05.職種が決まりました。無茶ぶりか。
覚悟を決めて、殿下に話の続きをお願いしたのだが、帰ってきた返答はそれなりに普通であり、そこまで嫌なものでもなかった。その後に何が続くのかは分からないけどな。頼むから変なものを追加しないでくれ。
「一か月後、隣国へ行ってもらいたい。目的は妹を隣国へ嫁がせること」
「それに私が同行する意味は?」
「勇者を見たい、話したい。できれば自国の所属となってもらいというのが他国の思惑だ。隣国は我が国との友好国だから危険性は低い。そして君が選ばれたのは青年では不適格だからだ」
「姫様を嫁がせるのが目的ですから、彼は障害となってしまいますね」
本来ならば二人で向かうのが定番だろう。だけど姫様の理想だと思われる彼を連れて行くのはデメリットしかない。目的を達成するのならば俺一人で向かうのが定石か。そして面倒な目に遭うのは俺だけと。表情筋が耐えられるだろうか。唐突に無表情になったとしても許してほしい。
「捨ててくるのは姫様だけですね? 私は帰ってきても問題ありませんか?」
「父上も君の事は気に入っているから問題ない。だが捨てるという表現はどうにかならないか?」
「文字通りの意味だと思っていますが」
「他国に託すのが表面上の理由だ」
これ以上問題を起こす前に隣国へと捨て去る。責任の取り方としたら国外追放という名目にもできるか。隣国での扱いがどのようなものになるかは分からないが、友好国であるのならば問題ないと判断したのだろう。誰の妻になるのか分からないけど、酷い目にはあわないはず。
「そういえば姫様が嫁ぐ相手は誰なのですか?」
「あちらの第二殿下だ」
「また豪華な相手ですね。姫様と釣り合いが取れないのでは?」
「大丈夫だ。頭の中身は同じようなものだからな」
さすがの俺も絶句してしまった。あれと同レベルの人間が隣の国がいるのかよ。大丈夫なのか、この世界は。でも第二ということは第一の殿下はまともなのかもしれない。情報としては両方必要か。初対面で考えが止まってしまうのは不味い。
「第一殿下について教えてください」
「先にそちらか。フェイルは優秀な王族だ。すでに妻も娶っている。次期国王はあいつで決まりだろうな。そんなフェイルでも弟の扱いには困っているらしい。特に最近はこちらの妹の影響を受けて、悪い方向へと突き進んでしまっていると聞き及んでいる」
「どの方向ですか?」
殿下が示したのはテーブルに置かれているさきほどまで読んでいた本。さぞかし現在の俺の表情は死んでいるだろう。そんな気分にもなるさ。影響を受けたのならば、これに書かれている主人公を目標としているのだろう。女性に甘く、そして自分にも甘い、そんな男性像を。それなのにトラブルには率先して首を突っ込むのだから周囲の人間からしたら厄介でしかない。
「そんな環境最悪な場所へ私を送り込むのですか?」
「逆に彼を単独で向かわせたらどうなると思う?」
「考えたくはないです」
まだ月日も経っていないのだから現実なんて見えていないだろう。あの自分こそが主人公であるという意識を何とかしない限り、彼がまともになる可能性はない。そんな彼がお花畑の様な頭の中身をした二人の中に入ってしまう。想像するだけで気分が悪くなる。
「友好国であろうとも勇者の引き抜き行為は行われる。フェイルにその気がなくても、周囲の貴族達が放ってくれるはずがない。あれが友好国に引き抜かれても迷惑にしかならない。下手をしたらこちらにまで火の粉が降りかかる」
「それには同意しておきます」
どのような現象が引き起こされるのかは俺にだって予測はできない。また馬鹿な真似をするだろうな程度だ。それを考えるなら俺一人だけで向かったほうが状況を悪化させないかもしれない。そうなると必要になるのは俺の肩書きか。
「それで私の職種は決まったのですか?」
「君の気持ちを確認してからだ。我が国へ所属する覚悟はできたか?」
一つだけ言える。それは俺に選択肢がないこと。他の国を知らず。そしてここまで世話を焼いてくれている国を離れるわけにはいかない。まだ誰が味方で敵なのかも分からない状況ではこの国以外を選ぶのは贅沢なのかもしれない。だったら腹を括るしかないじゃないか。
「構いません。私はここを選びます」
「よろしい。なら君は今日から私の妻だ」
「さようなら。短い間でしたが、お世話になりました」
「待て。冗談だ。いや、本音でいえば冗談ではないのだが」
さて、次の国の選定を開始しないと。国としては問題なかったのだが、名乗りもせず勝手に人の事を妻にするような人物と一緒に居たいとは思わない。しかも冗談なら良かったのだが、本音とも言いやがった。陛下が候補と言った意味を今理解した。
