魔界編 ススカ 12 ~セリカ編2~
冒険者ギルドでステータスを見るための道具を貰い、今は馬車に居る。
ヒヒの説明では、私は世界最強の男より強くなってしまったようだ。
ルルも一緒に。
主に"世界を一緒に滅ぼさないか"と言われ本気にしてしまった。
冗談だったようだ。
今は、主とルルとヒヒとの楽しい時間だ。
でも、まだイライラは止まらない。
この時間を壊したくない。
でも、この時間を破壊する奴らが来てしまったんだ。
「おい、あの馬車だろ。 見てたやつ居るんだよ。」
「どこからレッドドラゴンの牙なんて盗んできたんだ。 角なしの癖によぉ。」
「美人だって話だぜ、懲らしめるついでに楽しもうぜ!」
「いいねぇ! 角なしらしく床に叩きつけてやるぜぇ!」
「あいつらには、地べたがお似合いだよなぁ!」
外から聞こえる声
"角なしの癖によぉ"
"懲らしめる"
"角なしらしく床に叩きつけてやる"
"地べたがお似合い"
ダメだ、あふれ出る感情が抑えられない、すまない主。
これ以上は私は耐えられない。
気付くと、馬車を出ていた。
知らない魔人達、小さな存在。
そいつらに私達の時間を壊された。
無性に腹が立つ。
もう良いんじゃないか? この世界の奴全員そう思ってるんだろ?
「おぉ、胸でけぇ。 なんだ自首しにきたのか。 もう遅いぜ。」
自首? お前らが滅ぶんだよ
"おい! 角なし!"
”俺達が成敗してやる”
まだ言ってくる、そんなに死にたいのか。
ああいいさ、殺してやるよ。
「セリカねぇ、ダメだ! 抑えてくれ!」
ヒヒがいる。 此処で爆発させるとヒヒが死んでしまう。 そうだ、彼を失うのは違う。
でも、こいつらは我慢できない。
少し黙らせないと気が済まない。
この雑魚どもが!
"角なし"
まだ言うか。
こっちに走って跳んでくる魔人。
そんな小さいのでどうしようと言うのか。
遅い、いつに成ったら此処まで来るんだ。
やっと迫ってきた剣を、指で触ると溶ける。
ああ、お前たちの武器なんてその程度だ。
何回も何回もトロくさい動きでうっとおしい。
あんまり動くと魔力が溢れてしまいそうだ。
「他のも居ただろ、そっちだ素手で行ける。」
"他の?"
主とルルか、なんだこいつらは、私たちの時間を壊しに来たのか。
許されない。 許さない。
魔力と感情が抑えられない。 だがまだまだ出てくる。
抑えてるのも馬鹿らしくなってきた。
口に出さないと、ヒヒごと吹き飛ばしてしまう。
「あんたら主に手出したら、殺すよ。」
怯えて固まる魔人達。
そうだ、それでいい。 せめて怯えて固まれ。
「すまない、悪かった、謝るから許してくれ!」
別の方向から聞こえてくる。
"謝る?" "許す?"
「そんなんで済むと思うのかねぇ!」
大体なんで雑魚が私の前で動いているんだ。
あいつだ、あいつが最初だ。
「私も謝るから、どうか許してくれないか、龍様。 私はここの責任者だ。」
"龍様"
何か解ってるじゃないか。 最初から怯えているコイツ、ここの責任者かい。
「気が済まないねぇ。」
タダじゃ気がすまない。 こいつらに二度と私達の時間を壊されないように。
どうしてやろうか、吹き飛ばしても良いが、ヒヒが居る。 もどかしい。
伏せている責任者の顔を無理やり指で上げて見てやる。
少しましな魂を持ってるじゃないか。
そうだ魂を契約にしてやろう。
「魂だ。 次、同じことあったら、あんたの魂寄越すのさ。」
「龍様。 かしこまりました、今日はそれで収めていただけませんか。」
こいつは解っている、まぁ許してやろう。
次やったら本当に街ごと吹っ飛ばすからな!
