06.諦めてください。絶対に無理。
外交官。俺もそこまで詳しく職種の中身を知っているわけではないのだが、やってきて間もない女子高生に任せるような仕事では絶対にないだろ。あくまでも建前であり、俺としての役目は他にあると考えておこう。
「ひとまず、それでお受けします。ですが私では無理だと判断したら変更をお願いします」
「分かった。それについては私から父上に相談しよう」
無理な仕事を続けていても、いつか重大な失敗をする可能性が生まれてしまう。それよりだったら潔く身を引くのがいいだろう。そもそもが責任の重い仕事だからな。なぜ喫茶店でバイトしていた俺が外交官なんて職種に就くことになったのかは大いに謎だけど。異世界だから仕方ないか。もう全部この一言で済みそうな気がしてきた。
「しかし不思議なものだな。働かずともしばらくは豪華な生活を送れるというのに率先して働きたいとは」
「性分です。怠惰な生活は性に合いません」
部屋でゴロゴロしているくらいなら掃除をする。それが終われば食材の買い出し。あとは予習復習していたのが元の生活だ。バイトがあればそんなことを考えなくても済むのだが、まだ学生だからな。偶には遊べと友人達から誘われる場合だってある。
「彼に今後の話をしましたか?」
「いや、まだだな。時期を見て話そうとは思っているのだが。彼の場合は君とは違い過ぎて判断できずにいる。君の意見はどうだ?」
「とりあえず騎士団にでもぶち込めばいいでしょうね。彼の場合は身の丈を学ぶのが優先です」
「容赦ないな」
遠慮していてはいつまで経っても彼はあのままだ。なら現実を知ってもらうのが何よりも優先される。俺達には特殊な力はない。知識でのチート行為であろうとも、過去に勇者が召喚されている世界だ。伝わっている技術は数多くあるはず。専門的な知識や技術を有しているのならば話は別だが、学生である俺達にそんなものはない。
「一度、騎士団への体験入団でも勧めてみてください。彼なら乗ってくるはずです」
「その理由は?」
「自分の力を披露するいい機会だと思うはずです。多少なりとも戦闘技術があろうとも騎士団が遅れを取るとは思いません」
「素人に毛が生えた程度なら問題ないな」
彼が剣道などで国内有数の実力者ならば話が変わるかもしれないが、その位の実力があるならばあそこまで浅慮ではないだろう。大会では腕っぷしだけではなく、駆け引きだって重要な要素になる。もっと考える必要が生まれてくるのだ。
「私も偶に騎士団で訓練を受けたいと思っています」
「君が?」
「何事も身体が資本です。体力をつけるには身体を動かすのが一番ですから」
「言っておくが、我が国の騎士団の訓練はかなりきついぞ」
「望むところです。言っておきますが、それなりに負けず嫌いですよ」
勝てないまでも食い下がる程度までには鍛えたいと思っている。俺だって素人に毛が生えた程度の実力しかないのは重々承知している。幼馴染のおじさんから護身術と称して色々と教わっていたが、それがどこまで通じるかは分からない。あとは友人との訓練や喧嘩程度の実戦経験くらいか。剣なんて使ったことがないから、基本的に素手だな。
「鍛えているようには見えないが」
「それなりに体力はありますよ」
早朝にランニングしたり、適度な筋トレをしていた程度だけど。でも不思議と筋肉がついた気がしない。贅肉は少しずつ落ちて、現在の体形で落ち着いてしまった。他人からは羨ましがられるけど、俺としてはそれを話題にしてほしくはない。絶対に胸の大きさに話が向けられるから。大きいのも悩みの元だ。
「学ぶべきものは多いですが、それは優先順位を決めて進めていきましょう」
「君なら何事もなくこなしそうだな」
「まさか」
俺だって万能じゃない。苦手なものだってある。琴音になってからそれが何なのかはまだ分かっていないけど。元々の俺の担当は武力と知力の両方を合わせた器用貧乏だった。他の連中からは動ける知将とかふざんじゃねーよと突っ込まれたな。琴音も似たようなものかもしれない。俺よりも随分とハイスペックな性能を有しているけど。
「私に対する過剰な期待は止めてください」
「どちらかというと君は自身を過小評価していると思うぞ」
そうだろうか。可なのか、不可なのかは判断自体できていると思う。やってみたらできてしまったという場合もあるが、まだ琴音のスペックを把握しきれていないのが正直な感想だ。元々の俺と琴音が合わさった場合の相乗効果もまだ発揮されていない。明らかに無茶なものは断るけど。
