魔界編 ススカ 4
鉄の街ススカ
その南門は、その先に小さな村しかないさびれた門
街道の大きさの門ではあるが、壁の向こうは砂利道で、すぐ森が広がっている。
この街で木材を使う物はあまりない。
街の住民は鉄に誇りを持って、自分たちで作ったもので暮らしている。
火はもっぱら加工石炭か魔法だ。
木は魔力が足りない。
その南門から高炉に伸びる真っすぐな道。
この街では珍しい木材店が並ぶ場所だが、建物はやはり鉄の箱だ。
ただ、煙突は無い、木材を加工するのに煙突は必要ない。
鉄を叩く音はあまりせず、のこぎりで木を切る音がよく聞こえる。
平べったい大きな箱の並ぶ地域、それがススカ南部。
あまり便利ではないこの地域は壁の中では人気が無い。
利便が悪い。木を使う仕事なんて他の街でも出来る。
人気が無い所にはギリギリの者達が集まる。
そんなギリギリの者達の最後の仕事場、冒険者ギルド。
草刈りからドラゴン退治まで、なんでも引き受けるこの冒険者ギルドは
ススカ南部を支えていた。
いつ死ぬか解らないその仕事は、給料も良い。
木の仕事なんてやってられない。
そんな奴が集まる場所。
高炉と南門をつなぐ道から1本それた木材置き場の倉庫街の中にある冒険者ギルド。
煙突の無いひと際大きな鉄箱の冒険者ギルド。
そこに見る者が見ればわかる"赤い魔力"がこの街のどの煙突より高く上がっていた。
武器を手にセリカに一斉に飛び込んでいく角ありの魔人達。
馬車が周りに居なかった為、比較的距離を取っていた魔人達は、
彼等は冒険に出る恰好だろうか、魔獣から身を守る防具で身を固めている。
使い古された持ち手に対し、刃の部分は綺麗だ、よく手入れされている。
「誰が雑魚だ、奴隷みたいな角なしがよぉぉぉ!」
彼等のうちの一人が叫びながらセリカに剣を叩きつける。
指で受けるセリカ。
そのまま槍がグツグツと溶けて、地面に液体として落ちる。
逆側でも槍が同じように溶けている。
剣、斧そのリーチの違う武器たちは、彼女の指で触れて全て溶けてしまう。
日頃の鍛錬のおかげだろうか、そのまま後ろに飛んで下がる彼等。
次々とセリカに襲い掛かる彼等は、指の毒で自慢の武器を溶かされてしまった。
地面に黒くなってまだグツグツ言っている元武器達。
「終わりかね? 角ありさん達さぁ。」
背を反って仁王立ちの彼女は、彼らを赤い目で見下ろしながら言っている。
「クソ、なんだよこれ。」
「あいつ、ただもんじゃねぇぞ。」
「他のも居ただろ、そっちだ素手で行ける。」
彼女の背後に居た2人が私を見て、こちらに来ようと体を向ける。
跳ね上がる魔力。
セリカの指が黒く染まり龍の爪のように伸びていく。
半分顔だけ後ろを向いて、目をだけをその2人に向けている顔から、2本牙が伸びて行く。
「あんたら主に手出したら、殺すよ。」
その射抜くような視線を浴びた2人が固まった。
ヒヒも何故か固まっている。
「セリカ、かっこいいねですね! あの姿。」
ルルちゃんは呑気な用だ。
「すまない、悪かった、謝るから許してくれ!」
ヤジを飛ばす群衆の中から、ダンと呼ばれていた男が出てきて土下座している。
「そんなんで済むと思うのかねぇ!」
彼女の声に魔力が乗っている。
爪と牙を伸ばしたままのセリカが、ダンに視線をやる。
黙り込む野次馬。
黒い指がら透明な液体が落ちて、地面を溶かしている。
襲い掛かっていた奴らは固まって案山子のようだ。
その案山子を無視して抜け、ダンに向かって歩いていくセリカ。
歩くたびに5本の指から雫が落ちて石畳の道に穴を開ける。
周りは誰も動かない。
道を通っていた人々や馬車もこちらを向いて止まってしまっている。
ギルドの扉が開いて、牛の頭蓋骨が目立つローブを来た骨が出てくる。
「私も謝るから、どうか許してくれないか、龍様。 私はここの責任者だ。」
固まる群衆の中で唯一動く、その牛の頭蓋骨。
「気が済まないねぇ。」
頭を下げる牛の頭蓋骨の前まで来たセリカ。
そのまましゃがみこんで、その頭蓋骨を顎を人差し指で上げて、頭蓋骨の奥でぼんやり青く光る目と視線を合わす。
"シューー"と音がして、セリカの指が触れた顎の部分が溶けている。
「魂だ。 次、同じことあったら、あんたの魂寄越すのさ。」
「龍様。 かしこまりました、今日はそれで収めていただけませんか。」
「覚えとくんだよ。」
冷たい声で言い放ち
指を離し、立ち上がったセリカは、案山子の集団を抜けて馬車まで歩いて来る。
後ろで頭を下げたままのダンと、そのまま固まった牛の頭蓋骨、固まったままの他の魔人。
所々に穴の開いた石畳まだグツグツしている。
その牙、爪のままヒョイと飛んで馬車に飛び乗るセリカ。
幌の屋根までスレスレの頭。
そのまま前を向いて、腕を組んでいる。
「ヒヒ、出しな。」
「ヘ、ヘイ!」
動き出すヒヒ。
セリカに言われて、固まっていたヒヒは馬車を出す。
「セリカ、馬車に穴が開いちゃってますよ!」
ルルが木製の馬車に空いた穴を指を指して言う。
私達の乗る木製の馬車、彼女の爪から垂れた雫は、そこに何も無いように木の床を抜けて、地面まで落ちていた。
