30.計画を立てます。まだ何もしない。
請求書に記載された金額。そこには膨大なゼロが並んでいる。兆でも足りないな。これが賠償金だと考えれば無理な要求であるのは分かる。他にも関税の撤廃や、物資の要求とか明らかに過剰なものが含まれている。これを実行した場合、この国は明らかに存続できない状況に立たされるな。
「馬鹿丸出しですか」
「ぼったくれるのなら幾らでもじゃないですかねー」
「それにしてもこれはやりすぎ」
「同感ですー」
できない要求をされても困る。この金額だと妥協案を考えるのも大変だ。かなり少なく見積もらないと無理だからな。こちらが下手に出れば相手はつけあがる。単純に相手はこちら相手にマウントを取りたいのだとは思う。幾ら何でもこれをまともに請求してこないだろう。
「これが当たり前だと思っている帝国上層部は本当に愚か」
「えっ、これ本気だったのですか?」
「うちの上層部ですからねー。だから上司の第三皇女様は苦労しているのですよー」
「彼女がいるからこそ帝国はまだ成り立っている」
「つまりその第三皇女がいなくなれば帝国は崩壊すると」
「崩壊はしなくても衰退は確実ですねー」
かなり苦労しているのが目に見えるよ。大丈夫なのかな、その皇女様は。俺がその状況に立たされたら帝国を見限ると思う。どこかの国に亡命するのも有りだな。それをやらないのは彼女が皇族の一員として誇りを持っているからかな。その我慢がいつまで続くのか。
「妥協案の方向性は決まりましたか?」
「関税を幾らか減税する。ある程度の金額や物資も提示するけど、それだけでは納得しないはず」
「欲深い連中の集まりですからねー」
自分の国のはずなのにかなりぶっちゃけているな。色々と苦労しているのは現状を見るだけでも分かる。その苦労に見合うものとは何なのか。帝国に残っている家族のためか。それとも帝国への忠誠心のためか。覚悟は人それぞれだからな。
「勇者一人を差し出すのは?」
「一回しか使えない切り札をこんなに早く使うとは」
「えっ、琴音さんが来てくれるのですかー? やったー! 有能そうな人は大歓迎ですよー」
「私は行きませんよ。彼の意思次第となりますけど」
「えー、彼ですかー」
随分と不満がある様子で。何かしら彼と接触したのだろうか。彼がどのようなタイプの女性を好みとしているのかは分からない。フォリアのように明るく軽そうな女性か、それとも使者のようなアダルトな魅力を好むのか。
「好みじゃないのですよねー。まだ有能そうで美形な琴音さんがいいなー」
「この人、勇者を選り好みしていますよ。凄い贅沢者ですよ」
「一人で妥協するのが正解」
「彼で妥協するのは勿体ないですねー。仕事をご一緒したいのは断然琴音さんですねー」
「他の理由は?」
「第三皇女と仲良くしてほしいのですよー。あの方は味方のいない状況でただ一人だけでもがいておりますからねー」
フォリアの表情に演技はないと思える。自分達では支えることはできるけど、気持ちの共有はできない悲しみ。同じ立場でないからこそ、本当の友になれないという勘違い。別の立場で友情が育めない訳じゃないのだから。元の世界で俺が十二本家なんて一切気にしていなかったように。
「亡命をお勧めします」
「それができたら楽なんですけどねー。皇女様のお気持ちが傾いたらぜひとも実行してほしいですよー」
主人次第ということか。帝国を支えている人物とその部下たちがこちらへ付くか、それとも他国へ渡り、脅威となるか。そのまま帝国へと残り尽力するかは皇女様のお気持ち一つ。会ってはみたいかな。フォリアが従い、帝国を一人で支えている人物には。
「機会があれば話をしてみましょう。帝国への来訪予定はいつですか?」
「まだ正確には決まっていない。でも一か月はかからないはず」
「彼が落ちるまでですか?」
「時間の問題。あの使者たちは帝国スカウトの要。見た目や言動に惑わされてはいけない」
「全部が計画的だったと」
雑談に見せかけて、こちらの情報を抜こうとする手際は侮れなかったな。でも決定権がないのは本当だろう。褒賞に関してはぐらかしていたのも、帝国へ帰った際に食い違いを防ぐためか。勇者に何をさせたいのかも同様かな。
「一回目で引き抜きが成功するなんて思いませんよー。時間を掛けてでも陥落させるのが彼らの役目なんですからー」
「確かにそうですね。私が早計でした」
