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9 家族

◇16




 その日の放課後。美術部とは名ばかりの、将棋同好会活動日である。既に敗北したためどうなるのかと思っていた天笠との対局だが、普通に美術室で盤を挟んでいた。

 天笠はいつも通り僕の教室にやかましくのりこみ、不思議と僕自身もそれが当たり前のことのように対応した。一緒に部室に向かい、座布団を敷いて駒を並べ、くだらない会話をしながら将棋をする。

 この日常が楽しい、のかもしれない。

 ……いかん。昼間の出来事のせいで思考が緩くなってる気がする。


 前回僕は他のことにばかり気が散り、結果ミスをして負けている。反省した今回は天笠の言う言葉をすべてシャットアウト。完全集中のスタイルで完封勝利した。

 天笠はいじけたようにブーブー言っていたが、そんなものは関係ない。勝ったからな。


「先輩。後輩をそんなにいじめて楽しいですか? というか私が面白くないので対局中無言とかやめましょーよ!」

「そんなこと言っといて僕が負けたらまたなんか要求する気だろ? その手には乗らんぞ」

「…………いやまあそれはそうなんですけど」


 ほれ見ろ。

 でもまあ一理あるな。そもそも真面目にやったら僕が負けるわけがないのはわかりきったことだ。


「連続で負けたら言い訳できないから流石にな。普通にやれば天笠が僕に勝てる可能性ないから、次からは気楽にやらせてもらうよ」

「そうですよー。私の勝ちの目を残してくださいよー」


 こいつが下手に出てると逆に気持ち悪いわ。どうせまだ何か考えてるんだろうけど、まあいいだろう。

 先ほどまでの終局盤面を崩して、また駒を1つ1つ並べなおす。


「あ、次は私に振らせてください」


 いいよ、と握りしめた駒を天笠に渡す。誰が振ったっていいと思うのだが、天笠は子供のように嬉しそうに渡された駒を盤に振った。


「「あ」」


 表2枚、裏2枚、そして駒が立った。珍しいこともあるものだ。

 表か裏かで先攻後攻を決める振り駒において、駒が重なったとき、盤上から飛び出たとき、立ってしまった時はその駒がノーカウントになる。

 つまりこの場合は表と裏が同数。つまり振り直しだ。


「まあお前は振るなってことだよ」


 むくれた顔をする天笠の眼前の駒を拾い上げて、今度は僕が軽やかに駒を振る。

 振り駒なんてよほど横着な奴ぐらいしか振り直しにはならないからな普通。


「「え」」


 投げた駒は見事に表と裏にはっきり分かれる……ことなく、どんなわけかうまくはじき出されて駒が盤上から離れていった。

 ……ええい、こちらを真顔で見つめてくるな! 一番恥ずかしいのを自覚してるんだこっちは!



――――――

――――



「お疲れ様でーす」「おつかれでーす」

「お疲れ」


 あのあと何局か対局して下校時刻になった。僕と天笠は鍵を閉めていく部長に挨拶して美術室を出る。エアコンのきいた部室とは一転、急な暑さが脳を襲って視界がぼやけてきそうだ。

 部長は物静かな人だけどとてもいい人で、部室のカギ開けから施錠して職員室にカギを返すところまでいつもやってくれている。部室でもうるさい僕らに対して何も言わずにいてくれており、感謝で頭が上がらない。


「天笠って部長と話したことあんの? 天笠と部長の絡みってあんまり想像できないけど」

「部長さんですか? あんまり話したことはないですねー。いつ以来でしょー? 入部するとき以来ですかね」


 僕らはさっさと下駄箱に向かい、靴に履き替えて昇降口を抜けて校門を出る。

 今の時刻は部活が終わった直後だからまだ五時近くのはずだが、やっぱり暑い。

 日差しもきついし、本当に早く夏終わってくれないかな。インドアな僕は外に出たときの温度差で毎回死にそうになっている。


「へー。僕は想像できないけど、天笠のことだから部長とさえもなんか繋がりあるかもと思ってた。僕みたいなおとなしい感じの人間とも普通に話しに来るだろ?」

「なんていうかなー、与一先輩は陰のオーラが出てるけど、絡んだら反応してくれるじゃないですか。部長さんってほらあれじゃないですかー。えーとなんて言えばいいんだろ、静っていうんですか、ちょっと悟りを開いていそうというか、絡むと真顔で返されそうというか」


 ……まあ分からなくもないけど。ちょっと僕への扱いが納得いかない。


「そ・ん・な・こ・と・よ・り! 先輩! 今週の日曜日暇ですか? 「すまん。今週は無理だわ」暇ですよね? そうですよねー先輩に用事あるわけないですよねー……ってええ!? あるんですか!? 誰と!? 何故!?」


