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8 友達

◇14




 次の日。

 猫が欠伸し、学生は行き交う。登校中の変わりない日常。しかし、1人誰かが足を止めるだけでその場で全員が振り返ってしまいそうな脆さが棲みついていた。

 気持ちの悪さすら覚える街のざわめき。心当たりはあった。


 今朝のニュース、昨日の不審死体の件について詳しいことが報道されていた。死体が発見されたのは白森市内、東白森の隣にある西白森の近くらしい。

 話題をさらっていたのはその死体についてである。四肢が切断されて首がなかった、十字架に縛り付けられて全身の血が抜かれていた、など様々なことがネット上で囁かれていた。荒唐無稽な妄想に過ぎないが、酷い状態だったのは言葉を濁しているテレビ局各所を見ると間違いないらしい。

 不穏な空気が流れる現実世界に対してネットは異様なお祭り騒ぎ状態になっている。だからこそのこの周りの視線なのだろう。明らかに恐怖の中に若干の好奇の色が混じっている。反吐がでそうだ。


 だが、いい。まだ耐えられる。だから今日も眼鏡は外して、音楽プレイヤーにつないだ有線のイヤホンを付けたままだ。


 僕は昨日から2つのことが気になっていた。

 1つは――昨日のノートのことだ。

 これは何を言ってもどうしようもない、それは分かっている。

 未だに信じられない。あの出来事は夢か幻なのではないかと思えてくる。いや、これは思いたいだけかも知れない。


 しかし今朝の報道に不審死体が東白森から見つかったというものはなかった。確認しに行くような勇気は僕にはない。あの公園が通学路とは真逆で本当に良かった。


 もう1つは、昨日のニュースの犠牲者のことである。不思議なことだがどうしようもなく嫌な予想が頭から離れてくれなかったのである。いつもは全くやり取りのしない携帯のメッセージアプリを起動してそれとなく話しかけてみたが、読んだ様子はない。

 いつもならそんなことは微塵も考えない。だが、顔がダブった昨日の夜から頭の中では最悪の妄想の連鎖が起こっている。


 (まさか……いや……)


「おはよーございまーす!」


 そんな不安な思考をしていた折、よそ見をしていたらドガッ! と唐突に勢いよく突き飛ばされた。

 唐突すぎて何かアクションをとることもできずに「べっ!?」と変な声を出しながら地面に両手をついてしまう。


「なーにフラフラしてるんですか先輩?」

「ア……天笠……」


 天笠は当たり前のようにそこに立っていた。……冷静に考えればそりゃそうだ。急速に今まで自分の頭の片隅にさえそんな不安が存在していたことが馬鹿らしく、そしてとても恥ずかしいことのように思えてくる。

 やはり似ている。こうして見ると瓜二つかもしれない。もうどうでもいいか……。


 咄嗟に口から出そうになったのは、安堵の言葉。それを意地で封じ込めた後、次に喉を通ってきたのはこちらににやけ顔を見せる後輩への恨み言。それも何か気に入らなくて飲み込んでしまうと、四つん這いのまま後ろを向いて黙るおかしな男子高校生の完成である。


「なんですかなんですかー。何か言いたいことがありそうな顔ですねー?」

「……」


 無言で立ち上がって、制服のズボンなどを手で払って歩き出した。天笠なんて奴はもちろん無視したままで。外れたイヤホンをつけ直す。

 後ろからおーいとこちらに呼びかける不満げな声が聞こえるが、気にしなッッ!?

