044 痕跡を辿る
レーイチとアクセリアは実際にハルマの秘書が事件にあった現場へと訪れていた。この世界では命が亡くなると粒子化してしまい遺体が消えてしまうことと、既に遺留物の回収はされていることから、事件現場はここで人が亡くなったといった様子が感じられない日常の風景となっていた。
だがそれとは別として現場は人通りが少ないのと、建物に日を遮られて薄暗い印象があり、夜になればここは闇に包まれて人目にはまず着かないだろうといったところでもあった。
「何だか少し薄暗いわね。夜はもっと見えなそう」
「確かに。街灯の明かりもこの路地には入り込んでこなさそうだ。被害者の家はこの路地の前の街灯がある通りだから、わざわざこの路地に用事は無いはず。ましてや女性一人でこんな場所には来る理由もないな」
「そうね。そうなると何かに追われてここに逃げ込んだという感じかしら」
「普通に考えればそうなるな。ここにあった遺留物を見てみるか」
レーイチは腕時計のデバイスを操作し、手元の空間に写真を表示した。
アクセリアもその写真を見るため、レーイチの隣にくっついて覗き込む。そのせいでアクセリアは意図せずレーイチの腕に胸を押し付けていた。
「ちょ!アリア!」
「え?」
アクセリアはなぜレーイチが距離を取るのか分からなかった。だが気まずそうに顔を赤くしている様子から我が身を振り返ると、胸を当てていたことに気が付いた。
「ご、ごめんさない。次は気を付けるから見せて」
アクセリアも羞恥に駆られて同じく赤くなる。そして再度レーイチの隣に移動すると次は胸が当たらないよう気を付けて覗き込む。
レーイチとしてはなぜ自分のデバイスで見ずに隣に来るんだと不思議に思った。
「改めて写真を見ると、分かりにくいけど衣服の所々に擦れた跡があるな」
「本当ね。擦れた後を何となく繋げると、これってロープのような物で擦られたような跡よね」
アクセリアの指摘にレーイチはそれらしきものがあると思った。
「確かにそうだ。ロープのようなものか……。でもこの近くにロープのようなは無かったはずだけど……」
レーイチは写真を何枚かスライドし、アクセリアと共に発見当時の写真を何枚か確認するがロープのようなものは見つけることが出来なかった。二人は写真から目を外して辺りを見渡し確認をした。すると先ほどのロープというキーワードが頭に残っているおかげか、壁の一部が擦れて真新しいような色味の箇所が目に留まる。二人はそこに駆け寄り写真とその後を見比べた。それは写真のロープの跡と似通った傷の付き方であった。
「レーイチ、この跡、写真の跡と似てるわよね?」
「ああ、確かに似ているな」
「さっきのアンチコード、植物みたいだったわよね?植物系のアンチコードなら、蔓をロープ代わりに出来そうじゃない?」
「なるほど、それならあり得るな。実際あいつらは蔓を伸ばしていたし、それなら現場にロープも残らない」
散らばっていたピースが繋がっていく。そうなると今回の事件は先ほどの小型植物のアンチコードが犯人だろうかと考えたが、アクセリアはまだ疑問点が残っているようだった。
「あのアンチコードは白昼堂々ガロンと同じように来たわよね。それも複数、同じ場所、同じ時間に。そうなると明らかに狙ってあの場所に現れた感じだったわ」
「ん?というと?」
「案外手応えのない相手だったでしょ。あれだと狙った場所に出られるほどの力は持ってないから、別のアンチコードがあそこに出現させたという線が濃厚なのよね」
「出現させたって、アンチコードはこっちに来るだけでコードを消費するしランダム性の場合がほとんどじゃなかったか?」
レーイチはアンチコードの特性を今一度思い出すが、アクセリアの言う理屈にはどうも合わないような気がしていた。
「ああ、ごめん、知らないわよね。えっとね、コードの保有量が多い所謂、力のあるアンチコード、こっちではハイコード、HCって呼んでるのだけど、HCアンチコードはある程度狙った場所に現れることができるらしいの。所謂ガロンのようなアンチコードリストに載ってるリストクラスのことね。逆に力のないアンチコード、今回だとあの小型植物のことね。あれをローコード、LCと呼んでて、LCアンチコードはその出現位置をコントロール出来ないらしいわ。でもLCアンチコードも狙った場所に現れることができる方法があるの。それがHCアンチコードに道を開けてもらうことよ」
「なるほど、つまりは内側から扉を開ける感じか」
レーイチは城攻めのことをイメージし、内部に潜り込んだスパイが扉を開け放つような場面を思い起こした。それなら多数の兵を呼び込むことには納得がいく。
「そういうこと。でもそれはHCにもリスクがあって、レーイチの言った通りアンチコードの住む世界からゼプトへ来るだけでも相当なコードを消費するらしいの。だからそれを味方の分も道を開けるのは相当なコードの持ち主になるのよ」
アクセリアの説明にレーイチは段々と嫌な予感がしてきた。
「待てよ、それってつまり、リストクラスのガロンみたいなやつがあの場に居たってことか?」
「推測だけどそうなるわね。でもそのHC、リストクラスのアンチコードはあの場に現れなかったわ」
「アリア、それってもしかして、本体がまだこの街に潜んでいるってことだよな?」
アクセリアはコクリと頷く。
「ええ、そうだと思う。そしてこの写真の傷跡と現場の傷跡、ハルマ区長の演説現場を狙った事件、私たちが追っている事件と不思議と結びついてきそうだと思わない?」
レーイチは嫌な予感が現実味を帯びてきたことに天を仰いだ。アクセリアの言う仮説は筋が通っていると思った。そしてその説が通るとなると、正体はまだはっきりと掴めてはいないが、今回の相手はリストクラスだという紐づき方をしたのが最悪であった。
「またあのガロンのようなやつを相手にするのか。初陣早々、所長はとんでもないものを投げてきたな。でもそれほどの相手なら何であの場に現れなかったのか不思議な気もするんだけど、そこはどう思うアリア?」
「LCアンチコードを呼んだところを見ると、それだけのコードを手に入れたから人目に付いてもリターンが得られると踏んだんじゃないかしら。でも思わぬところで私たち、ゼドの隊員がすぐ近くにいて制圧してしまったから分が悪いと判断したのかもしれないわ。リストクラスだと少なくとも一回はゼドの隊員と戦っているからその強敵具合は知ってるはずだし」
「なるほど、こっちもアンチコードは天敵だけど、向こうからすると一般人とは違って俺たちゼドは天敵になるわけか」
「そういうこと」
これまでの話から色々と繋がり見えてきたことが増えたが、それ故に問題が浮き出てきたことも事実であった。
そこで一度問題点を整理する。
①姿形、能力が正体不明。
②分類がリストクラス。
③LCアンチコードの加勢による人数不利。
どれも問題点ばかりだが、特に現状③の人数不利は致命的だった。リストクラスとLCアンチコードを両方相手をするに当たってどう考えても二人で対応できるわけがなかった。もしレーイチとアクセリアでリストクラスとLCをそれぞれ相手にした場合、どちらか一方が少しでも傾いた時点で敗北を喫する。
「そうなると、俺たちだけでこれって対応できる?」
「できないわね。今のままだと完全にこちらの詰み。だからまずはもう一つのゼドの部隊が今回の件に当たってるからそっちと合流しましょ」
「OK、賛成だ」
レーイチとアクセリアは事件現場を後にし、同じく今回の事件を調査しているという部隊との合流を急ぐことにした。




