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10/18

10 異常

◇18




『白ノ森遊園地前~。白ノ森遊園地前です』


 懐かしいアナウンスがイヤホンを外していた耳に響き、停車する。

 僕は座席を立ってバスを――忘れ物を確認してから降りた。

 もう日差しは出ているけれども、朝の時間の涼しさの名残が感じられるぐらいの気温だ。若干雲が多いのもあるだろうが。


 余裕をもって家を出たから、まだ今の時刻は待ち合わせの20分前。


 バス停には……あれ? 2人とももう来てる。

 

 僕に気づいた三谷は、おーっす、と右手を挙げ、深路も周りの目を気にする感じで小さくこっちに手を振る。

 2人とも私服で軽装だったが、三谷は謎のビニール袋を持っていた。見た感じ中身は菓子パンっぽいような気がする。


 三谷はともかくとして、ガサツで時間にルーズな深路はまだ来ていないだろう、と思っていたんだけど。


「来るの早くないか? 早めに着いたと思ってたんだけど」

「おーっす。いやいや俺もさっき着いたばっかりよ。朝飯を買おうと思ってさ。早めに行こうと思ったんだけど、そしたら深路がもういたからびっくりしちまったよ」


 ああ、やっぱりそのビニール袋は朝飯か。たまたま今日は食べてきたけど、いつもなら僕もそうしただろう。


「私はこんなに早く来るつもりじゃなかった。なぜか早く起き過ぎてやることがなかったから、早く来て待ってようと思っただけだ」


 深路は、自分が責められていると思ったのか若干言い訳をするように話す。ただ、話しながらもどこかそわそわしていて、こいつの意識は既に遊園地の方に向いているみたいだ。


「単純にびっくりしただけだって。まま、とりあえず皆そろったことだし、話す前にとっととチケットを買いに行こうぜ。どーせそんな並ばないとは思うけどさ」

「異議ないよ」


 それには同感だ。後半部分もそう。

 小さいとき、たまに行っていたから分かるのだ。

 白ノ森遊園地は白森市にある唯一の遊園地であり、規模感はかなりのもの、アトラクションも充実と一見週末の行き先には独壇場に見える。


 だけど多くの人が欠点として挙げるのは、その立地である。

 白ノ森遊園地はその莫大な大きさを実現するために、山の近く、中心駅からかなりの距離離れた場所にあるのだ。1日でどちらにも行こうとするのは時間的に厳しく、まず間違いなく普通の人は中心駅の近くの、メビウスなどがある方へ行こうとする。

 実際のところ、今日の僕も1時間半近くの時間をバスに揺られてここまで来ている。


 まあそりゃあ、微妙な集客になるだろう。

 人が入ってないわけじゃないから潰れるとかそういう話は聞かないが。


 バス停から遊園地の入り口までは5分ほど。施設自体は目前に見えているのだが、入り口までは外周を回っていかないといけない。

 僕たちはぐるっと歩いて入場ゲートにまで向かう。

 相変わらずここのテーマカラーは目に優しくない。どの層が好きだというんだ、このセンスの感じない派手色を。


「あれっ? 今日は意外と人いるなあ。なんでだろ?」


 三谷が驚いた声を出す。

 入場ゲートには僕の記憶の2倍弱ぐらいの人が列を作っていた。僕らはおとなしくその最後尾に並ぶ。

 別に元々がそこまで多いわけじゃないから、長時間待つってことはないだろうけど。


 しばらく待っていると、並んだ列は開園時間の8時半になったところで、少しずつ動き始めた。


「まず一番最初何乗るよ? 俺あんまここ来たことないから何が鉄板とかよくわかんないんだけど。行ったことあるって言ってたけどどうなの香奈、与一?」

「ここ来るのなんて久しぶりすぎて覚えてないよ」

「私もだ。全くわからん」


 そこで他愛もない話をしているうちに僕たちの番が回ってきた。三谷が1日券を3枚買って、僕と深路に1枚ずつ渡す。お金は昼飯の時に渡すことになった。


 三谷はあんまり白ノ森遊園地に来たことがないと言っていたが、その挙動に初めて来た人が醸し出す緊張は微塵も感じられない。当たり前のように僕らの分まで財布を出している。

