060 ツトラーサの過去
フォトンスラッシュの白い光が止み、状況が明らかとなってくる。
「ああ、まったく、ツトラードは大してコードを減らしてきていないじゃない」
悪態をつきながらツトラーサは胸元に粒子化している小型植物を携えて姿を現した。粒子化している小型植物には斬られたような傷跡があり、それはレーイチの放った白い刃であった。ツトラーサが無事なことからも小型植物を身代わりとして使ったのだった。
「そこまで外道か」
レーイチはツトラーサのいる広場に着地し、その人の道を外れた行いに怒りを向ける。
「外道とは失礼ね。私の下僕なのだからどう私が使おうと言われる筋合いは無いわ。私もそろそろあなたを黙らせるために力を開放してあげるわ」
ツトラーサはそう言うと突如膝をついた。否、ツトラーサの操っていた女性の体がその役目を終えた。そしてその女性の体からツトラードに似た黒い人型植物がズルズルと姿を現し、ツトラーサが抜けた女性の体は繋ぎ留められていた生命活動を終え、粒子化した。
「こうして姿を晒したのは久しぶりね。久しぶり過ぎて手加減ができなそうだわ」
「それは助かるな。手加減して負けましたの言い訳とかこっちも聞きたくないしな」
「減らない口ね。私はこの醜い姿が嫌だから晒してないだけよ」
「……意味が分からないな」
「そうね、なら少し話をしてあげましょう」
そしてツトラーサはなぜ自身の姿を隠しているのかを話し始めた。
「レーイチ、あなたは昼に私がコンバーターだと言ったことは覚えているかしら?」
「ああ……」
「それは嘘ではないのよ」
「嘘ではない?どういう……」
そこまで言ったところでレーイチは、まさかといった表情になる。
「ええ、私はコンバーターよ。アンチコードのコンバーター。このゼプトの世界に地球からのコンバートされた人間がいるように、アンチコードにもまた、地球からコンバートされた人間がいるのよ」
「何てことだ……アンチコードにコンバーターがいるのか!?それじゃあ、お前は人でありながら人を殺したのか!?」
衝撃の事実にレーイチはまるで頭を殴られたかのようだった。
「ゼプトでコンバートされた人間は地球のときの外観をそのままコンバートされてきてるわよね。けどアンチコードにコンバートされた側はどう?生まれ落ちた時に前世の記憶があり、水面に写った自分ではないこの姿を見てどう思うか知ってる?……絶望よ。こんな醜い、黒い人ならざる化け物の姿にされて。最悪以外の言葉があったら教えて欲しいわ」
「……」
ツトラーサの独白にレーイチはただ黙って聞くしかなかった。
「コンバートされる前は幼少のときから日本にいたわ。でも最悪だった。家庭内での父親と母親からの暴力は当たり前。肌の色の違いで学校ではイジメられたわ。そんな私はやがて夜の街に居場所を求めた。幸いにして北欧の血の流れる私は日本人受けする美しさがあった。おかげで夜の街では仕事に困ることはなかったわね。店の一番の稼ぎ頭になって、下の奴らをこき使って、まるで私の世界だった」
ツトラーサは理由はどうであれ、自分の最高の瞬間だったと物語り、その時が愛おしかったかのようであった。
「でも所詮、人は人。生意気な私を煙たがっていたのは知ってはいたわ。そしてある日突然、私は睡眠薬を酒に混ぜこまされたものを飲まされて、気が付けば知らない部屋に拘束された。そこからは毎日慰み者よ。そんな中、私はそんな連中の一人を首を締めて殺したわ。それで手を負えないと判断されたのかね。最後は飲み物に薬を入れられてあちこちを掻きむしりながら死んだわ。そして私はこの世界に来た。醜いこの化け物の姿となってね。それからはさっきも言った通り自分が醜い化け物になったことに絶望したわ。そしてアンチコードの世界ではコードを多く持つ者が強くあり、権力を持つことができる。そう、前と何も変わらないのよ。でもこうも思ったわ。救いようのない人間を殺すことでコードを得ることができ、そうすることで私はアンチコードの中でも強く権力者になれると。だから私は自分のためにそれが同族であろうが使えるものはなんでも使うわ。そしてあなたと、あなたの仲間全員のコードを手に入れることで私は更に強くなる」
ツトラーサの壮絶な過去、そして弟のツトラードを利用した理由が明かされた。ツトラーサには最初から既に家族も信じられる仲間も居なかった。息の詰まるような闇の中で生きてきたためにツトラーサはここまで歪んでしまっていた。
だがそれ故にこれまでのことが許されることかと言えばそれは別の問題であった。
「そんな過去があるからと言って、これまで何人もの人を殺めてきた正当な理由にも、これから人を殺して良い理由にはならない!」
「別に私はあなたに許してほしいなんて思ってないわ。ねえレーイチ、あなたは運良くゼプト側の人間にコンバートされただけなのよ。あなたも私と同じアンチコードで生まれることだってあった。その時、あなたは今と同じことを言えるかしら?」
「……」
その問いにはレーイチも直ぐには答えが出ない。寧ろコードを得るために人を殺めてしまう可能性の方が高いだろう。
「それにレーイチ、あなたは私を斬ると言ってたわね。人である私をあなたは本当に斬れるの?」
「それは……」
言葉が出ない。レーイチは迷う。相手は姿形は違えど、同じ地球で人生を送っていたコンバーターなのだと明かされては同族を迷いなく斬ることができるのだろうか?
『レーイチ!聞こえる!?』
突如として通信が入り、レーイチの耳にアクセリアの声が聞こえてきた。アクセリアはレーイチの通信機を通して今の話を聞いていた。
「アリア」
『レーイチ、あなたがゼプトにコンバートされたのは優しい心を持っていたから、おじいさんの意思を継いでこの世界でも伝えるためよ!思い出してレーイチ!あなた、子供は未来だって言ってたわ!その未来を守るんでしょ!レーイチ!』
アクセリアの言葉がレーイチの胸にささる。ああ、そうだ、信念を曲げてどうすると思い返し、それを思い出させてくれたアクセリアがいることに、自分はどこまでも恵まれているとレーイチは思った。




