけてしまう。
一緒に居られない。
「着いちゃったんですね。」
口から思わず出てしまいました。
教会に着いてしまいました馬車が止まります。
あれだけ居た魔人達が誰も居ません。
時間でしょうか。
「珍しいな、教会が閉まってら。」
ヒヒが言います。
身を乗り出して見ると、確かに開いていた記憶がある門が閉まっています。
彼女達と少し長く居れそうです。
先延ばしだとは解っているんです。
でも、何も楽しいことの無かったこの世界。
少しの幸せがうれしいのです。
でもヒヒの横に恐怖の対象が居ます。
その出で立ち、シスターと呼ばれる女。
彼女達の不思議な力でステータスが見えてしまうのです。
思わず身を隠してしまいました。
「神託が止まってしまったのです。ステータスが見れなくなってしまいました。」
ヒヒに話すシスター。
嬉しかったです。 もう今までで一番嬉しかったです。
「もしお急ぎなら、お金を払えば冒険者ギルドで見れますよ。」
そんな手段があるんだ。
奈落の底へ突き落された気分です。
「数値は見れませんが、種族は解りますよ」
「ねぇ、ヒヒそれで良いじゃない、行ってよ。」
メランさんが言います。
こうなるのは解っていたんです。
メランさん達は、ステータスを見にこの街にきたんですから。
結局私とは違います。
そこから街の事をあれこれヒヒに聞いている彼女達。
私はどうでも良かったです。
不幸が迫っているようにしか思えませんでした。
心の底から嫌だと思って居ても、どうしようもない。
その、常識が勝ってしまいます。
ずっとそんな事を考えていました。
最初に馬車に乗った時の高揚感は完全に無くなっています。
絶望に変わっていました。
「ルルちゃん熱いの?大丈夫。」
「ルル、体どっか悪いのかい?ずっと元気ないさ」
優しい二人は声を掛けてくれます。
熱い? 感じません。
ただただ、怖いような、悲しいようなそんな気持ちが心を押しつぶしています。
この二人になら気持ちを話しても大丈夫だろう。
口が助けを求めるように勝手に動きます。
「ステータスの事を考えると、また奴隷に成っちゃうんじゃないかって。」
「ルルが奴隷? そんな事心配してたのかね。」
セリカが膝を叩いて笑っています。
メランさんは相変わらず優しい顔でこちらを見ています。
「あの…… 俺もそれは無いと思うんだぜ。」
ヒヒまで言ってきます。
この人たちは解ってないんです。
この種族が分かるとどういう目に会うか。
「でも、種族が解ると奴隷にされちゃうんです。」
解ってもらえなくても良いんです。
ただ、思ったことを口に出したかった。
それが出来る彼女達との時間も、もうすぐです。
「ないよぉ、そんな事。 どう見たってそこら辺の奴よりルルの方が強いのさ。」
「俺、ルルねぇさんに消されると思ったんだぜ。」
涙を流しながら笑っているセリカ。
怯えた声で言ってくるヒヒ。
私が強い? あの大きな馬のヒヒが私を恐れる?
あまり訳が分からなかった。
今でも恐怖を感じているのに。
何に恐怖を感じているんだろう。
周りを思う。 魔人が沢山。 馬車も沢山。
襲ってこないのは、メランさんの魔力があるからだと思っていた。
起きた私は横に居るが、メランさんに触れていない。
この魔力は誰の物なんだろう。
跳んでいるメランさんのお腹を思い出す。
グルグル回る魔力。 莫大に上がって行く魔力。
私のお腹でも魔力が回っているではではないか。
この魔力は私の物?
もしかして、もしかして、
「そうなんですか? 奴隷に成らないんですか?」
彼女達との時間を続けられそうだ。
そう思うと、心の底から溢れてくる魔力。
これは私の魔力なんだ。
「そんな事あったら、私がこの街滅ぼしてやるのさ。」
龍のセリカが"仲間"に居る。 あの見ただけで恐ろしい龍。
私を気にかけてくれる仲間なんだ。
「しゃれになんねぇから、止めてくれや、セリカねぇさん」
馬のヒヒも居る。
成り行きで一緒になったけど、大きくて頼もしい馬のヒヒ。
私を見ても何も言わない。 彼もこの輪に入っている。
「ルルちゃん、大丈夫だよ。私達仲間しょ?」
メランさんが居る、底知れない魔力を放つメランさん。
いつも優しいメランさん。
そのメランさんが、仲間だと言ってくれている。
仲間、今まですぐに消えて行った薄い繋がりしか無かった仲間。
こんなにいっぱい喋って、何を言っても返してくれる仲間。
自分の中から優しい魔力が沸いて来る。
体に染み渡て行くこの魔力。
「はい! ありがとうございますメランさん!」
初めてメランさんの顔をきちんと見て話せたかもしれない。
そこから世界の景色が変わる。
鉄の家、色んな恰好をした魔人。
どれもそんなに怖くない。
メランさんに、セリカにヒヒに。
口から出てくる言葉、言葉、言葉。
もう我慢しなくて良いんだ。
それだけで、すごく楽しかった。
話していると、馬車が止まる。
何しに来たんだっけ、ステータス見に来たんだ。
今まで何も考えていなかったのに、やっぱり少し意識してしまう。
種族が解る。
彼女達が気にしないと分かっていても、やはり気に成ってしまう。
ヒヒがお金が無いと言い出す。
メランさんが困っている。
「忘れてたんだぜ!」
初めて心に怒りを感じたかもしれない。
仲間のヒヒだが、メランさんを困らせるのは許さない。
「じょ、冗談だって! 馬車の中になんか魔獣の部位落ちてねぇか?」
今まで全然気にしていなかったけど、馬車の中に荷物がある。
この中にメランさんを喜ばせる魔物の部位があるんだ。
横でセリカが豪快に木の箱や樽を破壊して中身を出している。
やっぱりセリカはすごいなぁ。
私の前には鉄の箱。
どこから開けるんだろう?