 油断していたところに背中にまた同じような衝撃が走り、だが今度はギリギリのところで踏みとどまった。


「おまっ、何すんだよ!?」


 後ろを振り向くと天笠はふんふふーん、と鼻歌を歌うような調子であらぬ方向を向いている。天笠は人をイラつかせる才能に溢れすぎている。一片財布でも落とせ。

 むかつくからやっぱり天笠を放置していたいのだが、そうするとまた後ろからどつかれる気がする。


「……さっきからいちいち僕を押すなよ」

「えー私何もしてないですよー?」


 ぶっ飛ばすぞこの野郎。

 ピキっとこめかみの血管が浮き出てきた。当の天笠自身は僕の怒りなどどこ吹く風である。

 ――そういえば、天笠に言うことがあるんだった。


「そういや、この前は悪かったな。途中で調子悪くなって帰っちゃって」

「そんなこと気にしてたんですかー? わざわざ謝られるようなことでもないですよ。……でもそうですね、いいですよ許してあげます」


 なんで上から目線なんだよ、という言葉は流石に言わなかった。


「ただ」

「……?」


「また行きましょーね」


 屈託のない笑顔だった。ほんとそれだけ。

 それだけで暗いものが吹き飛んでいく、自分の精神構造が単純なことに感謝した。




◇15




 その後は天笠と話しながら登校した。

 持っていた不安は取り払われたのだが、完全に消え去ったわけじゃない。それは街を覆った不安についても全く同じである。しかもそんな人々の不安と恐怖は学校の中へも浸透していた。

 3階にきて天笠と別れて、教室に入って机に辿り着くまでの間のいたるところで昨日の事件についての会話が聞こえてくる。

 それもそうだろう。今まで凶悪事件どころか大した喧騒に巻き込まれることのなかったここ白森の土地で、報道に取り上げられるほどの事件が起きたのだ。しかもその詳細についてよく明らかにされていないときている。


「よっ!」

「……わかったわかった。どうせ三谷も昨日の事件についてだろ?」

「へへー。ま、そりゃ分かるか」


 荷物を机の横に置いて席に座ると、三谷がこっちに来た。


「与一はどこまで知ってる?」

「白森で凄い死体が出てきたってことぐらいだ」

「そうそうそう。でさー、その死体なんだけど……実際に結構やばそうな雰囲気らしいんだよな。兄貴とか昨日から全然帰ってきてないぜ」

「流石に大変そうだな。なんか事件のことお前の兄貴から聞いてたりしてないのか?」

「いんや。帰ってきてないって言っただろ? 昨日から全く会ってないよ。すげー色々聞きたい事あっから、次帰ってきたら捕まえて話聞いてみるわ」


 三谷はどこか面白がっているように見える。この前もこんな感じの雰囲気になってた気がする。――ああ、先週の金曜か。


「お前この前も死体が出たって話の時も興味津々だったけど、そういうの好きなのか? 流石に趣味悪いぞ」

「いやいやそんなわけないだろ。俺ただのやばい奴になっちゃうじゃねーか。そういうのじゃなくて……」


 えーっと、これこれこういうの、と言って三谷は自分の携帯を取り出し、何かのページを画面に表示してこちらに見せてくる。

 画面に映っているのは……なんだこのおどろおどろしい画面は。その画面のトップには大きく『都市伝説系チャンネル』?と表示されている。そのページの一覧のところには白森の文字が多く見受けられ、その周りには呪いやら十字架やら、果てには死の交差点やら不気味な言葉が並べられている。


「都市伝説ねえ……」


「そう! 俺こういう系の話結構ネットとかで拾ってくるんだけど、今あの事件に関連した話題が結構盛り上がってるんだよ。これが近くで実際に起こっているって考えるとあれだけど、いろいろ面白い話があるんだよ。例えば……」


 三谷が謎のテンションの高さを見せる。

 僕はこういう話題が嫌いだ。嫌いになった。別に頭越しに馬鹿にしているわけでは決してない。むしろその逆――存在を微塵も疑えなくなってしまったからこそ、恐ろしいのだ。

 高校生にもなって、という人もいるかもしれないが、逆に考えて見て欲しい。自分の見えている世界が正しい世界だと、絶対に非科学的なものは存在しないと胸を張れる人間がどれだけいるだろうか。……僕の見ているナニカの蠢く世界は偽物であるとでも言うのだろうか。

