駅前でおかしな主張をするデモ隊を見かけた話
午前8時。いつもと同じように最寄駅に向かったところ、普段閑散としている駅前に人だかりが出来ているのを見つけた。
何十人かの集団がメガホンやマイクを使って、大きな声で何かを叫んでいる。
何を言っているのかはよく聞き取れないが、アンケート調査でも行っているのだろう。通りかがる人々に声をかけ、何かを書いてもらおうとクリップボードを渡していた。
そしてその集団の何人かは大きな横断幕を掲げており、今自分のいる角度からは、右端の文字だけがチラリと見える。
そこには『〜を糾弾する会』と書かれており、その集団がデモ活動を行なっていることを理解した。どうやら署名活動を行なっているらしい。
大学の講義に出なければならない俺は署名を断りながら、無関心半分、尊敬半分の気持ちでその横を通り過ぎる。そうして真横に立った瞬間、掲げられた横断幕全ての文字が目に飛び込んできた。
「......?」
横断幕の全容が目に入った瞬間、俺は自然と足を止めていた。
政治的な主張じゃなくて? 疑問が頭いっぱいに広がる。確かにリンゴの入ったポテトサラダはマズい。ポテトサラダのおいしさが口に広がろうという瞬間、シャキッというその場にそぐわない歯応え。まるで女性専用車両に男が入ってきたかのような違和感を醸し出す。
そして全くポテトサラダにマッチしない甘酸っぱい風味が広がり、全てを台無しにしてくる。それは確かに最悪だと思うが、世間に向けて大声で発信するほどの事だろうか?
そんな疑問がまとまらないうち、全員で声を揃え主張を叫ぶ声が耳に飛び込んで来た。
「「嫌な甘さが口の中に広がるだろー!」」
「言ってることは正しいけど......」
この集団、ポテサラに入ったリンゴへの批判だけで何時間も署名活動を行うつもりなのだろうか。どんな情熱だ。
我に返り電車へ向かおうとしたその瞬間、突然、数人で掲げられていた横断幕があろうことかペロッとめくれた。横断幕に妙に厚みがあると思ったら、何枚も持っていたらしい。そうして、その下から別の文字が現れる。
「2枚目ってありなのか」
お笑い芸人のフリップネタじゃないんだから、そんなに短時間でコロコロ批判内容を変えるデモ見たことがない。
「「あれも甘くて不味くなってるぞー!」」
確かに、アレも豚とパイナップルが共倒れに両方不味くなる、win-winどころかlose-loseの組み合わせだ。食べ物を無駄にしないためのデモなのだろうか。
そう思ったのも束の間、集団は一通り叫んだのち、なんと再び横断幕をめくり別の文字を掲げた。
「「見てて気持ち悪いんだよー!」」
「分かるけど」
100%とは言えない大人の事情があるのだ。どうか飲み込んで欲しい。
そんな考えを頭に浮かべていると、またも目まぐるしく横断幕がめくられ別の文章が現れた。
「「その感想、逆に浅いぞー!」」
「いいだろ別に」
個人の感想にまで文句を言わないで欲しい。
「「本当に怖いのは『オバケ』〜!」」
「感性が幼稚かよ」
集団は段々と調子づいて来たのか、気づくともう横断幕がめくられ別の文字が表れていた。
「「読めねぇ〜!」」
「自分の努力だろ」
こんだけ声高に主張してるなら、もう読めるようになってない? そう思っていると続いて、これまでより文量の多い横断幕が姿を表す。
「なんの感想だよ」
確かに、きのこたけのこ戦争のなにが面白いか全くわからないし、熱中している人の精神年齢低そうだけど。楽しいと思ってる人もいるんだから放っておいてあげて欲しい。美味いのはたけのこと決まっている。
そして再び横断幕がめくられる。めくるペースがだんだん上がっている気がする。
「「誰かのうんこ跡か〜!?」」
「嫌なこと言うな」
あれは確か、温泉に含まれる鉄分だったはず。でもあの部分からは俺も自然と遠ざかっちゃうから、掃除できるならして欲しいですね。
そんな、温泉に考えを巡らすうち、気づくともう横断幕の文字が変わっていた。
「「ウッ! ってなるだろ〜!」」
「させよ傘を」
自分の匙加減で変わることまで糾弾しなくて良くない? 傘が濡れると面倒なのは分かるけど。
あと隣の友達が「こんくらいの雨で傘さすんやな(笑)」みたいな事言ってくるけどなにあれ? あるなら使うわ。
と、うざい友達を思い浮かべているうち、また横断幕が変わっている。
「「10年前のユーモアだぞー!」」
「個人の自由だろそれは」
確かに、ハタチ超えてまだあれが面白い人はちょっとどうかと思うし、大人になるまで地下で過ごしてて娯楽に対して免疫ゼロなのかな? と思うけど。
いやいや、そんなこと言ってるけど、数十年前にはきっと、僕たち私たちもそういう画像で笑ってたはず。ジョジョの絵柄で描かれた国民的アニメキャラのイラストで笑ってたはず。
そんな考えの息継ぐ間もなく、気づくと横断幕がめくれている。フリップ芸人が最後畳み掛ける時のスピードだ。文字数多めの横断幕が目に入る。
「冷静になれって」
何十回も死んで、やり直してを繰り返してクリアするのが楽しいんだよ。
でも最近のゲームは何回か死ぬとお助けアイテムが出てきたり難易度を下げてチャレンジしますか? みたいな表示が出てきたりしてなんかやりがいがないですよね。
そういう救済アイテム使う人、今後の人生でもそういう「逃げ」の生き方をし続けるらしいですよ。僕には分かる。
そんな個人的意見が頭に浮かび出したころ、また横断幕がめくられ今度は短い文章が現れる。
「「損した気分になるわー!」」
「お前の体調次第だろ」
気持ちは分かるけど。シャワーの最中に我慢できなくなるよりはマシな気がする。びしゃびしゃの体を拭いて裸でお手洗いに行って、拭き切れなかった水分で濡れた床をバスタオルで拭いて、もう一回シャワーで体を濡らすんだよね。一番面倒くさい。
つい長考していると、突然大きな声、これまでで最も魂のこもった叫び声が聞こえてきた。
「「みさき〜!!」」
「お前になんかあっただけだろ」
そんな「過去に何かあった女」のフリー素材みたいな風貌の人に出会う機会なんてそうそうない気がする。
そうしていると横断幕がめくれ、最後に「日常に潜む不快な瞬間を糾弾する会」という文字が現れる。
「「どうも、ありがとうございました〜!」」
「そういう名前の会だったのか......」
あっけに取られていると、いつの間にか大勢集まっていた観客から拍手喝采が巻き起こり、デモ隊の前に置かれた大きなギターケースには硬貨や札が投げ込まれ始めた。
「えっ、大道芸人?」
我に帰った俺は時計を見る。どの電車に乗っても、大学の講義に間に合わないことを悟った。やらかした。
「......漫画喫茶行くか」
寝起きみたいなどうにもフワフワした気分のまま、俺は踵を返し駅前から遠ざかっていった。