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底から  作者: ぼんさい
26/98

魔界編 ススカ 16 ~ルル編 1~

相変わらず時間は進みません。

灰色の魔人達に襲われて、自暴自棄になって魔法を放っていたら、魔人みたいな姿になっちゃいました。


あの蛇のセリカも、人型に成ったみたいです。

赤い髪、サラサラしてて羨ましい。


メランさんの攻撃?で唯一残った馬車に乗っています。

最初は警戒していましたが、このヒヒという馬良い馬のようです。

私とも喋ってくれます。


少し話した後、私は寝てしまいました。

あの優しい魔力を感じます。 ずっとこうして居たいような、そんな気分。

"安心"これまでの人生で初めての事です。




あの日々を思い出します。

毎日が死の恐怖で塗られた鉱山宿舎での仕事。


すぐに殺されてしまう仲間たち。

プチデーモンにはそれが日常でした。

そんな種族。

"種族"とは何なのでしょうか。


炭鉱で働くコボルトやオーガは、私たちの必死で作った料理を食べて喜んでいます。

でも、私たちは食べられません。

何も得ることは出来ないのです。


食事、水、魂さえ取り込めない私達。


ただ毎日、ひたすら他の種族の言う事を聞いて過ごす毎日。

そして、何かあると殺される。

喋る事さえ許されません。


それが当たり前でした。



僅かな魔力を回復させるために戻った村。


何の思い出も無い、私が沸いただけの村。

でも、そこに帰ってしまう、そこしか居場所がありません。


そこでも、軍に無理やり働かされます。


未開の森から魔獣が溢れるから手伝えと。


私より何倍も強いサイクロプスが、私達を盾に構えている。

そんなバカな風景。

でも私達はそういう種族なのです。


森から出て来たのは魔獣ではありませんでした。


白い髪、赤い目の"角なし"デーモン、一目見て綺麗だと思いました。

私達みたいにすぐに殺されはしないですが、弱い存在。

鉱山宿舎に居た時も、何人か見ました。


彼等も私達をすぐに殺すんですけどね。


サイクロプス達に遊ばれた私は気を失ってしまいます。

起きると、角なしデーモンだけが居ました。

レッドデビルサーペントを連れた角なしデーモン。


その蛇は恐怖の対象でした。

小さな体で村々を襲い、滅ぼしてしまう。


そんな対象を連れている彼女。

最初は訳が分かりませんでした。


メラン、そう名乗った女性。

本当に何も知らない様子の彼女。

私の知っている事を話します。


今思えば人生で一番喋ったかもしれません。

魔人の前で初めての自由。


彼女と一緒に街に向かいます。


村が無くなってしまったのです。

サイクロプスに皆殺しにされたのですが、それは普通です。


ただ他の同族達の仕事が空いてしまいます。

伝えないと殺されてしまう。


奴隷の仕事を貰いに、街へ行くのです。

そういう種族なのです、私たちは。


メランと蛇と一緒に村からの道を歩いています。

あんなに怖かった道。

彼女達と一緒だと怖くありませんでした。


そしてメラン、私を抱きかかえると跳んだのです。

物凄いスピードで流れる景色。

思わず気絶してしまいます。


鉱山宿舎の時は必死で抑えていた気絶。

これも、彼女の傍で安心していたのだと思います。


目が覚めると、角ありの魔人達がメランを狙っていました。

あんなに良くしてくれた彼女。

でも、角なしデーモンです。

角ありには敵いません。


それがこの世界の"常識"です。


でも彼女に逃げてほしかった。


その思いで叫んでしまいます。

必死でした。


魔力を使い果たし、死んだと思いましたが不思議な物を取り込んで今生きています。


蛇が龍に成った時は怖かったです。

でも魔人共のように私に危害を加えません。


むしろ優しく接してくれます。

こんな存在の私に優しく接してくれる何か。


よく考えれば、私の為に一番行動してくれたのは蛇のセリカかもしれません。

本人には言いませんけどね。


こんな事を思い出せるぐらい安心できます。

優しい魔力が体を満たしてくれます。


ずっとこんな時間が続けばいいのに。





意識が覚醒して現実に戻ります。

ガヤガヤとうるさい音、馬車の走る音、魔人達の喧騒。