 これまでの人生で幽霊もゾンビも、魔法だって見たことなんてない。だが、いるかもしれない。僕にナニカが見えているように。


「……だけどまあ実際はどうなんだろうな。正直うちの町に、巨大な黒い陰謀! とかあるわけないからなあ」

「それは言えてるな。呪術師も魔法使いもこんなところにはわざわざ来ないっての。こういうのって実際の犯人は意外と普通の人だったりすることの方が多いしね」


 あー確かに、と過去のニュースを思い浮かべているのか、三谷は口を開けたまま何もないところを見つめる。


「やっぱり動機は痴情のもつれー、とかだったりするのかねえ。最近の全国のニュースのほうでよく見かけるし。愛し愛され殺し殺され、ってちょっと俺らにはよくわからない世界だよなあ」


 いやちょっと待てよ。


「お前の彼女その予備軍筆頭みたいな人じゃなかったっけ」

「彼女? ああ美英のことか。……ま、まあ言われてみるとそんな感じもするようなしないような」


 三谷は辺りを不自然にキョロキョロ見回しながら言う。

 実はというか特に驚くべきことでもなく、三谷には彼女がいる。コミュ力高いし。

 この彼女――美英というのだが、三谷の中学校の同級生だ。ついでにいえば先日話題にあげていた千代と智久も加えて中学校の頃は仲良しカルテットだったらしい。

 三谷は自分の話を川の流れのごとく話し続けるのが習性というか、まあ大好きな男なのだが、その話の半分はこの3人に関する話題と言ってもいいほどだ。そのせいで違う高校で直接話したこともないのに、彼女のことをよく知っている。

 そして三谷の話をつなぎ合わせると、美英さんはかなり変わった人物であることが分かる。去年のクリスマスの話を思い出すと……顔も分からないのに背筋が寒くなる。


「そんなに探さなくたっていないだろここには」

「いやそうなんだけどさ。……そうなんだけどさ」


 思い出してから恐ろしくなるなよ。


「ん? 私を捜してるのか?」

「「!!」」


 背後から唐突に上がった声に、心臓が縮み上がる。

 弾かれたように後ろを振り向くと、そこにあったのはよく見知った顔。


「深路ぃお前なあ……やめてくれよぉ……俺殺されるのかと思ったってぇ」

「お前はなんでいつも気配を消してから出てくんだよ!」

「私か!? 私が悪いのか?」


 想定外の反応だったのか、見事にうろたえだす深路。いやお前が悪いからな。目立つ存在のはずなのに気配の無さが相変わらず異常すぎる。注目されたくない僕じゃないんだから。

 ……そして相変わらず自分勝手なくせに打たれ弱い奴だ。いつもは傍らに人無きがごとし、みたいな感じなのに、いきなり責められるとズーンとへこんでやがる。

 ああもう。


「……めんどくせー奴だな。言い過ぎたよ」

「ごめんごめん。俺は美英の話しててちょっと過敏になってたわ。そうか、そうだよなこんな場所に美英がいるわけないよなー」

「さっきそこに美英ならいたぞ? ほら後ろ」


 は? と首がねじ切れんばかりの勢いで三谷が後ろを振り向く。もちろんのごとく後ろに美英さんなどいない。

 深路のほうを見ると、顔にしてやったりとでも書いていそうなほどあからさまに鼻を高くしている。隠すつもりもないらしい。いやこいつの場合だったら無意識になっている可能性もあるな。

 どっちでもいいけど、三谷には相当な恐怖だったようで。


「……なあおい深路? 俺そんーなに悪いことしたかぁ? 美英のこと知ってるのにそりゃないぜ深路よう……」

「お……おい? 私も美英は知っているが、そこまで悲壮感を漂わせるほどだったのか? そ、それはすまなかった。軽率だったよ」


 今にも膝から崩れ落ちそうな勢いの三谷に、今度は深路のほうがまたオロオロしだす。

 それさっきも見たぞ。まさか無限ループか?


