07.過去の勇者ですか。多分曲者揃い。
殿下と話した翌日から行動は開始された。やるべきことは多いからな。最初は文字を覚える為に専属の講師が用意され、この世界についての知識も併用して学んでいる。日中の時間を全部費やしている訳ではないので、余暇はある。
「これが我が王国で管理しております勇者の資料です」
「結構な数がありますね」
目の前に高く積まれた資料の山。これが全部過去に召喚された勇者たちのもの。記録されているだけでも過去の勇者は六人ほど。記録に残っていない勇者を想定するならば二桁にはなっているか、それとも私達で二桁に到達したか。勇者を調べる以外にも目的はある。
「文字が読めるのであれば、目を、そして頭を慣れさせるのが大事だと思います」
文字の系統としては英語に近い。ただ全部が同じという訳ではなく、文法や単語の違いがちらほらと見受けられる。下手に似たものを知っているだけに間違える機会が多いのだ。だから頭に浸透させて、こちらに慣れさせたほうが早いと思っている。なら片っ端から読みまくればいいと単純な考え。
「この世界は何度世界の危機に直面していたのですか?」
「私もこれほどとは知りませんでした」
百年に一度なのだからミサさんが把握していないのは仕方ない。六人ともなれば六百年。だけど百年丁度で何度も召喚されている訳ではなく、それ以上の期間が空いた時だってあるはず。よくこれだけの資料が残っていると思うよ。
「一番有名なのは最初の勇者ですか」
最初が一番王道であった。魔王と呼ばれる存在が現れて世界に対して宣戦布告した。相手の力は強大で、各国が協力しても太刀打ちできず、藁にも縋る思いで伝説の勇者を召喚した。この時点で矛盾がある。最初の勇者なのに、どうして伝説の勇者という記録が残っているのか。そもそも召喚装置を作った時点で実験的な召喚だってあったはず。百年に一度しか勇者を召喚できないのは必要なエネルギーを集める為にではなく、セーフティーだったのではないか。
「際限なく勇者を召喚したら世界が乱れる可能性がある」
可能性はもう一つ。必要なエネルギーが莫大であり、連続して行った場合の負担がどこへ向かうのか。地面に描かれた幾何学模様が関係していると考えるならば大地からエネルギーを吸い上げていると思う。大地が力を失えば、作物に被害がいくはず。食料問題が発生すれば大規模な大飢饉の可能性が生まれる。以前にそんな問題と直面したのかもしれない。
「物語としてはやっぱり王道ですから、イメージはしやすいかな」
だからアレンジ版の小説などが制作されたのだろう。姫様が感化されたあれも元々の構成は初代勇者をイメージしていると思う。資料を読み進めれば、どれほど世界が追い詰められていたか。そして勇者が最初からどれほどの力を持っていたのかが分かる。
「完全に頭おかしい力を持っていますね」
「琴音様も可能性があるのですよ」
「そんなものはないと思いたいです」
魔王軍相手にたった一人で立ち向かって勝利しているとか現実的に考えて、無茶を可能にするだけの力を持っている。それは一個人としてはありえないもの。個人が軍隊に匹敵するなんて考えられない。俺にそんな力がないのは自分にだって分かる。
「琴音様。目をそらしておられますが、勇者の特殊能力について知っておくべきです」
「私にそんなものはありません」
「勇者の誰もが秘めている力です。発現するかどうかは分かりませんし、役に立つのかも不明です。ですが自身の力を把握するのは大事なことだと思われます」
初代が魔王軍と戦い、勝利できた理由でもある力。並外れた成長力と幾ら傷を負っても即座に治癒してしまう異常な再生能力。簡単には信じられない内容だけど、資料に誇張されたものがないと信じるならば受け止めるしかない。俺にそれと同じような可能性が秘められているとは思いたくない。
「勇者が持っている力の一端ですか。各国が求めているのはこれですか」
「恐らくは。他の勇者も何かしらの力を持っていたと思われます」
それは資料を読み進めていけば分かるのだが、この資料の山を処理するだけでもかなりの時間が掛かってしまう。初代だけでも結構な量だからな。よくこれだけの資料を残せたものだ。読むのは苦痛じゃないからいいけど。それでもやっぱりただ読んでいるだけではなく、身体も動かしたいと思う。