「段々と本気になっていくはずですよー」
「なら早々に意思表明しておいたほうがいいですね。私はアルステア王国を選び、帝国には行かないと。それで諦めてくれればいいのですが」
二度も言えば、相手だって諦めてくれるはず。そう願うしかないな。だけど、目の前のフォリアだって帝国の人間だ。俺を引き止めるような発言をするかもしれない。
「振られちゃいましたかー。仕方ないですねー」
軽く流されてしまったがそれでいいのかよ。彼女の目的が使者と違うのはここを訪れている時点で分かっていた。使者がスカウトを目的にしているのに対して、彼女は交渉を円滑に、そして穏便に進めるためにやってきた。帝国が無茶ぶりして各国と軋轢を生むのを未然に防ぐために。第三皇女はちゃんと帝国の未来を考えているのだな。
「でも琴音さんに時間を割かない代わりに、彼へと攻勢を強めるはずですよー」
「それは彼の選択です。私が引き留めるのは筋違いですから」
「確かにそうですけどー。一応は同郷の方ではないですかー」
「彼が悩んでいるのであれば助言はします。私が手を出すのはそこまでです」
「冷めていますねー」
そうかもしれないな。誰かの言葉で揺らぐ決意ならばそれまで。ただ言葉を参考として方向を修正するのならば有りだろう。何かが間違っている。でもどこを修正すればいいか分からないときは他人の言葉に耳を傾ける必要がある。でも決めるのは結局、自分自身。
「使者たちは最長でどの程度滞在する予定ですか?」
「一か月を目安としていますよー。それで駄目ならまた日を改めると思いますー」
「諦めないのですね」
「誘拐も視野に入れていると思いますよー」
それを堂々と宣言しないでほしい。事務所にいる人たち全員が呆れた目を向けているのに一切気にしていないのは凄いな。どこまで本気で言っているのか分からない。本音が見え隠れしているけど、真意を全部曝け出しているわけではない。だからこそこちらも全部の情報を出していない。主に俺に関してだけど。
「仕事の話に戻る。琴音は外交官として帝国に入ってもらう」
「顔は知られているので、勇者としての身分は隠せそうにありませんね」
「それは仕方ない。隣国での出来事も、帝国に入る頃には伝わっているはず。その分、琴音を警戒する可能性はある。それを利用しても構わない」
「私は爆発物ですね。了解しました」
「それはどうかと思いますよー。というか、何をしたんですかー?」
「理解が早くて助かる」
「私の発言はスルーですかー?」
「交渉の代表者はシエルが担当。琴音は補佐および、帝国が引き下がらなかった場合の切り札」
なりふり構わず思いっきり暴れてきても大丈夫そうだな。相手が大国だとこちらも手段を選んではいられない。そして代表のシエルさんが今何をしているかというと机で寝ていた。随分と忙しそうにしていたのは俺がこちらにやってきてから続いている。疲労困憊なのだろう。
「それを私の前で言ってもいいのですかー?」
「敵か味方なのかハッキリしますね。貴女の選択次第で私は敵に回るかもしれません」
「じゃあ伝えませんー。直感ですけど、琴音さんを敵に回したらいけない気がしますー」
「何を仕出かすのか分からない。扱いが難しくて頭が痛い」
問題児の部下を抱えてしまったように言わないでほしい。こっちは成り行きでやらかしてきたのだから。まだ俺がこちらにやってきてそれほど経っていない。だから使い方を知らなくて当然だ。やらかしたのだってまだ一回だけ。王城内ではそれなりに暴れているけどな。
「上司にだけは伝えておきますー」
「その上司がどのようにこの情報を使うのかはお任せします」
信用できるかどうかの見極めになる。恐らくは第三皇女様だろうけど、帝国の中にこちらと友好を結べる人物がいるのか。別に帝国と敵対したいとは思っていないのだ。穏便に済むのであれば、それを望んでいる。ある程度の打ち合わせで今日はお開きとなった。
「意外と素直に諦めてくれましたね」
「最低でも一人は確保するように言明されていましたからー」
次の日に再び使者と話し合いが行われた際に俺はアルステア王国に所属すると明言したのだが、使者はあっさりとそれを受け入れてくれた。見込みのない俺を相手にするよりも、受けのいい彼へ時間を費やせる選択のしたのだろう。だけどどうして、俺の部屋にフォリアがいるのか。
だから何で俺の周りには個性の強い人が集まるんだよ。