何やらビスは打ってあるけど、開け方が分からない。
持って居る部分が凹んでいる。
結構柔らかいんだ。
私は姿が変わった。 魔人の常識がわからない。
そのまま両手で持って引き裂いてみる。
簡単に引き裂いてしまった。
やっぱり魔人は強いんだ。
私達が必死で押して運んでいた鉄の箱も、こうやって持てるし、引き裂ける。
早く探さなきゃ。
目の前にあるもの全ての中身を確認する。
めぼしい物は無い。 食べ物や飲み物。
これはポーションかな?
紙の巻物。
ちっちゃな魔力しか感じない紙の巻物これじゃ火も起こせない。
ゴミばっかりだった。
でも魔人も鉄の箱こんな風にしてたかな……
目の前の鉄箱の残骸が簡単に千切れる。
色々考えていると、セリカが牙を見つけたようだ。
片手で砕いてしまうセリカ。
やっぱりセリカは強い!
少し残念そうに牙を私に渡してくるセリカは、ちょっと可愛かった。
メランさんと、セリカが馬車から降りて私も牙を持って着いていく。
軽い牙、私も慎重に扱わないと壊してしまうかもしれない。
なんでも高い物だそうだ。 慎重に扱わないと。
辺りを見渡しているメランさん。
左にはセリカが立っている。
周りに魔人が沢山いる。
この二人と居るから少しましだけど、やっぱり怖い。
彼等の気が変わって殺されそうになるかもしれない。
でも彼女達が一緒に居る。
守ってくれる仲間だと言ってくれたメランさんとセリカ。
近くに居るんだ、怖くないと何回も心の中で繰り返す。
「どこの奴隷だよ。」
セリカに当たった魔人が、そう言い捨てて去っていく。
"奴隷"ステータスがまた怖く成ってくる。
本当は、ここで、この時間は終わりなんじゃないのか。
また心の底が暗く空っぽに成っていく。
メランさんが買い取りのカウンターに向かう。
緑の髪の大きな魔人。
その魔人がまた言う。
"奴隷"
心の底が沈んでいく。
怖くて魔人の顔も見れない。
怯える体を振り絞って、持ってきた牙をカウンターに置く。
そこからはずっと"怖い"しか無かった。
あんなに楽しかったのに、彼女達も居るのに。
遂にステータスが見れる板を渡される。
教会での記憶がフラッシュバックする。
石板に浮かび上がる文字
"プチデーモン"
そこから始まる辛い記憶。 恐怖だけの日々。
でも手に取ってしまった、この板。
見たくない、でも変わっているかもしれない。
何をしているのか分からないが、彼女達に着いていくと、馬車に戻ってきた。
少し気持ちが落ち着く。
私達の空間にいる気がする。
心が安心する場所、唯一の場所。
私の手にある板が変色している。
見たくない見たくない。
セリカとメランさんが話している。
賑やかな彼女達。
ここには彼女達、仲間しか居ない。
種族がなんだって彼女達は気にしない。
何回も何回も自分に言い聞かせ
思い切って板を見た。
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ルル
ニュイデーモン
体力量 : S-
魔力量 : SS
力 : S-
防御力 : S-
魔力 : SS
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教会のステータスとは少し違う。
でも名前の下が変わっている。
"ニュイデーモン"
私の種族。
色々な記憶が浮かんでは、消えていく。
"ニュイデーモン"
「どうしたのルルちゃん、何が書いてあったの?」
「あいつらなんか仕込んだのかねぇ!」
メランさんとセリカの声が、その記憶から私を救いあげる。
目頭が熱くなる。 感情が抑えられない。
嬉しい。
メランさんに抱き着いた。 まだ居れるんだ。 彼女達と。
そう思うと、空いた心の底から魔力が溢れて出て来た。