 こうしてみると、やっぱり三谷はコミュニケーション力の高い人間だ。僕とは違う。


「じゃあ回る順番は適当でいいよな? 前回は俺、ジェットコースターから乗ったんだけどそこにしようぜ。あれスゲーんだよなあ」


 だけどこいつは友達だ、紛れもなく僕の。

 ……やめよ。流石にちょっと気持ち悪いわ。


「えーっと……ジェットコースターの受付どこだったっけなあ。……ああそうそうこっちだこっち! よーし、早く行こうぜ!」


 さっきまでもかなり高めのテンションで話していたが、ここにきて三谷のテンションがぐっと上がる。

 それにしたってテンション高過ぎないか。さっき寝起きって言っていた気がするんだけどこいつ。


 朝一のためか、遊園地の中はまだそこまで人が入っていない。僕らは傍らに建てられた案内板の矢印に従って、ジェットコースターの受付へと歩く。


 コーヒーカップにフリーフォール。ゴーカート。メリーゴーランド。

 他の遊園地に行ったことはないが、中の光景は特異なものではないだろう。その派手派手しい色に点在するナニカの黒が混ざり合う、異様なコントラストを無視すれば。


 その光景がやけに小学生の時のものと被りだす。


 懐かしいものだ。すぐ感傷に浸りそうになる。

 最後に来たのは僕が小学4年生ぐらいのときだったはずだ。今より内装が少しだけ新しかったかな。


 本当にあの頃は楽しかった。

 深路も石見も何も考えてなかったし、色々なことを考える必要なんてなかった。……今も色んなことから逃げてるから同じと言えば同じか。うるせえ。

 はしゃぎすぎて深路の姉――由香さんに怒られることもしょっちゅうだったな。由香さんは身近な例を挙げるなら、そう、天笠みたいな明るい人で。



 ……あれ、なにかを。



「おい、ボーっとしてるけど大丈夫か与一?」

「あ、おう。平気平気。懐かしいなーと思ってさ」

「ってあれ深路は?」


 そういえばいつのまにか居ない。

 三谷と首をブンブン振って探すと、大分後ろの方で完全に上の空だ。

 三谷は僕と顔を合わせると、呆れたようにため息をついた。


「おーい! 行くぞ香奈ぁー」


 大きな声で呼びかけられた深路は、びくっ、と反応すると僕らの方へと小走りで来る。


「すまん。感傷に浸ってた」

「別にいいよ。というか根本的には似たもん同士だよなお前ら」


 僕と深路の顔を交互に見てから、三谷はそんなことを言って、とっとと歩き出す。

 いやちょっと待て。

 まあ、その、うん。今日はやめとこう。


 そのまま何か反論することなくジェットコースターの受付まで辿り着く。すでにできている短い列に並ぶと、すぐに僕たちの乗る番が回ってくる。

 3人だったため、じゃんけんして僕と深路がペアに、三谷は1人で乗ることになった。

 2列で並んでいるため、僕と深路が前、三谷が後ろへと場所を交換する。


「……全く、思い返すと私と姉は全然似ていなかったな」


 隣に移ってきた深路は溢すようにそう言った。

 考えていたことは、僕と同じだった。この場所に来れば、頭の中には小さい時の楽しい思い出がパンドラの箱から飛び出すように溢れてくる。


「……確かにな」


 そんな当たり障りのない返答しか僕は返すことができない。深路の言葉は僕へのものではなかったらしく、会話が繋がることはなかった。


 ……というか明らかにさっきから深路の落ち着きがないんだけど。


「そんなにソワソワすんなって。子供じゃないんだからさ」

「……むっ。というか津島。お前は確かこれ苦手ではなかったのか?」

「まじか与一?」


 これ、と深路は今こちらに向けて帰ってきているジェットコースターの車両を指さした。


 ああ、そんなこともあったな。

 だが舐めて困っては困る。あれを苦手だったのは何年前の話だと思ってるんだ。

 確かにもう久しく乗ってない、だがその間に僕も成長してもう高校生だ。


 そうこうしているうちに、車両が元の定位置に戻ってくる。思い思いの感想を言いながら降りていく乗客と入れ替わって、僕らが座席に座る。

 車両はあんまり昔と変わってないな。というかなんか経年劣化してないかこれ。……壊れないよな?


「それでは出発しまーす」


 そして安全バーをしっかり2回確認すると、車両は進みだし、ゆっくりゆっくりと登っていく。

 ガタッ。

 ん?


 ……結構な揺れ幅を感じる。上下左右に体が引っ張られ、安全バーを思わず強く握りしめる。上下はともかく左右に揺れるって色々駄目じゃないか?

 どうしよう。……これ本当に大丈夫なんだろうか? 

