001 異世界へ
カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでくる。その眩しい光と共に朝を告げるうるさいスマートフォンのアラームは、ベッドで気持ちよさそうに寝ている少年を問答無用で叩き起こしていた。
視覚と聴覚を執拗に責め立てられ、少年は仕方なくとばかりにもぞもぞと動きながらスマートフォンを手探りで探し出し、指先の感覚でアラームを止めた。
再び静寂に包まれ、もう一度眠りに就きたい気持ちと、起きろという命令が脳内で喧嘩をする。そして起きろという命令をより助長するかのように朝の光は少年の目元を容赦なく照らした。
そこで少年はようやく観念したのか欠伸と共にベッドから起き上がる。
起き上がった少年の名前は新堂怜一。黒髪に黒目、高校へ通う健康な男子、十七歳。
覚醒しない頭のまま壁に掛かった高校の制服とワイシャツを手に取り、手早く着替えを済ませていく。そして今日一日の予定をぼんやりと考えながら身だしなみを整え、部屋を出ると既に両親は仕事へ出ており、誰も居なくなったリビングは寝ていた部屋と同様に静かであった。
通う学校が近くということもあり、ギリギリまで寝ていることから怜一にとってはこれがいつもの一日の始まりであった。そんなリビングを通り、キッチンから適当に食パンを見つけては一枚齧って玄関に向かう。効率化を進めた結果、起きてから出発までの時間は三十分と掛かっていない。
ようやく覚醒してきた脳を回転させ、外に出る前に今日必要なものや忘れ物がないかをチェックする。そして問題がないと確認を終え、怜一は今日の授業は何だっただろかと思いながら、怜一は玄関の鍵を開ける。そして、いつもの学校へ向かうために扉を開き、朝の光に包まれる。だが、その光はいつもよりも白く強い輝きであった。
怜一は反射的に眩しい光を遮るために手で目元を守る。そしてようやく光が弱まったのか、その手を退けて視界を広げた。
「……は?」
怜一は思わずポカンと驚きの声を発した。
そこに広がっていたのは晴天の青空に向けて伸びる都会の煌びやかなビル群だった。ビルはどれも十階、二十階とあり、ビルの壁やガラスが日の光を反射させているせいか街全体はとても明るい。更にビルの上や側面、歩道にはホログラムの案内が映し出されており、街の明るい雰囲気作りに一役買っている。
地上は街を歩く多くの人が行き交っており、スーツの男性、おしゃれをした女性、学生、子連れの親、ロボットなど様々な人や機械が日常を送っており、その人の往来からも活気づいた印象をもたらしている。そして怜一はそんな中、噴水のある広場に一人立っていた。まるで住んでいたマンションの一室から瞬間移動をしたかのようであった。
「……待て、待て待て待て待て」
それは誰でもなく、自分に言い聞かせる言葉だった。ドクドクと心臓の鼓動が鳴っており、緊急事態だというアラートが体中を駆け巡る。そして起きたばかりの脳をフル回転させ、辺りを見渡し、情報を仕入れる。なぜなら、怜一はこの景色を今までに一度も見たことが無かったからだ。
「東京……じゃないよな」
怜一は仕入れた情報を冷静に分析し、その結果を口にする。自分の中にある記憶ではこんな広場のある情報は見たことがない。そして広場もそうだが、全体的に街がどこか一つ、二つ先の世代を行っているかのような先進的な造りの印象がある。そして決定的に東京、それ以上に日本ではないと裏付けているのはビルの隙間から見える高い台地に建つ西洋風の王城。
そんな王城は日本にはまず存在しない。あったとしたらまずテレビ、ニュース、SNSで有名になってなければならない。それであればここは外国なのだろうかと分析を掛ける。
「いや!あんな王城みたことねぇよ!」
思わず心の声が言葉となって強く出てしまう。周りから一斉に注目を浴びるが、怜一はすぐに口を閉じて何事もなかったかのように振る舞った。
怜一は一度静かに呼吸を整える。記憶ではあの分かりやすいランドマークを見たという記憶はない。あったとしたら何かしらで特集されて目にしている。だがその記憶は全くない。それであれば未だに夢の中なのかと思い、古典的に頬をつねってみたが痛みはあり、頬をつねった指も夢にしては繊細にそして正確に思った通りに動く。つまり簡単に言えば、新堂怜一という少年は見知らぬ土地にいるということだった。
「落ち着け、落ち着いてもう一回状況を整理してみようか?朝起きて、着替えて、パンを食べて、玄関を開けた。そしたらなんとびっくり、知らない土地のビルの建つ大都会に見たことないお城。……なんかこれ、どっかで聞いた話だな?」
この展開、何だったかと必死にその答えを探りだし、怜一は数秒掛けて答えを得る。
「……俺、異世界に来たのか?」
その答えはストンと腑に落ちた。怜一は高校生らしく、学校や友達の中で流行っているアニメ、マンガ、ゲームなどはある程度知っている。その中の一つ、異世界へ行くという展開がどうも今回の事象にピタリと当てはまるようであった。