 驚きすぎだろこいつ。そもそもいくら僕でも家族の用事ぐらいある可能性とか考えないのかよ。


「……まあ、今日できた、友達とちょっとな」

「と、友達ぃ」


 やばい。口に出すとちょっとにやけそうだ。


「……まあ3人で遊園地にちょっと行くことになったんだ」

「ゆ、遊園地……先輩、私は夢でも見てるんでしょうか……? 『あの』先輩に友達なんてものが……しかも遊園地だって…… いや逆に考えると私じゃなくて夢を見てるのは私じゃなくて……まさか!? 先輩、戻ってきてください! その先は地獄ですよ!」


 天笠はズガーン、と背後に雷が落ちたかのような勢いで衝撃を受け、ぶつぶつと意味不明なことをつぶやいている。

 学校前は坂道になっているので、転びそうで危なっかしい。


「落ち着け。もはや何言ってるのかわからないぞ。というかお前僕のこと馬鹿にしすぎだろ。……僕にだって友達ぐらいいるさ」

「うわー、なんですかその気持ち悪いドヤ顔。というかマジで驚きです。私以外に先輩に友達なんていたんですね」


 本気でドン引きしたような顔をする天笠。それだけで僕のメンタルをゴリゴリと削っていることを教えてやりたい。……鼻で笑われそう。

 というか、あれ?


「……というかお前って僕の友達だったの?」


 しまった、と言った瞬間に思った。

 ……これじゃ昼間の深路の二の舞だ。


「ナチュラルになに人が傷つくこと言ってるんですかもう。え、その顔はマジですね……というか私が先輩の友達じゃなかったら逆に何だっていうんですか!」

「……生意気な後輩」

「ただの生意気な後輩は休日に遊びに誘ったりしませんよ。全く、どうせ先輩のことですから初めての友達が出来たー。とか思って今日1日ウキウキだったんでしょうけど、先輩の友達歴は私のほうが先輩ですから。舐めないで欲しいですね」

「お前は何で張り合ってるんだよ……」

「で、どんな人なんですか? その先輩の新しい友達って」

「……えーとまあ、お前も知ってる奴だ。……三谷だよ」

「はあ? 何言ってるんですか。そういうのいいから早く、って」


 天笠は一瞬目を丸くし、溜息をつく。


「なるほどそういうことですか。ホントつまらないですねー、与一先輩。もう私と三谷先輩絶対同じ立場じゃないですか。はー、三谷先輩もかわいそうだなー」

「……言われないと分かんないんだよ僕は」

「まあとにかくわかりました。三谷先輩、あと3人って言ってたから深路先輩もいるのかな、まあどっちでもいいんですけど。とにかく先輩にもう友達との先約があるなら仕方ないですね。諦めます」


 徹頭徹尾、僕のことを馬鹿にしたような態度だ。そんなにおかしいのかよ。


「じゃあ私とは再来週ですねー。けってーい!」


 天笠は納得したようなことを言った後でも、また勝手なことを言いだす。


「まあ暇だからいいけど。どこ行くんだ?」

「メビウスですよーメビウス。ほら、この前私たち4、5階に行く前に帰っちゃったじゃないですか。私ホントはこの前あそこに久しぶりに行きたかったんですよ」


 ……それは普通に申し訳ない。


「だからこの前のリベンジってわけじゃないですが、先輩誘ってもう一回と思って」

「わかったよ。僕のせいでもあるし、付き合うよ」

「よし! じゃあ駅こっちなんで……さよならー!」

「……おーす」


 学校前の坂を下り終わって、大通りに出た僕らは手を振って別れた。僕はこのまま徒歩、天笠は電車だ。僕は大通りを右に曲がって残り徒歩10分の道を歩く。


 1人になって思う。

 やっぱり今日は浮ついてる。何かをすっかり忘れている気がする。


 でもどうか、この気持ちのまま。




◇17




 そしてなんだかんだと過ぎていった今週も終わり、あっという間に日曜日がやってきた。そう、三谷と深路と約束した日である。

 起きて携帯を確認すると、まだ今は早朝の5時だ。遊園地前のバス停への集合時間は8時。

 昨日からやけに目が冴えて、家を出る予定の2時間以上前に起きてしまった。

 ……楽しみとかそういうわけじゃない。

 いつもだったら週末は昼過ぎまで寝ている。先週と今週と……あと来週もだった、とにかく週末こんなに忙しいのが久しぶりなんだ。引っ越しの時以来だろうか。それで生活リズムが狂ってる。