 ガタガタッ、ガタガタッ、ガタガタッ、とある種規則的だった揺れが、頂点に近づくにつれて強くな――いやちょっと待ってくれ! 明らかな異音がしてるって!


 あ、これダメなやつだ。

 思った瞬間体が浮遊した。意識と一緒に。




◇19




 遅いなー、と思った。

 なかなか戻ってこない三谷のことである。


 ジェットコースターにはしゃぐ2人に何度も突き合わされ、僕が限界に達したので園内の座れる飲食スペースで休憩していた。もう日差しがギラギラと照りつけていて、エアコンのきいた室内に入りたかったというのも理由だ。


 三谷が先ほど外に飲み物を買ってくると言って外に出てから、既に30分以上は立っている。

 深路とくだらない話をしながら気長に待っていたのだが、何してるんだあいつ、トイレか? 便器にずっと座っているだけだとしても、それはそれで問題のような気もするが。

 呆れながら三谷の携帯に電話を掛けるが、どうにも繋がらない。三谷は社交的でかなりの人数とつながりを持っている人間だ。携帯が鳴ることも少なくないため、いつも2コール以内に出るようにしていると僕に自慢していた覚えがある。


 おかしいな、と無意味に操作していて、携帯電話の細かい表示に目が止まる。忘れてたけどそういえばこの遊園地、電波の入り悪いんだった。

 テキストメッセージの送受信ぐらいなら少し時間があればできるけど、電話は調子よくないとかなり難しかったっけ。横が山だから仕方ないね。

 しかし迷ったにしてもメッセージ来てないし、はあ。


「……お前探して来いよ。僕ここで待ってるから」


 もう外に出たくない。というか立ち上がりたくない。


「おい、押し付けるな。私だってもう少し休んでいたいんだ……ということで、はいこれ」


 深路は自分の手荷物の中から2つ折りの紙をこちらに差し出す。

 分かっていても気が重い。


「…………2」


 小さく呟いて開いた紙には『1』の文字。

 お決まりではあるけど、流石にため息もつきたくなる。

 

「じゃ、ちょっと探してくるわ」

「頼んだ。あ、さっきまでジェットコースターでグロッキーになってたのに、すぐに動いて大丈夫か?」

「うるせ。よくあんなもん楽しめるなお前ら」


 さっきは本当に死ぬかと……うっ、思い出したら気持ち悪くなってきた。


「連れ戻すついでに私の飲み物も買ってきてくれ」


 ペットボトルのお茶を一口飲んで立ち上がろうとした僕に、はいこれ代金、とずうずうしく100円硬貨を渡してくる深路。


「お茶でいいぞー」

「……りょうかい」

「おお、なんか今日珍しく素直じゃないか」


 うるせ。自分でも珍しい気分になってるんだから茶々入れるな。

 僕は少し汗ばんだ手に硬貨を握りしめて席を立った。


「……」


 その時の深路は今日何度目かわからない、昔に思いを馳せるように遠くを見つめていた。



――――――

――――

――



 まず探したのは中心にある最大の広場である。

 園内マップを持っていて三谷が道に迷った場合、高確率でこの場所にたどり着くだろうと思ったからだ。

 ただ周りにはかなりの人数が留まっていて、パッと見たところではいるかどうか判別できない。大声を出してこの大衆の中で注目を集めるのは憚られ、朝に比べて増えた人込みをかき分けるようにして三谷を探した。

 ……ここにはいない。


 次に向かったのは朝に来た受付の場所である。

 迷っているであれば場所を聞くためにここに来ることもあるだろう。

 が結局、向かった先には影も形もなかった。受付の人にも聞いたが、そんな人は来ていないという。迷子案内出しますか? との問いには遠慮しといた。高校生が迷子で呼び出されるってどんな辱めだよ。