この鉄の匂い。


ススカの街に着いてしまって居たのです。


安心した時間は結局睡眠に使ってしまいました。

睡眠で回復するだけの種族。

それが私達です。


「ルルちゃんおはよう、教会に向かってるの。ほらあそこ。」


"教会"茶色い町の中にポツンとある白い建物。

あそこには見覚えがあります。


沸いた時に最初にここに連れてこられます。

種族を確かめる為です。

解り切っているのにされる種族確認。


最初の拷問だったそれ。

プチデーモン、石碑に現れたそれは、私の種族としての生活の始まりでした。


姿は変わってもステータスを見た彼等は、同じことをしてくるでしょう。

そうするとメラン達にも迷惑をかけてしまう。

一緒に居られない。


「着いちゃったんですね。」


口から思わず出てしまいました。


教会に着いてしまいました馬車が止まります。

あれだけ居た魔人達が誰も居ません。

時間でしょうか。


「珍しいな、教会が閉まってら。」


ヒヒが言います。

身を乗り出して見ると、確かに開いていた記憶がある門が閉まっています。

彼女達と少し長く居れそうです。


先延ばしだとは解っているんです。

でも、何も楽しいことの無かったこの世界。

少しの幸せがうれしいのです。


でもヒヒの横に恐怖の対象が居ます。

その出で立ち、シスターと呼ばれる女。


彼女達の不思議な力でステータスが見えてしまうのです。

思わず身を隠してしまいました。


「神託が止まってしまったのです。ステータスが見れなくなってしまいました。」


ヒヒに話すシスター。

嬉しかったです。 もう今までで一番嬉しかったです。


「もしお急ぎなら、お金を払えば冒険者ギルドで見れますよ。」


そんな手段があるんだ。

奈落の底へ突き落された気分です。


「数値は見れませんが、種族は解りますよ」


「ねぇ、ヒヒそれで良いじゃない、行ってよ。」


メランさんが言います。

こうなるのは解っていたんです。

メランさん達は、ステータスを見にこの街にきたんですから。


結局私とは違います。


そこから街の事をあれこれヒヒに聞いている彼女達。

私はどうでも良かったです。


不幸が迫っているようにしか思えませんでした。

心の底から嫌だと思って居ても、どうしようもない。

その、常識が勝ってしまいます。



ずっとそんな事を考えていました。

最初に馬車に乗った時の高揚感は完全に無くなっています。

絶望に変わっていました。


「ルルちゃん熱いの?大丈夫。」


「ルル、体どっか悪いのかい?ずっと元気ないさ」


優しい二人は声を掛けてくれます。

熱い? 感じません。

ただただ、怖いような、悲しいようなそんな気持ちが心を押しつぶしています。


この二人になら気持ちを話しても大丈夫だろう。

口が助けを求めるように勝手に動きます。


「ステータスの事を考えると、また奴隷に成っちゃうんじゃないかって。」




「ルルが奴隷? そんな事心配してたのかね。」


セリカが膝を叩いて笑っています。

メランさんは相変わらず優しい顔でこちらを見ています。


「あの…… 俺もそれは無いと思うんだぜ。」


ヒヒまで言ってきます。

この人たちは解ってないんです。

この種族が分かるとどういう目に会うか。


「でも、種族が解ると奴隷にされちゃうんです。」


解ってもらえなくても良いんです。

ただ、思ったことを口に出したかった。

それが出来る彼女達との時間も、もうすぐです。




「ないよぉ、そんな事。 どう見たってそこら辺の奴よりルルの方が強いのさ。」


「俺、ルルねぇさんに消されると思ったんだぜ。」


涙を流しながら笑っているセリカ。

怯えた声で言ってくるヒヒ。


私が強い? あの大きな馬のヒヒが私を恐れる?


あまり訳が分からなかった。

今でも恐怖を感じているのに。


何に恐怖を感じているんだろう。

周りを思う。 魔人が沢山。 馬車も沢山。

襲ってこないのは、メランさんの魔力があるからだと思っていた。


起きた私は横に居るが、メランさんに触れていない。

この魔力は誰の物なんだろう。


跳んでいるメランさんのお腹を思い出す。

グルグル回る魔力。 莫大に上がって行く魔力。


私のお腹でも魔力が回っているではではないか。

この魔力は私の物?


