35.私は口を噤みます。謎を生むな。
仮想敵国。この表現は合っていると思う。フォリアさんの言葉通りなら、彼だけを引き入れて満足するような連中ではないと確信できてしまったからな。
「それで本日の予定は?」
「長旅で疲れたでしょうから、お部屋へ案内してごゆるりとお休みくださいとのことですねー」
「嫌な予感しかしないのですが」
「同感ですー」
考えられる候補が多すぎて頭が痛い。緩慢な方法、強引な方法、搦め手によるもの、ここが敵の腹の中だからこそできることは沢山ある。
「ちなみに今日の夜は彼の歓迎会ですー。お偉い方が勢揃いでしょうからさぞかし憂鬱な気持ちになるでしょー。主に琴音さんが」
「吹っ飛ばしたい」
「国際問題というより戦争に発展するので止めてくださいねー」
休ませる気がさらさら感じられない。今がそろそろ夕方を迎える頃。部屋に案内されて、ある程度情報交換や今後の予定を打ち合わせしていたら、歓迎会の時間になるのではないかな。
「我慢はします。ですが、それにだって限度があるのを忘れないでください」
「私達を呼ぶのであれば、大きな音を出してもらえれば大丈夫ですー。なるべくスピーディーに駆け付けますよー」
「破裂音でも出しておきます」
「青い顔しながら駆け付けますねー」
大丈夫。何かを破砕するつもりはないから。ただ、自分でも自覚しているのだが俺の沸点は低い。特定の事柄に対してなら瞬間着火する。流石にこちらの世界で禁句を出されるとは思わないが。
「さて、そろそろ我らの仕事場にご到着ですねー。私も強引に乗り込んだのでそろそろ退場しますー」
「言い訳頑張ってください」
「それでは、ようこそ。我らが帝都へ。私達は琴音さんを歓迎し、味方として王国へお返しすることをお約束します」
最後に真面目な顔で宣言して、フォリアさんは馬車を下りていった。信頼はできる人だろう。今までの行動が全部演技でなければだけど。俺の勘としては大丈夫だと思っている。それでも、頼ってはいけない。
「信用しても、頼ってはいけない。私だけならまだしも、彼女たちの立場が危うくなりそうだから」
「状況次第では正面から対立するかもしれませんね」
フォリアさん達が穏健派だとしたら、引き入れたいのは過激派としておくか。状況だけを見たら、過激派の方が優勢であり、穏健派の数は少ないだろうと察する。
「国の縛りというものが無ければ、自由に暴れられるのに」
「自重してください。流石に王国も帝国と事を構えるのは得策ではありません。何より、争ったところで得るものがありませんので」
「戦争で勝ったところで、戦地管理が大変だし。他国への説明、費用の回収とか面倒な部分が多いから。私の感想だけど」
「おおむね間違っていないかと」
元の世界なら売られた喧嘩は漏れなく買っていたが、こちらだと色々な柵があるから取捨選択が必要になってしまう。それが面倒な部分ではあるか。
「こんな話を帝国の誰かに聞かれたら困りますね」
「私が洗脳されているとかかな」
それでもいいから俺を獲得するの諦めてくれないかな。彼の獲得はほぼ確定しているのだから、こちらにまで手を伸ばさなくてもいい。人間、諦めが肝心な時もあるのだ。
案内された部屋の扉を開け、甘い匂いを嗅いだ瞬間に着火したのだが。
「ヤッバ」
暴発しそうな力を何とか抑えつつ、現在の状況を振り返る。とりあえず、原因があったとしたら甘い匂いか。反射的というか、俺の意志とは別で扉を閉めた感じがした。それから推測できるのは。
琴音としての感覚であの匂いに危険性があると判断したのか。
「琴音様?」
「今近づかないで。感電するから」
「はい。放電されているのが分かります」
抑え込んではいるが、それでも多少は漏れ出している。それを察してミサさんは距離を取ってくれているが、こちらの様子を分かっていない馬鹿達は近づいてくるんだよな。
「私は近づくなと言いましたよね。死にたいのですか?」
「な、何かありましたか?」
何かじゃない。絶対にこいつらは知っているはずだ。だって、それとなく俺を扉の先に押し込もうとしている配置に立っているのだから。