「殿下なら私以外にも候補はいくらでもいるでしょうに」
「いたらこんな提案はしていない」
本当なのかと驚いた表情をしたら泣きそうな顔をされてしまった。そんなにショックだったのかよ。俺よりも少し年上に見えるのだから縁談の話は山ほど来ていてもおかしくないはず。それがどうしていまだにそういった話がやって来ないのか。不思議でならない。
「初対面の相手と婚姻を結ぶつもりは一切ありません」
「なるほど。接している時間が足りないということか」
「潔く諦めないのですか?」
「ふっ、そこまで余裕などないさ」
清々しいまでの達観した表情だな。むしろ俺をかまっている時間があるのならそれを有効活用しろよ。王族という肩書だけで女性ならこぞってやってくるだろ。そこに気持ちがあるかどうかは分からないけど。しかし、俺を候補に挙げた理由とは何なのか。
「参考までに聞かせてください。どうして私を選んだのですか?」
「容姿は文句なし。性格については常に強気かと思えば、恥ずかしさも垣間見せるギャップ。能力は妃にするには打ってつけではないか」
「はぁ、そうですか」
「私も君の全部を見たとは思っていない。それらを知るにはまだ時間が足りないだろ」
殿下と出会ったのは昨日であり、確かに俺を見ている時間は圧倒的に足りていない。それでも俺が殿下と結ばれる未来はないと断言できる。だって中身はまだ男性の意識が残っているんだぞ。この状態がいつまで続くか分からないが、男性と結ばれる未来なんて一切想像できない。
「無理ですね。うん」
「当たり前のように言われるとさすがにショックを隠し切れないぞ」
「別に殿下が悪いわけではありません。私の問題なのでお気になさらずに」
「ならば私からの求婚を受けてくれるか?」
「断固拒否します」
露骨に落ち込んでしまっているが、フォローする気は一切ない。面と向かって求婚されたのは初めての経験だし、琴音としてもこのようなことはなかった。元の琴音ならばどのような反応をしていただろうか。鼻で笑って貶している可能性は高いな。色々と拗らせていた子だから。
「それで妃が駄目なら他にどのような候補がありますか?」
「そうだな。まだ最初の段階だ。諦めるのは早いよな」
「いえ、あっさりと諦めてくれる方が私としてはありがたいのですが」
「このような機会を逃すのは男としての恥だ」
じゃあ一生その恥を背負っているといい。話が進まないから、この話題からさっさと離れたいのだけど、肝心の殿下が諦めてくれない。さて、どうしたものか。
「アレス殿下。乗り気ではない相手にしつこく求婚されては嫌われるかと思われます」
助け舟を出してくれたのはずっと黙っていたミサさんだった。本来ならば侍女が口を挟むのは失礼なのだが、さすがに物申したいのだろう。あのまま続いていたら俺だって我慢の限界を迎えそうだったからな。
「そうか。それでは他の候補だが。外交官はどうだ?」
「また、妙に重い職種ですね」
他国との交渉が主な仕事だったかな。他にも色々とあるだろうけど、俺の知識としてはその程度のものだ。何故それを推したのかは簡単か。各国から勇者を派遣してくれという要請が届くのだから、それに応える形の役職が必要になってしまう。それに今回は賠償責任だって発生しているのだ。勇者自身がその交渉の席に座るのはどう考えてもおかしいけどな。
「他には騎士団や研究所勤務などあるが、身軽に動ける職種が君には合っていると思う」
「単に今回の問題解決の人員が不足しているために人手が欲しいと言ってくれればいいのです」
「それもある。適性がありそうなのは本当だぞ。父上相手に堂々と助言までしたそうじゃないか」
「あれはまだフレア様が陛下だと知らなかったからです。知っていても対応は変えなかったでしょうけど」
俺が緊張するような相手なんてそんなに多くはないからな。王様であろうとも同じ人間だ。立場が違うのだから対応も変わるのだが、それでも言うことはしっかりと伝えないと。遠慮していて大惨事を迎えるよりははるかにマシだ。
「外交特権を使用すれば不当に拘束される心配もない」
「相手がそこまで考えてくれればの話ですけどね」
どこまで特権が通じてくれるか分からない。なりふり構わないような相手ならば全てを無視して行動してくる可能性もある。その場合は国自体が動く場合があるけどな。そこまでの覚悟を持って勇者を確保したいと思っている国がどれほどいるか。まだ図り切れないな。