もしかして、もしかして、


「そうなんですか? 奴隷に成らないんですか?」


彼女達との時間を続けられそうだ。

そう思うと、心の底から溢れてくる魔力。

これは私の魔力なんだ。


「そんな事あったら、私がこの街滅ぼしてやるのさ。」

龍のセリカが"仲間"に居る。 あの見ただけで恐ろしい龍。

私を気にかけてくれる仲間なんだ。


「しゃれになんねぇから、止めてくれや、セリカねぇさん」

馬のヒヒも居る。

成り行きで一緒になったけど、大きくて頼もしい馬のヒヒ。

私を見ても何も言わない。 彼もこの輪に入っている。 



「ルルちゃん、大丈夫だよ。私達仲間しょ?」

メランさんが居る、底知れない魔力を放つメランさん。

いつも優しいメランさん。

そのメランさんが、仲間だと言ってくれている。


仲間、今まですぐに消えて行った薄い繋がりしか無かった仲間。

こんなにいっぱい喋って、何を言っても返してくれる仲間。


自分の中から優しい魔力が沸いて来る。

体に染み渡て行くこの魔力。


「はい! ありがとうございますメランさん!」


初めてメランさんの顔をきちんと見て話せたかもしれない。



そこから世界の景色が変わる。

鉄の家、色んな恰好をした魔人。


どれもそんなに怖くない。

メランさんに、セリカにヒヒに。

口から出てくる言葉、言葉、言葉。


もう我慢しなくて良いんだ。

それだけで、すごく楽しかった。




話していると、馬車が止まる。

何しに来たんだっけ、ステータス見に来たんだ。


今まで何も考えていなかったのに、やっぱり少し意識してしまう。

種族が解る。


彼女達が気にしないと分かっていても、やはり気に成ってしまう。


ヒヒがお金が無いと言い出す。

メランさんが困っている。


「忘れてたんだぜ!」


初めて心に怒りを感じたかもしれない。

仲間のヒヒだが、メランさんを困らせるのは許さない。


「じょ、冗談だって! 馬車の中になんか魔獣の部位落ちてねぇか?」


今まで全然気にしていなかったけど、馬車の中に荷物がある。

この中にメランさんを喜ばせる魔物の部位があるんだ。


横でセリカが豪快に木の箱や樽を破壊して中身を出している。

やっぱりセリカはすごいなぁ。


私の前には鉄の箱。

どこから開けるんだろう?


何やらビスは打ってあるけど、開け方が分からない。

持って居る部分が凹んでいる。

結構柔らかいんだ。

私は姿が変わった。 魔人の常識がわからない。


そのまま両手で持って引き裂いてみる。

簡単に引き裂いてしまった。

やっぱり魔人は強いんだ。


私達が必死で押して運んでいた鉄の箱も、こうやって持てるし、引き裂ける。


早く探さなきゃ。


目の前にあるもの全ての中身を確認する。

めぼしい物は無い。 食べ物や飲み物。

これはポーションかな?


紙の巻物。

ちっちゃな魔力しか感じない紙の巻物これじゃ火も起こせない。


ゴミばっかりだった。


でも魔人も鉄の箱こんな風にしてたかな……

目の前の鉄箱の残骸が簡単に千切れる。


色々考えていると、セリカが牙を見つけたようだ。

片手で砕いてしまうセリカ。


やっぱりセリカは強い!


少し残念そうに牙を私に渡してくるセリカは、ちょっと可愛かった。


メランさんと、セリカが馬車から降りて私も牙を持って着いていく。

軽い牙、私も慎重に扱わないと壊してしまうかもしれない。


なんでも高い物だそうだ。 慎重に扱わないと。



辺りを見渡しているメランさん。

左にはセリカが立っている。


周りに魔人が沢山いる。

この二人と居るから少しましだけど、やっぱり怖い。


彼等の気が変わって殺されそうになるかもしれない。

でも彼女達が一緒に居る。


守ってくれる仲間だと言ってくれたメランさんとセリカ。

近くに居るんだ、怖くないと何回も心の中で繰り返す。


「どこの奴隷だよ。」


セリカに当たった魔人が、そう言い捨てて去っていく。

"奴隷"ステータスがまた怖く成ってくる。


本当は、ここで、この時間は終わりなんじゃないのか。

また心の底が暗く空っぽに成っていく。


メランさんが買い取りのカウンターに向かう。

緑の髪の大きな魔人。


その魔人がまた言う。

"奴隷"

心の底が沈んでいく。

怖くて魔人の顔も見れない。


怯える体を振り絞って、持ってきた牙をカウンターに置く。


そこからはずっと"怖い"しか無かった。

あんなに楽しかったのに、彼女達も居るのに。


遂にステータスが見れる板を渡される。


教会での記憶がフラッシュバックする。

石板に浮かび上がる文字

"プチデーモン"

そこから始まる辛い記憶。 恐怖だけの日々。


でも手に取ってしまった、この板。


見たくない、でも変わっているかもしれない。

何をしているのか分からないが、彼女達に着いていくと、馬車に戻ってきた。


少し気持ちが落ち着く。

私達の空間にいる気がする。

心が安心する場所、唯一の場所。


私の手にある板が変色している。


見たくない見たくない。

セリカとメランさんが話している。

賑やかな彼女達。


ここには彼女達、仲間しか居ない。

種族がなんだって彼女達は気にしない。


何回も何回も自分に言い聞かせ


思い切って板を見た。





---------------


ルル


ニュイデーモン


体力量 : S-

魔力量 : SS

力   : S-

防御力 : S-

魔力  : SS


---------------




教会のステータスとは少し違う。

でも名前の下が変わっている。


"ニュイデーモン"


私の種族。

色々な記憶が浮かんでは、消えていく。



"ニュイデーモン"



「どうしたのルルちゃん、何が書いてあったの?」


「あいつらなんか仕込んだのかねぇ!」


メランさんとセリカの声が、その記憶から私を救いあげる。


目頭が熱くなる。 感情が抑えられない。



嬉しい。



メランさんに抱き着いた。 まだ居れるんだ。 彼女達と。


そう思うと、空いた心の底から魔力が溢れて出て来た。

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