 だからかは分からないけど、目は冴えてるのに眠気がすごい。

 2度寝したら結局ベッドの上で1時間唸りながら、12時ぐらいまで寝過ごす、そんな体調だと言えば分かってくれるだろうか。

 眠気を紛らわそうと大きく伸びをして、それから部屋のドアを開け、階段を下りてリビングに向かった。


 階段を静かに降りていくと、こんな早い時間にも関わらずリビングには先客がいた。

 新聞を広げた叔父さんは机に座りながらコーヒーを啜り、広夢はテレビを占拠して僕が家で見たことのないゲームをしている。

 どこかで見たことがあるな……あれは確か1週間ぐらい前にスマホの広告で見た新作だった気がする。侍が輪廻転生してどうたらこうたらみたいな高難易度を謳っていた感じの。

 知らないうちに買っていたんだろうか。


 というかなんだ、もうみんな起きてたのか。

 叔父さんがいるのは珍しくないんだろうけど、広夢まで起きているのは驚きだ。


 広夢は僕が2階から降りてきたのを見た途端に、今までやっていたゲームの電源を消し、僕の横を通り過ぎて上の部屋へと戻ろうとする。

 その時に、先週メビウスで天笠が言っていたことをふと思い出した。


「おはよう」


 唐突な挨拶に、広夢はびくりと背を震わせた。

 思わずといった調子でゆっくりと顔をこちらに向けた。


 久しぶりに、顔を正面から見た。ゲームで興奮していたのか少し赤くなっている。


「……」


 ち、沈黙されると次の言葉が出てこない。


「あっ、あのゲームって新しい奴だよね。いつ買ったの?」

「……」

「僕も昔ゲームやってた時は上手くて、あの手のゲームでタイムアタックしたりさ。今はその、あ――」


 自分でハッとする。何を言ってるんだろう、僕。

 広夢は醒めた視線を向けて何も言わずに踵を返し、階段を上って部屋のドアをバタンと閉めた。

 気まずい僕がその方向を見つめていると、コーヒーを啜っていた叔父さんがテレビのリモコンで真っ黒の画面からニュースへと切り替える。


「与一おはよう」

「……おはよう叔父さん」


 起きているのが珍しくないとは言ったけど、僕が朝叔父さんと会うのは珍しいのだ。平日はいつも仕事で朝早くいなくなってるし、休日は僕が起きてない。

 久しぶりに見た叔父さんの顔はどこか疲れているようにも見え、頭の中に思い浮かぶ顔より少し老け込んだかな、と思った。

 それでもいつも通り、笑顔だ。怒ったところなんて見たことがない。本人曰く「気持ちが顔に出やすいタイプ」らしいのだが、僕には一向に読み取れない。逆に分かる人がいるなら教えて欲しい。


「最近朝早いね。用事でもあるの?」

「うん。ちょっと友達に誘われてる。西白森に行ってくるよ」


 やっぱりなんか口に出すと恥ずかしいな。別に変なことを言っているわけじゃないのに、学校の連中とかはよく普通に話してるな。


「友達って言うとあれかな? この前家まで来ていた、あの――」

「そうそう。深路と三谷」

「大丈夫?」

「うん。ちょっと早く目が覚めちゃっただけだよ。時間は余裕」


 大丈夫の意味がよく分からない。時間の心配だろうか。……もっと朝早く起きる必要があるってのは県外まで行くときだけじゃないか? 

 大方この時間に僕が起きるのが珍しすぎて驚いたんだろう。

 友達と遊びに行くぐらい普通だ普通。


「僕はもうそろそろ出るから。与一、広夢は居ると思うけど一応戸締りよろしくね」

「わかった。僕は晩飯までには帰ってくると思うけど叔父さんは?」

「……ごめん今日も凄く遅くなっちゃいそうだ。ご飯は先に食べておいていいよ」


 帰りがいつも遅いのは、その職業と活動に原因がある。

 叔父さんは白森では有名なデザイン関係の大企業に勤めていて、それに加えてなんと自分でも色々なアート作品を作るらしい。聞けばこの前の現代アート展にも作品があったとか。


 この家に転がり込んでいる立場の僕としては、何か率先して夕飯を広夢に作るとかしたほうがいいのかな、とか思いもする。広夢は1人でインスタント食品を食べてさっさと自分の部屋に戻ってしまうのだが。

 まあ多分顔を合わせるのが嫌なのだろう。だから結局僕も適当なものを買ってきて食べるだけになっている。


 それからやることもなくボーっとテレビのニュースを眺め、朝食のパンを齧っているうちに、叔父さんは家を出た。

 チャンネルをこの地域のローカル局に回すと、最近相次いで発見された白森の不審死体についても報道があった。それによると被害者に共通点は見つからず、同一人物の犯行の線は薄いらしい。


 思い出しかけたあの構図を、強く瞬きをしてかき消す。

 僕個人としてその報道に対して言いたいことは、……やっぱり何もない。


(……僕には全く関係ないんだ、こんなこと)

 

 テレビを消す。そしてその上にかかっている時計を見た。


 ……そろそろ準備しよう。

 寝間着から私服に着替えた僕は、今日持っていくものを確認する。

 財布。携帯。

 そして。


(……これも)


 手の中にはあの音楽プレイヤー。

 曲は相変わらず背中を押すような不思議な良さを秘めている。だからだろうか。

 目立つからもう汚れは落としたが、最近は外出するときに持っていないと落ち着かないほどになっていた。


 自分で自分が分からない。

 こんなこと、矛盾以外の何物でもないのに。




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