004 最善の策
(あのままじゃあの子は殺される……けど助けに行けば俺も殺される……)
レーイチはこの世界に来てまだ少ししか時間が経っておらず、これから生きていこうとしているレーイチには残酷な選択肢。だがしかし、その選択肢すら頭になかったかのようにレーイチは気が付けば女の子のもとへ全力で走り出していた。
「助けないと!」
そこには勝算も策もありはしない。ただ、レーイチは走り出していた。
「何か投げられるもの!」
レーイチはシンプルに遠距離から攻撃できる方法を思いつく。そしてすぐに足元に転がっていた逃げ出した人が落とした本を拾い上げる。
「カスタム!」
レーイチはカスタムのユニードを発動させる。拾い上げた本と小石のハンマーを組み合わせ、不格好ではあるが投げた時に本が開かないよう柄を突きすように加工した。
「いけぇぇええええッ!!!」
そしてレーイチは怪物の頭へ向けて加工した本を全力で投げつける。ゴツンと鈍い音を立ててぶつかった本は跳ねて何処かへ飛んでいき、怪物の視線が倒れている女の子からレーイチの方向へ振り向いた。
レーイチの全力投球は一瞬のタイムラグを稼ぐしかなかったが、レーイチは女の子のもとにたどり着くと、すれ違いざまに抱き抱えて全力で走り出した。これが怪物に対峙できる力がないレーイチができる最良の選択。
「獲物を奪うなんてよぉ、貧弱がしていいことじゃねぇよなぁッ!」
怒号をあげる怪物。獲物を取られた怪物のとる行動は肉食動物と変わらない。横取りしてきたやつをただ殺して獲物諸共奪うだけだ。怪物はその巨躯に見合わない速度で一気にレーイチの背後にまで距離を詰めた。レーイチの背後に迫る殺気。死の恐怖。
「カスタム!」
レーイチは叫ぶ。今の何もできない自分ができる最大で最良の行動。それは身に着けている衣服、抱きかかえている女の子の衣服、すべてを最大限硬化させ、このあと襲われるであろう衝撃に耐えること。女の子をしっかりと抱え、最悪レーイチ自身が衝撃の緩衝材になるようあとは神に祈る。
そして鈍い音とともにレーイチの体は吹き飛んだ。激しい衝撃に肺にある空気は全て抜け、意識が飛びそうになるがそれを無理やりに気力で繋ぎとめる。受け身も取れず、地面に叩きつけられて何度も転がりながらもレーイチは身を挺して女の子を抱えてしっかりと守った。
「ゲホッゲホッゲホッ」
激しく咳き込んだレーイチは抱えていた女の子を解放する。レーイチ衣服で守られていない額から血が流れ、ズキズキと痛む。女の子は泣いていたが、怪我も命に別状もなかった。
「生きてる……」
生きていることが奇跡のように思えた。もう安心だと声をかけたいところではあったが、怪物は大変不満そうな表情でレーイチに歩んできていた。
「ユニード使い、ユニーダーだったのか、お前。なのになんでてめぇはカウルを使ってねぇんだ?」
(カウル……?)
レーイチには怪物の言葉の意味が分からなかった。
しかしそれは怪物に対抗するような手段の一つのように聞こえる。レーイチにとっては怪物に対抗できる手段があるのであれば是非とも教えてもらいたいところではあるが、怪物はそれを教えてくれるほど親切とはほど遠い存在だった。
「お前を倒すためにカウルは充電中なんだよ」
動かない体に鞭を打ち、無理やり立ち上がらせ、ハッタリをかました。
「俺を倒す?ハッ!貧弱で今にも死にそうなお前がか?そういうのはもっと強いやつが言えよなぁ!」
怪物は走り出し、レーイチに再び距離を詰め始めた。
(くそ、こっちはもう限界だってのに……)
対するレーイチは最早切れるカードが存在しない。飛び道具は既に使い切った。同じ硬化する作戦も二度は通用しないだろう。できることはカウンター狙いで効きもしない一発が入るかどうか。
目の前に迫る怪物。
「覚悟を決めろ!レーイチ・シンドウ!」
拳を握り構えをとり、怪物の攻撃を受けるしかないと覚悟を決めた。
その時、レーイチと怪物の間に割って入り、怪物の胴体を殴り飛ばす人影が目に飛び込んできた。
攻撃を受けた怪物は後方の壁に激突し、瓦礫の中へと埋もれる。
怪物に強烈な攻撃を叩き込んだ人物はレーイチの傍に着地し、その姿が露わになる。
彗星の如く現れた人物、それは赤い髪のボブヘアーと黒のスカートを揺らし、赤い隊服のジャケットの肩には時計のエンブレムが入っている。瞳はルビーのような真紅の瞳をしており、その姿は一目で強く美しいと言えるようなレーイチと同じぐらいの年齢の少女だった。