少し収まった気。
これ以上刺激されないよう戻らないと。
馬車へ向かう。
固まっている魔人共
そうだお前らは、喋るな。
ただ我慢だけをして馬車に戻る。
許すと言ったのを後悔する。 でもヒヒが居る。
ずっとその感情がグルグル回る。
馬車に乱暴に乗り込む。
「ヒヒ、出しな。」
馬車が動き出す、だが魔力も感情も止まらない。
イライラが止まらない。
ここまで、ただ耐えただけだ。
「セリカ、馬車に穴が開いちゃってますよ!」
馬車に穴? それはいけない、この思い出の物が消えてしまう。
その気の抜けた声に、気持ちが収まっていく。
ルルに感謝だ。 なんだか安心してしまって、イライラが消えて行った。
なんだか、どうでも良く成ってきた。
あのイライラを一発でどこかにやるルルには負ける。
「セリカ!あれカッコよかったです。 どうやってやるんです?」
ルルにはあんなに怒れないと思うよ。
なんだかんだこの子は本当にいい子だ。
たまにすれ違う魔人、馬車、全て動いているが今は何も感じない。
感情は収まったようだ。
ヒヒが適当に歩いているという。
少しあきれて笑ってしまう、
あの時ヒヒの言葉が無かったら、私は本当に暴走していたかもしれない。
お腹が空いた気がする。
魔力が一度お腹を満たしたからか、少なくなった魔力の部分にぽっかり空間が空いている気がする。
ヒヒが知っている店があると言う。 そこに案内してもらう。
なんだかんだやっぱりヒヒは、良い奴だ。
プチデーモンだったルルは何かを食らった事は無いそうだ。
種族が変わって良かったな、ルル。
ルルが、あれやこれやと食べ物の話を聞いて来る。
あのネズミの肉はうまいんだぞぉ!
魂だけを食らっていれば死にはしなかった蛇時代。
ついでの娯楽で、その死骸を食らっていた。
でも、それが"美味しい"と感じさせてくれるんだ。
少し大きな3階建ての鉄の箱に到着する。
飯を食わせてくれ、それだけで良い私たちの邪魔をするなよ。
他と比べて少し大きい存在が出てくる。
こいつの恰好見たことないな。
ヒヒと話した後、こちらを向いて話しかけてくる、その変な恰好の奴。
「美人さんね、さぁ入って入って。 ヒヒは裏でいいかしら?」
ヒヒの治具を慣れた手つきで外す変な恰好の奴。 メルサと言ったか。
声からして男だよな?
でもそいつは、言わない。 角なしとは一言も言わない。 自分は立派な角があるのに。
「あいつは、角なしって言わないんだねぇ」
ついつい口に出てしまう、この仲間の前では自然と声に出してしまうのだ。
主とルルも、概ね機嫌が良いようだ。
建物の後ろに一人で入って行くヒヒ、やっぱりこいつは良い所を知っている。
私達は中に入る。
誰も居ない、暗い。 そうか赤の時か。
木で出来た椅子、テーブル、カウンター。 この方が落ち着く、あの鉄というのはどうも苦手だ。
さっきまでずっと肉の話をしていたんだ、あのネズミとは言わない。
何か肉を出してくれないだろうか。
「あなたよく食べそうだものね。 予定変更して頑張って作っちゃうわ。 適当に座ってて。」
このメルサという男、よくわかっているじゃないか。
私は腹が減っているんだ、沢山くれ。
そう言えば赤の時なのに、この男は寝なくて良いんだろうか。
3人で食事について話をする。
主は食べた覚えがないそうだ。
ルルは解るが、主は本当に不思議な存在だ。
あの鳥の卵や、雛、クマの子供も旨いんだ。
そんな話をしていると、真っ白な猫がカウンターの奥から出て来た。
小さな体で私たちの料理を運んでいる。
白のヘルキャット、そういえば見たことないな。
魔人共がヘルキャットと呼んでいたのを思い出すが、白は見たことない。
私の前に焼けた肉が置かれる。
こんな形の肉は初めてだ、何か液体が乗っている。
良い匂いだ、少しお腹が空いたかもと思ったが、腹が減ったに変わった。
でも、これどうやって食べるんだ?
皿ごと丸呑みするのか?
