018 コンバーターが嫌いな理由
「えっと、サクラについて、もしよければ事情とか聞かせてほしいんですが……」
その質問にアザトが答える。
「ごめんね、レーイチ。いきなりで驚いたよね。さっきの桜色の髪の子がサクラ・ストリングス。うちの事務所の最強剣士、ゼドでもトップクラスの剣士なんだけど、ちょっと複雑な過去があるんだ。これもまた歴史の話なんだけどね、アタシ達、ゼプトの人間の中にはコンバーターを差別する人達がいるんだ。でもアタシもアリアもほとんどの人がコンバーターを嫌ってるわけではないからね。それでその差別意識が先天的か後天的かでまた分かれるんだけど、サクラは後者の方。先天的は生まれてからコンバーターを差別するような宗教とか親とかの環境によってその概念が植え付けられた人達なんだけど、後天的は十年前のコンバーターによるテロが原因なんだ」
「テロ?」
「そう。事の発端はコンバーターを差別するゼプトの人達の意識なんだけどね。神、那由多がこの世界を創るに至った地球の人間は悪魔的な存在であるという宗教、那由多教の思想、これがコンバーターの人達を長らく弾圧したせいで十年前に複数箇所で立て続けに大規模なテロが起こってしまってね。その被害者の一人がサクラであり、サクラはそのテロで家族を奪われてしまった。そして未だに捕まってないテロリストのリーダーへ復讐を果たすためにサクラは今も追い続けているんだよ。そしてこれが多くの人に後天的なコンバーターを差別するきっかけにもにってしまったんだ」
あまりの想像を超える大事件にレーイチはすぐ言葉が出なかった。復讐に駆られ、コンバーターの全てを憎むほどサクラにとっては失いたくなかった大切な家族だったのだろう。その大切な家族を奪われた痛みを癒やせることなくこれまで生きてきたサクラの気持ちは推し量ることができない。
「そんな事情を知らずに俺は凄く馬鹿なことを言ってしまったな……」
「それは違うわレーイチ。初対面の人の事情なんて分かるわけないもの。さっきのはサクラが悪いわ。許してあげてとは言わないけど、サクラの気持ちは知っておいてほしいの。そしてこの先もきっと、レーイチにサクラと同じような憎悪をぶつけてくる人がいると思う。だけど誤解しないで。それは一部の人たちだけで、私たちのような、あなたを認める人がほとんどだから」
アクセリアはあまり思い悩まないでほしいとレーイチへ言葉を掛ける。このゼプトという世界にある残酷な一面もアクセリアは素直に伝えた。それによって失望されてしまってもそれはこの世界が犯した罪であるため、それは受け入れるしかないと思った。
だがレーイチはとくにサクラを責める気はまったくなかった。最初こそ驚きはしたが、事情を知った今はサクラの気持ちのどこか一部でも救ってあげたいと思うようになっていた。
「アリア、別に俺はサクラのことを怒ってもいないし、恨んでもいないよ。最初は驚いたけど、色々と事情も知って整理できたよ。今は何より最強まで行くとあの速さになるのかって感動があるかな」
「ありがとう、レーイチ。そういうところ、あなたのとても良いところだと思うわ。因みにあのサクラの速さはカウルを極めた結果ね」
「へぇ、凄いな。そういえばそのカウルって単語を何回か聞いたけどそれって何なんだ?戦いに必要なものってのは今までの流れで分かるんだけど……」
「あ、そういえば説明してなかったわね。カウルは自分のコードを纏う様に放出し、身体強化するものよ。攻撃、防御、俊敏性全てが強化されるの。だからアンチコードと戦うときには使わないと一瞬で潰されちゃうから、今回割り込んできたレーイチには驚いたのよ」
身体強化という説明にレーイチはなるほどと合点が言った。だから駆けつけたとき、アクセリアもガロンも驚いていたのかと。今にして思えば、それは武器も防具もなしで人を握りつぶすような怪物と対峙して無事なだけでどれだけ幸運だったのかと事の重大さが分かってきた。
「生きてるだけ奇跡だな、俺。そうなると、まずはカウルの習得を先にしないといけないわけか」
「そうね。カウルはコードを体から放出できるようになれば誰でも使えるけど、放出量のコントロールができないとあっと言う間に力の源のコードが枯渇しちゃうし、ましてやアンチコードと戦う時はカウルを展開し続けてコードを消費しながら戦うからコントロールは必須ね。でも今日はもう休まないとダメよ。あんなユニードを使ってコードが空っぽだと思うから」
「分かった。じゃあ明日からでも教えて貰っても平気?」
「私は大丈夫よ。所長、レーイチに明日からレクチャーしても大丈夫?」
「OK、むしろありがたいね。直近でゼドへ所属する試験が二か月後だから、それまでに色々叩き込んでおいてほしいな」
「いや、期間短すぎないですか?」
思わずレーイチからツッコミの声が漏れる。試験内容が何なのかは分からないが、アンチコードという怪物と戦っているというだけあって対抗できるほどそれなりの実力を示す必要がありそうだった。それ故に二か月で何とかものになるレベルになるとはとても思えなかった。
「いや、してもらうよ。それに、アタシを誰だと思ってるんだい?セブンスコードのタイムコードの持ち主だよ。地下の訓練場の時間をちょちょいと弄れば三倍の時間を確保するなんてお手の物さ」
アザトは得意げに解決策について話をしてくれた。タイムコードの時間を操る力、それにより二か月の特訓期間が六か月になるという。なんともそのデタラメなユニードにレーイチはただただチート過ぎると驚くことしかできなかった。
「さて、長いこと色々話をしたね。レーイチは今日はそろそろ休んだ方がいいかな。まだ一日目だし」
「そうさせて貰います。情報量が多くて一日目だってこと忘れてました。言われたら忘れてた疲労が襲ってきましたね」
そろそろ電池切れと言わんばかりにレーイチの疲労を誤魔化していたアドレナリンが底打ちになってきていた。
レーイチにとってはまだまだ情報が足りないが、これ以上はキャパオーバーであったため話は一旦終わりとなった。
レーイチはアクセリアに案内されて事務所の三階の空き部屋の一つに案内された。そこはベットとテーブルと窓が一つずつのシンプルな部屋であった。
「レーイチ、今日はお疲れ様。今日はもう寝るわよね?」
「うん、寝る。横になったらすぐ寝そう」
「分かったわ。一応明日起こしに来るけど、体調悪かったら言ってね」
「何から何までありがとうアリア。それじゃあまた明日」
「また明日」
パタンと音を小さく立ててドアが閉まった。人の気配がなくなったのを確認し、レーイチはドアの鍵をかけるとそのままベッドにバタンと倒れこんだ。
部屋には静寂が訪れ、その静寂はゆっくりと流れる時間を運んでくる。振り返れば異世界という名の実際に存在する人工衛星の中の仮想世界に召喚され、アンチコードと戦い、神話のユニード使いと邂逅し、神速の剣士に斬られそうになるという地球の日本で普通の人生を生きていればこんなことは一つとして経験することのないものを一度に体験するという濃厚な一日であった。
静寂なひと時はこれらがまるで夢だったかのような錯覚を感じさせていた。
これが夢なら、次に起きる時には自分のベッドで目覚めてほしいものだとレーイチは思い、そこで意識が途切れた。




