003 怪物
「ユニードの確認もできたし、役所を目指しますか」
目的地を設定し、レーイチはそこへ向けて歩みを進めようとした。
その時、バキッと何か割れる音が響いた。
「うわっ!」
思わず何か踏んでしまったのかと慌てて飛びのき、足元を確認したが、レーイチは何も踏んではいない。だが冷静に考えれば音の音源は足元からしたものではないと思った。ならばその音源はいったいどこから発せられたものなのだろうかと辺りを見渡す。その音のした方向を確認すると、周りで思い思いの時間を過ごしていた人々の視線も同じ一点に集まった。そして視線の先、広場の中央にあるのは異様なひび割れた空間。割れた音源は明らかに異様な空間のひび割れに他ならない。
周りの人々の顔が急に曇りだし、怯える表情を浮かべている。
そしてその空間のひび割れは一気に拡大した。
「なんだ……あれは……」
そして突如、中から黒紫色の大人一人を掴めそうな巨人の手と怪物の顔が現れ、ひび割れた空間から三メートルはありそうな巨躯の怪物が一体、この世界に降り立った。ギョロギョロと動く赤い目はまるで獲物を探している獣のようだった。
「ああ、コードが沢山だなぁ。お前ら全員、俺が食ってやるよ」
怪物から発せられる言葉は、明らかに人々を餌のように捉えているようだった。
「キャアアアアアアア!」
周りから悲鳴があがった。辺りの人が怪物とは逆方向へ一気に散る。
中には人にぶつかり、足がもつれて倒れる人も現れた。
(やばいやばいやばいやばい)
レーイチの直感が「逃げろ」と告げる。だが、目の前の三メートルはある怪物の威圧感に足が動かず悪寒がただただ走り冷汗が流れるのみであった。
人々が散り散りに逃げていく中、怪物は手始めに地面に倒れた近くの人を鷲掴みにし、力任せに握り潰していく。
「ぐああああああ!!!」
「ああ、うるせぇ、うるせぇ。さっさとコードになれよ」
掴まれた人は口から血を吐き、苦痛の声を上げた。まるで虫けらを扱うかのように言葉を吐き捨てると、怪物は更に握力を込めていく。そしてグシャリと明確な絶命を告げる音がすると掴まれた人の絶叫がピタリと止んだ。それは一方的な暴力であり虐殺であった。
やがて怪物の掌にいる人からはキラキラと白い粒子が浮かび上がり、その亡骸は白い粒子となって飛び散った。それはまるで最後の命の終わりに花開き散るかのような一瞬の美しさだった。
「ハッ、やっとコードになったな」
そして怪物はそんな美しさなど、どうでも良いかのように口を開けて吸い込むと、飛び散った白い粒子はその口の中へ一気に引き込まれていった。満足を得られたかのような怪物。その行為はまさに食事であった。
「ああ、やっぱこっちの世界の人間のコードは最高だよなぁ」
目の前で人を殺し、食事をする怪物の光景にレーイチの中で恐怖心が大きくなっていく。こんなに簡単に人を殺せるこの怪物は危険過ぎる。「逃げろ、殺されるぞ」と本能が告げる。そしてようやく一歩足が動いた。このまま逃げ出そうとしたレーイチの目に入ってきたのは小さな女の子が躓いて倒れ、逃げ遅れて泣いている姿だった。
同時に怪物も倒れた女の子を視界に捉えていた。