徐々に普通の爪に戻るセリカ、牙もいつもの大きさに戻ったようだ。
「ルルには負けるねぇ。」
「セリカ!あれカッコよかったです。 どうやってやるんです?」
「ルルちゃんには、できないかもねぇ。」
定位置に座ったセリカ、優しい顔でルルに笑いながら話す彼女は、いつもの彼女に戻っていた。
ゆっくりと走る馬車、赤の時間だからか人通りが少ない。
相変わらず鉄の箱が続く風景、でも徐々に動いる街、もう案山子は居ない。
「ねぇ、どこに向かってるのヒヒ。」
「ど、どこに行きましょう。」
「何も考えてなかったのかねぇ、あんたはさ。」
「無理だぜ、死ぬと思ったんだぜ。」
「ヒヒが言ってくれなかったら、全部ぶっ飛ばしてたかもねぇ。」
「ぜ、全部って。」
「まぁ、良かったじゃない。 これで変な事してこないわよ。」
「セリカ、カッコよかったです!」
目をキラキラさせてまだ言っているルルちゃん。
途中門に居たような鎧が、私たちと逆の方向に集団で何人も走っていく。
「なんか食いたい気分なのさ。」
「食べる?そういえば食べれるんですかね、私。」
「ルルちゃん、種族変わったんでしょ、大丈夫じゃない?」
「食べる! してみたいです!」
そういえば、気付いてから何も食べていない私、この体は何で動いているんだろう。
この街に向かう途中、セリカも何も食べたり飲んだりしていなかった。お腹が空いているのだろう。
「ついでに宿屋なんてどうですかい? 一軒心当たりがあるぜ。」
「ヒヒ、そこに向かってよ。」
「たまにはあんたも役に立つねぇ。」
「食べる。食べる。」
一段と目を輝かせるルルちゃん。
皆で食べ物の話をしながら道を進むのだった。
彼女達が過ぎ去った冒険者ギルド。
一人一人と動き出す冒険者たち。
ダンはその頭をまだ上げられずにいた。
赤い髪のセリカと呼ばれていた彼女を襲った奴らは、そのまま床に倒れ込んで気絶してしまう。
買い取りの仕事を何年もしているが、最初に気づくべきだった。
大人1人で持つのがやっとな牙を、2本も抱えて持ってくる角なし女。
背中を見せろと言った時のその殺気。
実は何個も気付けていた部分があったはずだ。
マスターが言う"龍様"。 壁の連中から報告のあった赤い龍だと言うのか。
聞いたことがある、強すぎる龍は街に魔人の姿をして現れ、そこで遊んで街を滅ぼしてしまうと。
そのために、昔のギルド員はステータス板を改造して、危ない種族には※を付けたのだ。
彼女達が出ていくとき、よく考えれば片手でプラプラとステータス板を持って出て行った。
魔力がよく見える自分、あれは今考えれば、魔力なんて纏って居なかった。
素の力で持って居るのだ。
牙もそうだ、勝手に思い込んだ結果がこれだ。
気絶する冒険者や馬車の引手達。
穴だらけの石畳、顎を失ったマスター。
最後にあの龍は、次やったらマスターの魂を奪うと言っていた。
今になって震えが止まらない。
彼女達を追いかけていく魔人共に最初は何も思わなかったが、途中で魔力を壁越しに感じた。
今まで感じたことの無い膨大な魔力。
走って外に出た。
そこから必死だった、少し様子が変わった彼女。
報告のように、黒い爪からは毒が滴り落ちている。
天まで伸びるその魔力をぶつけられたらススカの街なんて無くなってしまう。
灰色の剣も居ない、鷹の目も居ない。青い爪も居ない。
冒険者ギルドのトップ層は出払っている。
頭を下げて、許しを請うしか無かった。
気付かない周りのバカ共は、騒ぎっぱなしだ。
声を上げると彼女がこっちを見た。
流石に気付いたのか、周囲も固まる。
近づく彼女に足の震えが止まらない、一歩近づくたび恐怖で意識が飛びそうになる。
いや、飛ばしてしまいたかった。どうしようも無い力にもう死ぬんだと思った。
「私も謝るから、どうか許してくれないか、龍様。 私はここの責任者だ。」
マスターが出て来た。
周辺領の冒険者ギルドマスターの中で一番の魔力を持つ彼女。
彼女が龍様だと言う。
頭の中で駆け巡る情報、より増していく恐怖。
そこからあまり覚えていない。
オレの近くを通ったその龍様は、マスターと話している。
「魂だ。 次、同じことあったら、あんたの魂寄越すのさ。」
それだけが頭から離れない。
恐怖とともに刻まれた言葉。
「ダン、もう行ったよ。 よくやった。 なんとかなった。」
その見慣れた顔は顎がやはり溶けていた。
「マスターあれは龍なのか? 壁の連中が言っていた龍。」
「多分そうだね、本部に言っておかないと周りの街がなくなっちゃう。」
「国はどうするんだ、討伐軍が出てくるぞ。」
「やめときましょう、多分勝てないわ。 彼等には内緒よ。」
重い足取りで、冒険者ギルドの中に戻っていくマスター。
オレも戻ると、誰も居なくなった酒場。
カウンターで直立のまま固まってしまっているスレイ。
彼女も龍を怒らせた本人だ。
壁が近いのもあり、まだ意識が戻らない。
真ん中で机に伏して寝ているサキュバスのローズ。
あれが一番大物かもしれない。
酒場の従業員を集め、彼女達の特徴と、絶対に怒らせてはいけない趣旨を伝えるのだった。




