031 女の子の魔法
そのドタバタ音はしばらく続いた。やがてそれが納まると居住階と事務所を繋ぐ扉が小さな音を立てて開いた。
「疲れたわ」
そこから出てきたのはサクラであった。いつも疲労の様子や感情の起伏を見せないサクラが、今日に限っては本当に疲れた様子で現れた。
「お疲れ、サクラ。アリアは?」
「もう少し大人しく待てないのかしらコンバーター。まるで性欲に飢えた獣みたいね。気持ち悪い」
「酷い偏見。辛辣」
サクラは疲れているからかいつもに増して言葉の棘が鋭かった。
「でもアリアの相談にちゃんと乗ってくれるんだからサクラは優しいよな」
「……急に何?」
サクラは突然のレーイチの褒め言葉に気持ち悪いといった表情をする。
「そのまんまの意味だよ。俺のことは嫌いでも、仲間のことを思ってくれてる優しいやつだなって思っただけ」
「……そう」
サクラは短く答える。それからいつものように棘のある言葉を言ってこないことからレーイチは不思議に思う。その表情からはどのような感情を持っているのかは読み取れない。
そんな会話をしていると事務所と居住階を繋ぐ扉の奥から階段を降りてくる音が聞こえてくる。その音は扉の前で止まると、時間をおいてその扉が小さな音を立てて開いた。
「お、お待たせ……」
右手を小さくひらひらと振り、恥ずかしそうに頬を赤くしながら姿を表したアクセリア。赤い髪にルビーの瞳。しかし身に纏っていたのは普段の赤い隊服のジャケットではない。完全に女の子の私服だった。隊服でいつもは引き締まった格好良さの雰囲気があるが、今日のアクセリアは違った。いつもより肌や髪を入念に手入れをしたのか艶があり、服装も長いこと悩み今日という日を楽しみにしていたような雰囲気を纏っており、全てを可愛らしさ、女の子らしさにステータスを全振りしたアクセリアがいた。
「お、おぉう……」
それを見たレーイチは思わず言葉にならない言葉を漏らし、視線を外した。自分が顔を赤くしているのが分かる。直視すればするほどより顔が熱くなってしまう。
(待て待て、女の子って服が変わるだけであんなに変わるものなの?恋人でもないやつと街に出かけるだけでそんな気合入れなくてもいいだろ……というかこの子を今日一日連れ回そうとしているとか俺は正気か?)
急にレーイチは自分が不釣り合いな気がしてきてしまった。
何も言えないレーイチ。そんなレーイチはコツンと突如頭を小突かれた。
「人はね、思ってる以上に言葉にしないと伝わらないものだよ。こういう時はちゃんと向き合ってあげないと、アリアに示しがつかないよ」
アザトからのアドバイスにレーイチは不釣り合いだと逃げ出したくなった自分を恥じた。アザトの言う通り、楽しみにしてくれているアクセリアへ向き合うべきだとレーイチは改めてアクセリアへ向き直る。
「アリア、その……凄く可愛いと思う。ごめん、何かこれ以上上手く言えない。今日は……よろしく」
レーイチは素直に思ったことを口にした。こんな時に言葉を上手く纏められないところが少しもどかしい。
そしてそれを聞いたアクセリアは更に顔を赤くする。恥ずかしい、照れくさい、嬉しい……そんな気持ちが混ざり今の感情がよく分からなくなる。だが悪くないということは確かだった。
「うん、ありがとう、レーイチ。とっても嬉しい。今日はよろしくね」
アクセリアはレーイチに笑顔を返した。
その笑顔に思わずレーイチはドキリとする。それはいつもアクセリアが見せている無邪気にじゃれつくような笑顔ではない。いつもは『楽しい』からアクセリアは笑っているが、今回は『楽しみにしている』という笑み。言葉にすればほんの少しの違いだが、それは大きな違いであり、女の子の特別な魔法だった。
「はいはい二人とも、お楽しみのところ悪いけどそろそろ出ないと予定が狂うんじゃない?」
アザトは次のアクションが起こせない二人をつつく。二人をつつくアザトはどこか楽しそうであった。
「あ、そうね、行きましょうレーイチ。時間が無くなるわ」
「ああ、分かった。行こう。でも時間を押したのはアリアだからな」
「うっ……仕方ないじゃない。女の子は時間が時間が掛かるのよ」
「はいはい。でもまあ、これなら待たされても悪い気はしないかな」
「バカ」
アクセリアは赤い顔のままレーイチの腕を叩いた。
「それじゃあ所長、サクラ、行ってきます」
「はいはい、いってらっしゃい。今晩帰ってこない時は別に連絡いらないからね」
「ちゃんと帰ってきます!!」
レーイチは夜には帰る旨をしっかりと伝えてアクセリアとともに街へ出ていく。
アザトはそんなレーイチをからかうのが楽しく笑っていた。