「部屋の中。甘い匂い。嫌い」
「確認します。少々お待ちください」
抑え込むのに必死で言葉が単語でしか出てこない。それで何をしてほしいのか察してくれるミサさんには感謝だな。ただし、危険なところに行かせている気がして悪く思う。
「これは、性欲に強く作用する香りですね。薄く広まっており、色街ではよく使われているでしょうが他国の外交官が泊まる部屋に漂うなど論外です」
「流石」
流石、元王族付きのメイドさんだよ。普通に生活していたら絶対に必要のない知識だ。やっぱり一般的な人とはずれている。こちらとしてはありがたい存在だけど。
「彼、詰んだ」
こちらにこんな仕掛けを用意したのであれば、彼の方にも同様の仕掛けが用意されていると考えるのが普通だろう。彼にもこちら側の人間が付いているだろうが、彼が忠告に耳を傾けるとは思えない。
「私達に対する不満が大きいですからね」
私が優遇され、彼が冷遇されていると思い込んでいる感じがする。尚且つ、この程度の甘い香りなら気にしないかもしれない。普段の俺だったなら、同様の考えで我慢していたはず。
「琴音様。どの程度の被害を予想されますか?」
「訓練場、半壊よりも酷い」
ミサさんの口元が引き攣った。そもそも、こんな匂いの効能なんて俺は知らないし、琴音だって知るはずがない。俺達のいた世界で嗅いだことはないはずなのに。
「あの、お部屋に入られてもらえませんか」
「無理」
俺が放電しているので近寄れない愚か者たちはまだ諦めていないのか。彼らや彼女らは命令されたことを実行しようとしているだけなのだろうが、それがどんな結果を招くのか考えていないのか。
「この匂い嫌い。別の部屋がいい」
「そう言われましても。我々としては最高のお部屋をご用意したので」
「意図を理解しろよ」
言葉を繕う余裕もない。ここで暴発して被害を出すわけにはいかないのは理解している。だからこそ、全力で抑え込んで我慢しているのに余計な力を使わせるな。
「私は譲歩している。気付かないでいるし、私の我儘で部屋を変えてほしいと言っている」
一応は気を使っているのだ。お前たちの責任で失敗したのではないと分かってほしい。それがどこまで効果を発揮するのかは上の人達次第だろう。
「他の人達と一緒の部屋でもいい。むしろ、その方がいい」
「いえ、私達の判断では」
そう言うしかないよな。下の人達の苦労が垣間見える。だけど、このままだと埒が明かないし、俺の我慢がいつまで続くのかも分からない。さっさとこの部屋から離れたいのに。
「もう、暴発しようか」
「琴音様。もう少しの辛抱を」
ミサさんが懐から出したのはかんしゃく玉。絶対に王城とかで出してはいけないものだ。まさか破裂音による呼び出しを実行するとは思わなかったぞ。
「早速の呼び出しは私としても心が痛むのですが、緊急事態ということで」
「お願い」
「承知いたしました」
誰もいない方向へと投げられたかんしゃく玉は予想通りの大きな音を立てて弾けた。それからすぐに現れたフォリアさんはすでに疲れ切った表情をしている。
「交渉よろしく」
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていましたが本当にやるとは思っていませんでしたよー」
これでやっと雑念から解放される。部屋の交渉とかは全部任せるとして、俺は自分自身のことを考えないといけない。これは最優先事項だ。
そもそも俺は如月琴音の身体に入り込んだ死んだ人間の男性だ。だからこそ、今回の謎は無視できるものじゃない。
力の暴発は感情に高まりによって引き起こされることがあると学んだ。
だが、今回の件で俺の感情は動いていない。だったら、誰の感情が高まり暴走状態にまで持っていったのか。考えられるのは一人しかいない。
本当の如月琴音はまだこの身体の中にいる。
生存報告です。
私は生きていますし、ネタは少なめの生活を送っております。
最近は車のタイヤがバースト寸前だったのを発見して肝を冷やしました。




