31.彼の評価ですか。改善点があり過ぎる。
他人の部屋でこれだけ寛いでいる相手国の外交官がいるだろうか。まだ職務中だろうに。これがプライベートで友人ならば納得もできるのだが。如何せん、まだ心を許せるような相手ではない。
「ぶっちゃけると私は暇なんですよねー」
「打ち合わせはどうしたのですか?」
「私が与えた情報で対策を考える時間は必要ですからねー。その対策を聞くわけにもいきませんからねー」
「自覚はあるのですね」
「相手国ですからー」
だからといって引き抜く予定だった勇者の部屋でのんびりしていていいのかよ。俺も出て行けとはいわないのが問題だけど。話している内容は帝国に関するもので、どんな情報でも欲しい状況の俺からしたら追い出す理由がない。勧誘する気が微塵もないからな。
「上層部と第三皇女で随分と思想が違いますね」
「私たちは穏健派ですから。なるべく他国と争いの原因を生まないように立ち回っていますー」
「代わりに上層部のほとんどは自分たちの利益を第一優先にしている。搾り取れる国があれば国が滅ぶまで搾取する体制ですか。長期的に見て、自分たちも共倒れになると気付かないのですかね」
「都合のいい頭をしていますからー」
搾取して相手が滅んだのであればその後には何も残らない。自国で消費する物資だって補給できなくなるのだ。それだったら友好的に接して、貿易関係を結んだほうがずっといい。揉めたりもするだろうが、それが当たり前なのだ。他人と接していて喧嘩しないわけがない。
「そんな国の人なら情報を渡した見返りくらいは要求すると思ったのですが」
「要求してもいいのですかー?」
「許される範囲内でしたら」
「でしたら彼についての情報をくれませんかー?」
「私も知りません」
ガクリと頭を落としてしまったけど、本当なんだよな。俺も彼とは最初以来会っていない。俺が避けているのもあるか。だって会話していて楽しくもない相手と一緒にいたいとは思わないだろ。目的も何も知らないし、好みだって把握していない。だから与えられる情報だってない。
「使者の面会時間は終わりましたか?」
「今日の時間は終了したはずですねー。それがどうかしましたかー?」
「知らないのなら直接聞きましょう。私としても経過が気になりますから」
「直球勝負ですねー」
思い立ったら即行動。俺とミサさん、フォリアの三人で彼の部屋を目指す。フォリアを同行させて大丈夫かと思ったが、使者に全部伝わっているだろう。彼が秘密にしている可能性だってあるけど、そこまで深く考えているかな。だったら今までの立ち回りについて反省してほしい。
「如月琴音です。他にも二人ほど同行していますが入室してもよろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
凄い嬉しそうな声で返事が来たな。あれか、俺たちは彼を引き留めに来たと思っているのだろうか。そんなつもりは一切ない。彼を引き留めて何かしらの益を得られるのであればやるけど。彼自体が何をしたのか分からないのでは役立つ方法が見いだせない。
「俺に何か用かな?」
「なぜ部屋が焦げているのでしょうか?」
俺ではなく、ミサさんが険しい表情で尋ねていた。床や壁が若干焦げているのは入った瞬間に分かるほど範囲が広い。彼の得意とする魔法が炎であるのだから、理由なんて簡単に推測できる。
「魔法の自主練をしていたからな」
「部屋での魔法の使用は控えるように教師の方から言われていたはずですが」
「いや、訓練場だと、ほら。あれがいるから」
勇者が侍女の迫力に負けてどうするのだ。それに訓練場で魔法の練習をしないのは、副団長に見つかると訓練へ強引に参加させられるからだろう。副団長だって相手を選んでいる。自分の相手が務まらないと知っているので、彼には一般の団員と同じ訓練メニューをやってもらっているのだが。この様子だと随分とサボっているな。
「この部屋はあくまでも貸し与えているのであって、あなたの部屋ではないのです。他の方々、それも貴賓客がお泊りする部屋を汚すのがどれだけ失礼であるのかご自覚はおありですか?」
「ミサさん。ちょっと落ち着いて。その問題については後でちゃんと話し合いましょう」