 ――え、は。


 直視した深路の顔を見て、驚く。

 その顔がなぜかつい最近見た顔――黒衣の少女のものと被った気がした。


 だが分からない。あの少女は天笠に似た顔をしていたはずだ。朝にも見て、そう思ったはずだ。深路と天笠が似ている? そう思ったことはこれまで無かった。


 やはり見れば見るほど黒衣の少女と深路は似ている気がする――かもしれない。いや、変な勘違いかも。そもそもしっかり覚えているわけじゃない。

 じっと見続けて考え込んでいると、深路な怪訝な顔で首を傾げたので慌てて目線を逸らした。

 どうせ人に言うようなことでもない、と心の中にしまって、しっかりと三谷への追い打ちに加わった。



――――――

――――



 しばらくして、よよよ、というすすり泣きが聞こえそうな状態から復帰した三谷が、違う話を切り出してきた。


「お前ら、そういえば日曜日って暇か?」


 暇か。暇と言われれば暇ではある。

 ただ僕がひねくれているのかもしれないが、この質問はとても難しいものだ。

 もし暇と答えた後に、自分が全く興味のない空間に誘われたり、雑用を押し付けられたりする可能性だってある。かといって暇でないと答えれば、付き合いの悪いやつだと思われたり、もしかしたらただの好意からの誘いであったりするかもしれない。

 ……まあ僕がその質問をされたのは、人生でも学校に入った直後くらいでしか体験したことはないので具体的な被害にあったわけではないのだが。うん。


 それでもこの質問が来たときはどう答えるか、解答は知っている。無意味だ? うるさい。


「誘いの内容によるわ」


 これが完璧な反応である。


「お、おう。凄いなお前」


 なんだその微妙な反応。

 ……あれ、もしやこれ間違いなのか?


「私は暇だぞ、三谷。何かあるのか?」

「はいはい、よく聞いてくれました。実はだねー、これだ!」


 そういって僕をよそに三谷が取り出したのは2枚組の何かのチケット。期待してるところ悪いんだが、断片的な字とそのピンクとオレンジのような絶妙に派手さを感じる配色だけで中身は簡単に察しがついた。


「「あー白ノ森遊園地か(だな)」」

「……2人とも分かるの早すぎない? 全然面白くないぜこっちは」


 そりゃ分かるさ。

 その遊園地どこにあると思ってんだ。


「三谷、僕がこいつと昔馴染みなのは覚えてるよな?」

「はあ? ……ああそういうことか。お前ら西白森にいたんだもんな元々」


 そう、白ノ森遊園地はここ東白森の隣、件の西白森にある。

 この遊園地はテーマカラーがとても個性的であり、ピンクとオレンジを混ぜたような、まさに派手色というべき色をしているのだ。

 西白森にいた小学生の頃に何度も行った僕や深路にとって、この色は忘れられないものなのである。


「そのチケットがどうしたんだよ?」

「はいはい、本題に戻りますと。実はこのチケット、俺の叔父さんにもらったんだ。前に話したよな? チケット関係とかの会社に勤めてるおじさんがいるって。あの人だ」


 そんな人いたような、いなかったような。


「で? その叔父さんにもらったって?」

「そうそうその通り。叔父さんが去年の忘年会で当てたらしいんだわ。それを先週末会った時に貰ったんだ。『彼女とでも行け』ってさ」

「……言ってる意味が分からないんだけど。じゃあ美英さんと行けばいいんじゃないか?」

「そりゃあ俺だって美英を一番に誘いたいさ。うんうん。そりゃあーもちろんもちろん。でも事情があってな。あいつすげー嫌いなんだよこういうの。基本的にあいつ遊びに行くときにここは嫌だとかあんま言わないんだけど、その唯一の場所が遊園地なのよ。香奈は知ってるか?」


 へえー。

 会ったことないから知らないけど何があったんだろ。深路は何か知ってるのか?

 ……この顔は何も知らんな。役に立たん奴だ。一応お前も三谷と同じ中学だっただろ。


「あー、うんまあいつの話はどうでもいいや。別に今は関係ないし。それで美英が誘えないからお前らに話を持ってきたわけよ。どう、今週末ぐらいに行かないか?」

「僕は別に暇だ」

「私も特に用事はないな。……というかなぜ私と津島を誘うんだ? チケットは2組だけだし、私たち別に今までどこか遊びに行くなんてことなかっただろう?」


 まあこいつの意見に乗っかるのは尺だがその通りだ。

 それなら部活の友達でも誘えばいいのに。


「そうなんよ、だからこそ誘おうと思ったんだよ」

「「……」」


 僕ら2人はしっかりと固まった。気に食わないが、僕と深路の思考は一緒らしい。

 どうしたらそうなる、と。


「だって友達なのに全く遊びに行ったことないだろ? いつか行きたいなーと思ってたんだけど、これがちょうどいい機会だとビビっときてさ」

「「……」」


 ……え?