 受付に向かう途中、自販機の固まっている場所も見つけた。

 飲み物を買いに行ったのだからもしかしたらいるかもと考え辺りを見回したが、ここにも三谷は居なかった。

 しょーがない、お茶だけ買うか。

 その自販機群の前に立ち、その中身を確に……あ。


 これ100円じゃ足りないじゃねーか。


 最低料金150円からのラインナップの威容に思い出す。ここは遊園地、特別料金のはびこる社会である。

 握りしめてきた硬貨1枚じゃ、350ミリリットルのただのお茶1本でさえ買うに能わず。

 渋々と自らのズボンの尻ポケットから財布を取り出す。小銭入れに入っているのは……うーわ、こういう時に限ってなんにもない。

 札入れの方からピン札の1000円札を取り出して、自販機に突っ込む。それを美味しそうに飲み込んだ自販機は、高いお茶一本とともに大量の小銭を吐き出してくる。

 トホホ。また財布が厚くなっちまった。


 僕は結露したキンキンのお茶を拾い上げて、財布を再度尻ポケットに突っ込む。


 次はどこ探そうか。飲食スペースから受付までの東側はあらかた探した。残るのは西側だけど……メンドーだなあ。もう電波の入る場所を見つけて電話してるか、……本当にトイレで腹壊してるんじゃなかろうか。

 手がかりがないからどうしようもないなホント。


 携帯のメッセージアプリを起動して、深路と連絡をとる。


『お茶買った、三谷戻った?』

『ありがと、いない』


 電波のせいで遅れて返ってきた返信に、だよなあ、とため息をつく。

 額に流れてきた汗を手で拭って空を見上げると、朝にあった雲はどうしたのか聞きたくなるほどの快晴。

 そんなことはお構いなしに日差しはジリジリと照りつける。カラフルな塗装が剥げかけたアスファルトから、だんだんと湯気が立ち上りそうだ。


 暑くなってきたなあ。早く三谷見つけてエアコンのきいた屋内に戻りたい。そう思って遊園地の西側、観覧車などがある方へと来たときだった。



 前方、遊園地全体の配色からは明らかに異質な黒い建物が存在感を放っていた。入り口上部のところに『白森第四病院の少女』とおどろおどろしい文字で書かれており、恐らくお化け屋敷だろう。

 見覚えはない。来てない間に新設されたのだろうか、人も集まっていて人気そうだ。


 ……なんだ、あれ。


 疑問に思ったのは、その人だかりが入り口の受付でなく、建物の横に集中していたことだった。

 気にならないと言えば嘘になる。が、こんな暑さの中であんな集団に交じってられるか。


 ほどほどの距離から集まっている人たちを眺め……何が起きたんだ、これ。


 近くにいる人々のざわつき方、様子が異常であることはすぐに気づいた。集団の中から抜け出してくる人たちの顔は険しく、真っ青で、動転している。


(あれ、あいつ……)


 人だかりの中に、三谷と思しき後ろ姿を見つけた。すぐにまた人で見えなくなったが、服装を考えるとアレは間違いない。


 嫌な予感がよぎった。

 三谷を追って人込みの中へと踏み入れ――。


『なんで』『誰が』『うわああああ』『警察! 警察!』


 聞こえてくるのは明らかに異様な声。

 それをかき分けて進み――いた! 三谷だ。


「おい三谷! こんなところで何やってるんだよ!」


 見つけた後ろ姿の肩を掴む。

 しかし、三谷はこちらの呼びかけに反応しない。足元に未開封のスポーツドリンクが横倒しになって落ちていた。

 近づいて覗き込んだその表情は、いつもからは考えられないほどに青ざめ、目を大きく見開いて戦慄いている。

 その視線は、真っ直ぐ1点へ。


 僕は、思わずその視線の先を向いてしまった。


「……ぃっ」


 そこには、人のようなものがあった。


 人だったものと表すのが正しいのか、はたまた今でも人であるのかはわからない。

 ただ、それはもう正常に生きている人の形ではない。


 切断され、地面に乱雑に転がされた四肢。唯一残った右腕の手は血の付いたのこぎりを握り、伸ばされた左手の人差し指の赤く濡れた指先が、文字か図形か、謎の模様を地に刻んでいた。

 それらの断面を、夥しいナニカが蠢く。



 同じ『構図』だった。



 幻のように現実感を失っていた『公園の死体』が。『らくがきちょうの死体』が。

 黒が染みだすように頭の中で氾濫を――。


「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 強烈な頭痛を感じる中、できたのは叫び声をあげることだけだった。




◇20




「……」


 その後の遊園地は営業どころではなかった。次々と園内に入ってくる警察官の姿に、死体を見たかどうかに関係なく大騒ぎになった。僕と三谷は放心しながらも、深路に事情を説明するため合流しようとした。しかしお化け屋敷の近くから離れた程度では、広がってしまった喧騒から逃れることはできなかった。

 一時的に園内のゲートは閉じられ、その場にいた入場者は集められて怪しい人物がいないか調べられた。一般の入園客が解放されたのは午後4時近くであり、すぐに容疑者と思しき人物は見つからなかった。