滅茶苦茶怒っているミサさんなんて初めて見たぞ。それに俺たちの自室が借り物なのは当然だ。自立できるようになれば出ていく必要がある。家賃無料のマンションみたいなものだ。出ていく際に綺麗な状態にするのは当たり前。それを焦がしたのであるのだから管理人として怒るのは当然だな。これを修繕するのは手間が掛かりそうだ。
「私は確認の為に来ました。あなたは帝国へ行くつもりはありますか?」
「あそこまで期待されているのであれば当然だろ」
「この国に不満があると?」
「この国の人間は誰も俺に対して期待していない。だったら求めてくれる場所へ行くのは当然だろ」
悪い言い方をするならばこの国の人たちは勇者に期待していない。逆に捉えれば、自主性を試されている。勇者ではなく、自分たちと変わらない人間として接してくれる。俺としてはこちらのほうがいいな。自分でやりたいことを探して頑張ったほうがモチベーションを保ちやすい。あれをしてほしい、これをやってもらいたいではただ流されているだけだ。いつかは何をしたいのか分からなくなってしまう。
「あなたは期待されたいのですか?」
「元の世界でも期待されていたが、勇者としてこちらに来たのであればそれ以上のはずだろ。なのに全く俺を構ってくれない。あくまでも客として扱ってくる」
「元々私たちは一人の人物による独断で呼び出されただけです。危機的状況でもないのですから、誘拐された被害者として扱われるのは当たり前だと思います」
「でも帝国は違った。俺を勇者として扱い、期待してくれている。成長させるために支援もしてくれるし、知恵だって貸してほしいと言ってくれた。将来を考えるなら選択肢は一つだけだろ」
今の俺の状況と変わらない気がする。外交官は与えられた役割であるが、同僚の人と話し合い、どのような妥協案を提案するのかお互いに知恵を振り絞っている。それに訓練場にも足を延ばして力の使い方を学んでいる最中。俺と彼の違いはやはり自主性だな。
「あなたの気持ちは分かりました。ではお聞きします。勇者として活躍したいですか?」
「当然」
「それが人を殺す結果となってもですか?」
「手段がそれしかないのであればやるだろうな」
「そうですか。それならば、あなたは私の敵ですね」
勇者を戦争に利用するのは考えられる未来だ。そして彼はそれを肯定しているように見える。俺の役目は戦争の発生を未然に防ぐこと。戦争は国にも、住んでいる民にとっても負担を強いる。勝った後に得るものはあるが、そこから立て直すのは容易ではない。それに彼はだろうなと曖昧な返事をした。覚悟が揺らいでいる。そこは断言すべきだったのだ。
「目的も曖昧。覚悟もない。それで何を成そうとしているのでしょうね」
「だから勇者として」
「いえ、返事は結構です。それでは失礼します」
短い会話だったが、彼と話すべきものがなくなった。何かあれば勇者としか言わない彼にもう用はない。最後辺りは俺に対しても苛立ちを浮かべていたな。この程度も流せないのであれば帝国の皆さんは苦労するだろう。どこまで見捨てないで彼を育てることができるのか。
「さて、フォリアさん。感想は?」
「あれはないですねー。マジでいらないのですけどー」
自室へ戻ってから会話を再開する。まだ機嫌が治らないミサさんはそっとしておこう。お茶を入れようとポットを持ったら無言で奪われてしまった。機嫌が悪くてもしっかりと仕事をするのはやっぱり社会人だよな。
「利用されるのが目に見えているじゃないですかー」
「女性関係にも弱いですよ。侍女に手を出していましたから」
「悪い情報ばかりは結構ですー」
「褒めて伸ばすタイプですね」
「図に乗るが丸分かりですよー」
どうやら穏健派にとって彼の存在は厄介なものであるようだ。こちらだと普通の人で扱っているから別に問題はない。勝手にやらかして自爆しているだけだから。でも帝国での扱いは一気に変わってしまう。それこそ彼が望んでいる状況になるかもしれないな。
「一度痛い目を見れば変わるかもしれませんよ」
「相当先の話だと思いますよー。最初は大事に扱われるはずですからー」
せっかく手に入れた人材を手放すような真似はしないか。こちらみたいにスパルタ特訓だってやるはずもない。あれは副団長が悪いのだけど。教師役はどうするのだろう。こちらで彼を教えていた人だって決して悪くはない。むしろ優秀だからこそ王城に勤めていたはずだ。