 聞き間違いかもしれないが、僕の世界とは無縁のトンデモワードがふらっと目の前を飛び出してきた気がするんだが。

 ……待ってくれ、深路も固まってるとなると、てことは。え、やっぱり言ってる?


「ん? どうした?」

「……私たちって、その、ト、トモダチ? だったのか?」


 ものすごく挙動不審だがよくやった深路。何か自分で認めてしまっているように思えて、自分では絶対無理だ。

 さあ聞こうじゃないか。僕たちは友達なのかを。……聞きたい。


「え、違うのか? なんかそう思われてたと思うとちょっとショックだわ……、えーとまさか与一もそんな感じ?」


 あっさり。……というかこっちを見るなよ。

 ただ僕は思う。ここで視線を逸らしたら負けだと。そして僕にはまだ立場を明確にしていないアドバンテージがある。落ち着け落ち着け落ち着け。

 よし。

 しっかりと三谷の目を見て話す。


「僕も普通にそう思ってたんだが……どうやら深路は違ったみたいだな。残念だよ」

「はあ!?」


 予想以上に大きい声で正直ビビった。

 でも横は向かない。


「そっか……行きたくないなら別に無理する必要はないぞ、香奈?」

「行くよ!」

「でも友達じゃないんだろ?」

「友達だと思ってるよ!」


 三谷こいつ、遊び始めてるだろ。普段表情を変えない分、混乱している深路は顔に気持ちが書いてあって面白いよな。分かる。


 ……というか友達、友達か。

 「友達」。

 汗ばんだワイシャツの背中が無性に痒くなる言葉の響きだ。平静にしている外面以上に内側が浮足立っている。自分の内面であっても、それを一度言語化するだけで恥ずかしくてしょうがない。


「……あのさ深路」


 とそこで教室のスピーカーから音楽が流れ始めた。疎い僕でもわかるような、最近流行っている歌手の曲だ。三谷がこの前聞いていたのを知っている。この曲はうちの学校の放送部の人間が昼の放送の冒頭に流しているものだ。

 そして音楽が流れてきたということはつまり、昼休みが始まって10分以上経っているのだ。


 まずい。


 深路が動揺しまくりながらこちらを向いたのをよそに、鞄の中から手早く財布を取り出す。


「購買行ってもいいか? 今日寝坊して昼飯ないからパン買いたいんだけど」


 そう。僕は今日、昨日に引き続いてばっちり寝坊しそうになっていた。いつもなら登校途中にあるコンビニでおにぎりやら菓子パンやらを買っているのだが、今日はぎりぎり間に合うかどうかの瀬戸際だったため昼食難民なのである。


「じゃあ俺も行く。今日早弁してお腹空いてたんだよな」

「奇遇だな私も購買だ。さっき用事があって下まで行っていたが、あれは早くしないとなくなるな」


 なんだ2人も行くのか、と思った矢先に先ほどの変なテンションはどこへやら。「よっしゃ。なら急いでいこう。早くしないと置いてくぜー」なんて言って、三谷は自分が言い出したかのように先頭に立ち、足早に教室を出ていこうとする。そして深路も、いつのまにやら用意していた財布を片手に歩き出す。

 そんな2人のスピード感に若干置いていきぼり気味になりながら、後を追う形で教室を出た。


 向かった購買に残っていたパンの量は、生徒で溢れかえる段階をとっくに過ぎていたためとても侘しいものだった。パンを購入した僕たちは、教室に戻って日曜日の待ち合わせの話をしながら昼休みを過ごした。


 ……よく考えると『僕らって友達なのか?』なんて聞くようなことじゃないな。





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