体が変わってしまって解らない。
ルルと主の方が先だ、彼女達は初めての食事なんだから。
あの猫早く持ってきてくれないだろうか。
その猫にルルが興味深々だ。 ルルが楽しそうにするのは私も嬉しいぞ。 やるじゃないか白いの。
カウンターの奥から、メルサがヘルキャットに指示する声が聞こえる。
ムーというのかあのヘルキャット。
ルルが目をキラキラさせている、ヒヒより出来るぞ! ムー。
その指示に従って、肉と何やら一杯持ってくる。
なんだこの鉄の剣と槍は。
主が器用に剣と槍を使って食べている。
さすが主なんでも出来るな。 使い方教えてくれ!
主から使い方を教わり、さぁ食べようとすると、ルルが横のテーブルに座ったムーを見ている。
ルル、ムーが好きなのはわかったから早く食べようぞ。
「あぁ、白いのを見ながら食べたくないかにゃ。 失礼したにゃ。」
白いの? そんなのどうでも良いんだ! 早く、早く食べようぞ!
でも、何かその声が寂しそうな声だったのが印象に残る。
ルルが主に教わった食べ方で、肉を口に運ぶ。
中に入れて噛む。 あぁ美味しそうじゃないか。
目のキラキラが益々増していくルル。
喜んでいるルルに、なんだか癒される。
でも、主とルルが食べたぞ、私も食べるのだ。
口に入れた瞬間広がる旨味、何か満たされる感覚。
我慢した分か、勢いは止まらず。
一枚すぐに食べてしまった。
まだ食べている主、一口食べる事に目をキラキラさせているルル。
「赤い人まだ食べるのニャ?」
「貰えるかねぇ、旨いのさ。」
「わかったニャ、メルサさんに言ってくるニャ。」
テトテト歩いていくムー。 出来る、出来るぞこいつ。
「ムーちゃんお代わりでしょ。 できてるわよぉ。」
そこから頭と、両手に1枚づつ、3枚皿と、肉を2枚づつ。 6枚持ってくるムー。
それを全部私の前に並べる。
「まだ作ってたのニャ、とりあえずこれ食べるニャ」
メルサとかいう魔人も出来るやつだ。
そこから、少し満足行くまで食べ続けた。
どれくらい食べただろうか、焼いた肉があんなに美味しいとは思わなかった。
前まで全部丸呑みで、腹の中でおいしさを味わっていた。
この人型は舌の感覚が敏感だ。 そこでおいしさを感じる。
あのネズミの針のような毛も無い。
本当に肉だけの部分がこんなに美味しいなんて、今まで何を食っていたんだろう。
度々持ってきてくれるムー、作り続けてくれるメルサ。
なんだか途中で申し訳なく成ってきた。
そう思った時、奥からメルサが出てくる。
改めてみるとこの男私より大きいんじゃないんだろうか。
横にもデカイ、カウンターと奥につながる通路に体がキチキチだ。
気付くと主はこちらを見て嬉しそうに座り、ルルはまたムーと楽しそうに話しをしている。
こんな良い時間を与えてくれる奴が、この街にも居るんだと初めて知った。
主とメルサがこの店の話をしている。
こんなに良い時間を提供してくれるのに、この建屋に他の存在を感じない。
"色物"が集う宿屋なのだとメルサは言う。
他とは少し違う者達、その者達しか店には来ないと。
ムーが白を気にしていた理由が初めて分かった。
ルルがなんとも悲しそうな顔をしている。
成るほど、魔人はデーモンという種族のようだ、前のルルとあんまり変わらないじゃないか。
メルサが話す"角なし"の言葉に不思議と怒りは感じない。
この男が言うと、言葉意味が違う気がする。
主が人間に興味を持ったようで話をしている。
人間の武器鍛冶屋の知合いが居ると言う。
良いじゃないか、やっぱりできるぞ、この男。
寝室に案内される、主とルルと同じ部屋。
外にはヒヒも見える。
初めてベッドという物に入る。
フカフカの布団、なんだ気持ち良いじゃないか。
私がギルドで暴走してしまっていたら、こんな体験は出来なかったのだろう。
メルサに会う事も、ムーに会う事も。
美味しい食事に、気持ちいいベッド。
なにより、楽しい時間。
今も近くに居る主とルル。そしてヒヒ。
同じ建屋に居るメルサとムー。
その存在が大小はあれど特別な物に変わっていく気がした。
少し気持ちを鍛えよう、壊してしまうのは違うと、またメモが増えていく。
そんな事をしている内に、意識が遠のいた。