 僕らは警察署まで行くことになった。

 結果的に野次馬のような形になっただけの僕はともかく、三谷は違う。死体が第1発見者に目撃される様子を直に見ていたのだ。

 飲み物を買い、彼女からの電話攻撃に慌てて電波の入る場所を探して迷っていたところに遭遇したらしい。事情を聞かれるのは当然だった。


 僕と深路はそれが終わるまで警察署の受付前に座っていた。


 ここまでずっと、口の中はカラカラだった。胸の中心だけがどくりと熱い。強張る指先を嫌って折れそうなほどに強く両手を組み、唇を噛んだ。

 三度目の正直、今はその諺にさえ恨みが募る。神の悪戯なのか、それとも――。かき乱されそうな心をどうにか抑えつけた。

 確かなことは、今度こそしっかりと現実の光景として、『構図』が脳に焼き付けられたということ。


 深路は実物を見ていないので、いまいち現実感がつかめていないように思えた。一緒にいた僕にいろいろと聞きたいことがありそうだったが、警察署に来た時の僕や三谷の雰囲気を察したのか何も聞かなかった。

 結局無言のまま、存外に長い時間を、何も考えられず無為に過ごして三谷を待った。


「待っててくれたのか。悪いな……」


 大分時間が経ったのち、2階から刑事の人ともに三谷が降りてくる。とりあえず今日のところの事情聴取は終わりらしい。

 三谷の姿を見つけて小さく手を挙げて合図をして立ち上がるが、何かかける言葉を上手く見つけられず、無言のまま警察署を後にした。


「……悪いな。今日俺が誘ったばっかりに」


 無言の帰り道の中で、三谷が心底申し訳なさそうにポツリと言った。


「……三谷が謝るようなことじゃないだろ。お前がどうこうしたわけじゃないんだしさ」

「そうだ。私は午前中だけでも楽しかったぞ」


 そんな言葉を聞いてもどこか上の空の三谷は、うーんと力なく呟いた後、


「……そっか。よし、また今度落ち着いたら今日のリベンジもかねて三人でどっか出かけるか! うん、それがいいな」


 どこか強引に吹っ切ろうとするように、大きな声で言った。

 僕と深路はそれに何も言わずに首肯し、帰りの電車に乗り込んだ。


 瞼の裏では常に、目の前の現実とはまったく異なる構図を浮かべながら。 


「じゃあ、また明日」


 なかなか会話の弾まないまま、先に深路が電車を降りる。僕と三谷は人もまばらな電車内から手を振った。

 ドアが閉まって電車が動き出しても、隣に座る僕と三谷の間にしばらく会話はなかった。


「……なあ」


 唐突に三谷が口を開く。


「……何?」

「ずっと聞きたかったんだけどさ。与一って今悩んでること、ある?」


 どきん、と心臓の音が鳴った。

 今日のことが原因だったら申し訳ないんだけどさ、と確信を持ったような口調から濁して三谷の言葉は続いた。


 ……ナニカのこと、構図のこと。半分当たっている。


「……どうして?」

「……最近ずっと気になってたんだよ。顔色は悪い、学校を休む頻度が増えた、ほとんど伊達に近いような眼鏡を鬱陶しそうに掛ける、どこにいても違うものを見ているみたいに心ここにあらずで、話しているときも反応が鈍いし……」

「……気のせいかもしれないぞ」

「……なんか今日あんなものを見てさ。聞いておこうって思ったんだ」


 またそこで会話が途切れる。

 僕が否定したら、三谷は何も言ってこない。こいつはそういう奴だ。いいやつだか「俺も聞くかどうか迷ってたんだ。余計なお節介かもって。でもさ、俺たちってさ、あれじゃん?」



 ――友達、だろ?



 視界が緩むようなことを、言うなよ。

 とんだ不意打ちだ。死体を見たショックは三谷だって変わらないはずなのに。


 ……両手で顔を覆った。こうして色々なものを堪えるのが精一杯。


 なんて不甲斐ない。だがその言葉は全身にほんのりとした温かさをくれる。

 友達って、良いものだ。


「……いつか……ちゃんと話すよ」

「おう」


 それから僕たちは別れる時まで、また無言に戻った。



 電車を降りた後、帰る前にある公園に寄り道をした。


 ナニカは相変わらずそこにいて、死体も頭に浮かぶ。

 それでも異常と呼べるものは、もうないのかもしれない。そう思い込んだ。




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