「ミサさん。動きやすい服装の用意をお願いします」
「承知しました。散策ですか?」
「ちょっと騎士団に顔を出したいと思います」
「見学ですか?」
「いえ、参加です」
えっ、という顔をされたけど別に不思議だとは思っていない。参加するといってもまずはどのような訓練をしているかによる。俺が参加しても邪魔でなければ問題なし。実戦を想定した剣を使ってのものならやらない。一度も剣を握ったことのない俺が混ざっても邪魔なだけだ。それなら隅の一角を借りて自主練していたほうがいいはず。
「意外ですか?」
「正直に申しますと。琴音様は知力寄りだと思っていましたので」
「元々体力をつける為に動いていました。最近はそれも怠っているのでそろそろ身体を動かないと。それに太りそうなので」
今までの食生活は自分で考えて作っていたから栄養バランスなども把握していた。だけどこの世界に来てからどうだ。他人が作った豪華な食事。出されたものは残さぬが心情の俺でも食べきれない量。こんな生活を続けていたら嫌でも太るだろ。
「琴音様は栄養が胸に向かわれている方だと思っていたのでしたが」
「そんな人間がいたらドン引きです」
妬ましそうに胸を見られて恥ずかしいのだが。大きいのは自覚しているけど、琴音だって望んでいたわけではない。むしろ他人に見られて迷惑していた位だから。運動不足だった琴音は腹回りに贅肉が付きやすく、それを俺が毎朝のジョギングで改善したのだが。このままではまた贅肉が復活しそうだ。
「ご冗談はさておき、騎士団の訓練に参加するのはお止めした方がよろしいかと」
「何故ですか?」
「私から言わせてもあれは少々厳しいどころの話ではありませんから」
一体この国の騎士団はどんな訓練をしているんだよ。実力については俺も聞いていないのだが、今の話だけで屈強な連中が揃っているのを想像してしまう。やっぱり最初は見学だけにしておこうかな。でもそれだと俺のトレーニングができないでしまう。隅っこの一角を借りのも邪魔になるかな。
「まずは様子見だけにしておきます」
「それがよろしいかと思います」
弱気になってしまったが視察は大事だ、一旦、資料の読み漁りは中止してミサさんが用意してくれた服へと着替える。その際に手伝おうとしたミサさんを止めておく。着替えるのに他人の手を借りるほど俺だって子供じゃない。不服そうなミサさんから俺の方が異常なのだと察するのだが、こればかりは性分だ。
「琴音様は手間がかからなくて不満です」
「一人暮らしをしていたのですから、ある程度はできます」
「大貴族の方ではなかったのですか?」
「色々とやらかして実家を追われましたから。元の世界では更生の真っ最中でした」
「そのようには見られせん」
俺が琴音になる前の話だからな。学園で好き放題に暴れて、父親から実家を出て行けと言われて自殺した少女。それが琴音としての最後。一命を取り留めた琴音は俺が代わりとなって新しい人生を歩んでいたのだが、何の因果か異世界へと誘拐される羽目になった。
「家事は一通りこなせます。できれば料理も偶にはしたいのですが」
「厨房長にご相談してみるしかありません」
だよな。許可を取れるかどうかは分からない。誰だって自分の職場を勝手に荒らされたくはないだろう。彼が異世界の料理を披露した場合は俺が止めないといけないのだろうか。面倒事は起こしてほしくない。その被害は漏れなく俺へと襲ってくるのだから。
「彼が大人しくしてくれたら私としては助かるのですが」
「琴音様の予想ではそのようになりますか?」
「絶対にならないと太鼓判を押します」
夢見ている人物が大人しくしているとは思えない。何かしらの問題は必ず引き起こす。今は魔法にご執心だが、それがひと段落したら知識を披露しようとするかもしれない。六名以上の勇者が召喚されているのだから、俺達が知っているような知識は殆ど伝わっていると考えるのが普通だろう。そもそも彼は過去に勇者が何人呼び出されているのか把握していないはず。
彼が何かをしても俺が止める必要はないな。この国の人達は優秀そうだから。