049 暗闇の襲撃者
コツコツと一定のリズムが暗闇の中で刻まれる。細い路地裏に響くその音は反響し、雑音が混じらないことから足音を鳴らす者以外辺りには誰一人として居ないことが伺える。その足音を鳴らすのはフードパーカーのフードで顔を隠し、ポケットに手を入れながら歩く一人の少年、レーイチであった。
レーイチは行方不明者の捜査のために自ら囮となって、犯人と思われるアンチコードを釣り出すために細い路地裏の暗闇を一人歩いていた。
始めはまあ平気だろうと若干楽観視していたのだが、誰一人いない閉塞感のある路地の暗闇で、居場所を知らせるために鳴らしている同じリズムの足音を聞かされ続けると、表立った気持は平気だと言いながらも不思議と精神的なダメージが蓄積されていくようであった。
本来何も事件は起きてほしくないことではあるが、何か変化というものを自然と求めていたところに通信が入った。
『レーイチ君、定期連絡だよ。何か変わったことはないかい?』
その声の主はこの作戦のリーダーのニルタであった。レーイチの耳の裏につけた通信機を通して問題なくよく聞こえた。
「こちらレーイチ。今のところ何もありません。そっちはどうですか?」
『こちらも怪しい動きをするものは何も見つからない。あと三時間もすれば夜明けだけど静かなものだね』
「逆に静かすぎて今はこの通信が心の拠り所ですよ」
『一人でいるとそれは間違いないだろうね』
ニルタは今のレーイチの心境に同情した。このまま和やかな会話を続けていきたいところであったが、それを打ちきるかのように別の足音が聞こえてきた。
「警戒をお願いします。複数、三つの音が聞こえます」
レーイチは歩みを止めて足音のする方に視線を向け続けた。足音の数は三つ。レーイチを含め、距離を取った屋根の上にいるニルタ達も警戒態勢を取る。
そしてその足音はピタリと止み、レーイチの前に三人の男達が現れた。
「よう、兄ちゃん、こんな暗い道を一人歩いて何してるんだ?」
その男達は着崩した服にチャラチャラとした見た目からもチンピラという言葉が似合う者達であった。
「チンピラの絡まれたんだが」
「誰がチンピラだボケェ!」
一人が怒りに任せて足下にあった小石をレーイチの顔面に向けて蹴った。レーイチはそれを首を傾けて避けると面倒くさそうなやつに絡まれたなとため息をついた。
『レーイチ君、適当にあしらってこの場を離れるんだ』
「りょーかい」
気の抜けた返事を返し、レーイチはさてどうするかと思案する。
「無視するとはいい度胸だなテメェ」
男たちは尚も激昂し、話を聞いてもらえるような状況ではなくなってきた。
「あー、腹が減って頭が回ってなかったんです。美味い飯屋知りません?」
素っ頓狂な返事を返すとチンピラはポカンとした表情を見せる。
それを通信で聞いていたアクセリアとノルフィは危うく吹き出しそうであったが何とか押し留め、ニルタは困った表情をし、タルタスは馬鹿を見る目をしていた。
やがて男たちは自分たちが馬鹿にされていると思い始めると血が上り、頭の血管がついに切れた。
「やっぱテメェ馬鹿にしてんだろぉ!」
怒鳴り声が闇夜に響き渡る。
「アリア、どうしよう、怒らせてしまった。ジョークが通じない」
『私は手伝わないわよ。というか初対面の友好的じゃない相手に通じるわけないでしょ』
「辛辣」
いつもの調子の二人のやり取りをしていると、頭に血が上った男がレーイチに殴りかかってきた。
レーイチはそれを身を屈めて避ける。続いて残りの二人の男が襲ってきた。細い路地で前方から二人に襲われると一人目と同じように身をかわして避けるスペースは物理的に存在しなくなる。ギリギリまでレーイチは引き付けると跳躍し、壁を蹴って背後へ回り、立ち位置が入れ替わっただけで最初と同じ何も変わらない状況のままとなった。
「申し訳ないんだが、美味い飯屋の情報提供で手を引いてくれないと多少痛い目にあって貰うぞ」
「やってみろテメェ!」
「上等だコラァ!」
「テメェは地面でも舐めてろやァ!」
「テンプレかよ……」
見事なまでにテンプレートのチンピラな態度とセリフにレーイチはため息をつく。警告をした上で諦める様子を見せないのだから仕方ないと判断をした。
「それじゃ遠慮なく」
再度突進する三人組に対し、レーイチは両手を重ね、頭を覆うような構えを取る。
一人目が勢いに任せた右ストレートを叩き込んでくる。レーイチはそれを軽く左に避けると、その右ストレートを右脇に通し、右脇で挟んだ。右腕を封じたところでレーイチはすかさず左ひじで男の側頭部に打撃を与える。
「ガッ」
「そして壁に押し当てる」
男の右腕を制しているレーイチは男をそのまま壁に押し当てる、否、叩きつけた。そしてレーイチは背中で寄りかかるように壁に男を押し当て、身動きを封じる。
「グアッ」
苦悶の声を男はあげる。それを背後で聞きながら、レーイチは他二人の様子を冷静に確認する。
「さてと、あとは……」
「てめぇ!よくも!」
二人目が仲間を助けるためにレーイチに殴りかかる。レーイチは壁に押し当てた男の膝を崩す。そして接近してきた二人目の攻撃を避け、右肘で相手の顎に打撃を与えた。
「半身を入れて体重を落とす」
レーイチは背後に回りながら半身を入れ、そのままストンと体重を落として左股関節部に右肘の打撃を入れると相手はそのまま左足が浮き体制が崩れ、地面に転がった。
「二人目」
あっという間に二人を倒され、三人目は腰が引けてしまっていた。だが仲間を置いて引くわけもいかず、レーイチに立ち向かうが、それをレーイチは軽く攻撃をいなす。
「右、左、膝」
右肘の打撃、左肘の打撃、膝への打撃を与え、三人目もあっと言う間に地面に崩れ落ちた。
「こ、こいつ、バカつえぇ」
ここまで実力の差を見せつけられ、男達は自分たちが間違った相手に喧嘩を売ったのだと思い知らされる。幸いなことは喧嘩を売った相手が手加減をしていることと追撃の意思を持っていないことだった。
「さて、回れ右をするか、もう一回痛い思いをするか、二つに一つだ。でも同じ痛みがくるとは思わないでくれよ」
レーイチは分かりやすい脅しをかける。実力の差は歴然としており、男三人は今の一撃をもう一度受けたいとは思わなかった。だが、馬鹿にされて腹立たしい気持ちが収まらないのも事実であった。二つの思いが渦巻いたことで即決することができず、この場に静寂の時間が訪れる。
(さっさと撤退してくれないかな)
これ以上面倒ごとは起こさないで何もしないでくれとレーイチは願うばかりであった。
そのしばしの静寂を切り裂くように、突如強い風が路地を駆け抜けた。
「何だ!」
突然の強風に対し、レーイチは咄嗟に手で目元を守る。風が吹き止んだところでレーイチは視界を広げた。
そしてその視界が広がったところで目に映ったのはチンピラ三人衆の背後に三メートルはありそうなひょろ長い人の形をした黒紫の生き物が立っていた。それを視界に捉えたと同時にレーイチは突如、側面の壁に体を叩きつけられ、瓦礫の中に埋もれた。