「優先すべきは文字ですね。言葉は不思議と理解していますけど、文字は最初から学ばないと駄目でしょう」
本当に不思議なのだが言葉は理解できる。そして書かれている文字についてもなぜか分かってしまう。だから問題になっているのは書くこと。でもこれに関してはそれほど時間が掛からないはず。喋れる、読めるとなれば書くのに苦労はない。かなり特殊な文字でない限りは。本を読んだ限りは英語に似ているかな程度だった。
「魔法は感覚が違い過ぎて全く分かりませんけど」
魔力を感じるは何となく把握している。新たに生まれた力だからまだ若干異物感として受け入れられていない。だからこの力をどのように運用すればいいのかも全く分からない。こればかりは時間を掛けて慣れさせる必要があるな。だからしばらくは放置の方向でいいだろう。
「魔法は属性によって得意不得意に分かれる。君がどの属性になるか楽しみだな」
「珍しい属性もあるのですよね?」
「光や闇は珍しいな。細かく分ければ色々とあるが、大まかに分ければそんなものか」
光と闇と言われれば俺は闇に傾いていると思う。これは内面の話だな。性格が暗いというものではなく、心の内側に抱えているものがあるから。琴音もどちらかといえば闇側だろう。父親への愛がある反面、認められない苛立ちをずっと抱えていた。どう考えても光に属するものはない。
「最初に使えた魔法がもっとも適した属性だと言われているな」
「それではそれまでの楽しみにとっておきます」
本音でいえば不安しかないのだけど、時には強がりも必要だ。闇の属性が発露したとしても国外追放みたいな真似にはならないと思いたい。彼なら絶対に光だと豪語しそうだ。でも必ずしもそのどちらかが発現しないはず。当たり前の属性になる可能性だってある。
「上手く使いこなせれば一つの手段にはなりますね」
「魔法の扱いは研鑽を積む必要があるが、君なら大丈夫だろう。努力が嫌いなタイプではないだろ」
「何事も努力してこそ身に付くものです」
料理だって毎日やって上達していったのだ。勉強だって同じ。社会人になってからは学生で学んだことの殆どを忘れていた。だけど琴音になって再び学生となって復習してみればまた身に付いてきたのを実感している。やらなければ何事も忘れるのだ
「俺の妃になる件も熟考してくれるとありがたいな」
「まだ諦めていないのですか」
「候補が君一人しかないのだから諦めるはずがないだろ」
確認の為にミサさんを見れば、重々しく頷かれてしまった。何で次期国王に候補者がいないのか本当に不思議でならない。何か重大な欠点でも持っているのだろうか。話している感じはそんなもの見受けられないのに。あとは特殊な性癖とかかな。琴音の身体に好意を抱くのならまだまともなはず。
「求婚は来ているのですよね?」
「来ているが全て断っている」
「何故ですか?」
「年齢一桁や、五十を超えた年齢の者達ばかりでは無理があるだろ!」
特殊な性癖の持ち主ではなさそうだ。しかし何でそんな人達ばかりから求婚の知らせが届くのか。あれだな、縁がないのが一番の問題なのかもしれない。下手したら本当に俺が婚姻する可能性が生まれてしまうのか。誰かしらの候補者を俺が見つけない限り、このままの関係が続きそうだ。やっと学園長の件から解放されたと思ったら、異世界でも恋愛関係が引っ張られるのか。
「外交官よりもこちらのほうが難題かもしれません」
「俺は絶対に諦めないぞ」
最終手段は俺の本性を見せるのが一番だな。大いに暴れて度肝を抜いてやれば興味が無くなるかもしれない。そのせいで本気で惚れられたらまた別の手段を考えればいい。何か殿下が必死過ぎて可哀そうに思えてきてしまった。
「私以外の候補者もちゃんと見繕ってくださいね」
「なぜ憐みの表情を向けられないといけないのだ」
婚期を逃し続ける次期国王か。色々と大丈夫なのかな、この国は。でも今考えるのは将来よりも、抱えている問題解決。やるべきことは多いのだから、俺自身も頑張らないと。
一応ストックは保有しております。
何でこれだけの量を持っていて、書き直してから二年間も放置していたのか分かりません。
巡り合わせが悪かったのと、面倒臭がりな私が悪いという自覚はあります。