29.鞍替えする気持ちですか。微塵もない。
おかしいのはこの国。それだけは理解した。他国の評価に自国を当てはめてはいけないな。そして使者に一切の決定権がないのも分かった。というか、それが普通だ。国に持ち帰って協議するのが当たり前。
「帝国へ所属するとして、私は何をさせられるのか分からないのですが」
「お気持ちのままに」
情報を得るという目的は達成できそうにないな。下手な発言を控えているように見える。彼らに決定権がないのは明らかだから、後で話が違うとごねられるのを警戒しているか。責任を取りたくないのは誰だって同じだからな。そろそろ会話を切るか。
「それなりの地位は与える。働きによって褒賞が出る。専属の教師がつき地力を上げてもらえる。こんなところですか?」
「その通りです。勇者様は理解が早いですね」
「話になりません」
使者の言葉を切って捨てる。俺が上げた三点はどこの国でも、そして元いた世界での社会と同じだ。働けば給料は出るし、最初は先輩に習って何をすべきなのかを学ぶ。地位だって頑張れば役職くらい付くだろ。これをメリットと言えるわけがない。
「何かお気に召さない点でも?」
もしかしたら、俺は彼と同じような評価を持たれているのだろうか。それだったら論外だ。見た目こそ学生だが、中身は社会人を経験していた男性なのだ。ある程度は世の中の仕組みを理解している。未来に夢を見るのは諦めているのだ。
「いえ、特には」
帝国の誘いは当たり前の口上を特別なもののように述べているだけ。冷遇されている状況ならば飛びつくかもしれないが、あいにくこちらは周りに振り回されるほど構われているのだ。現状に不満点はあるけど、それはまた別の話。待遇面では本当に何不自由なく過ごさせてもらっている。結論、帝国へ所属するメリットは皆無。
「お二方にとって帝国はどのような国だと思われますか?」
少しは情報を得られないかと思っての言葉だったけど、失敗したと言えるか。彼らが語る言葉は本に書かれている特色ばかり。目新しい情報は一切ない。これでも予習はしていたんだ。無駄ではなかったのだが、全く同じでは情報と言えない。
「おや、そろそろお時間となってしまいましたか」
帝国のあらましから始まり、自慢話へと移ったどうでもいい話にようやく終わりが見えたな。貼りつけていた微笑みを維持するのが大変だった。途中で女性が男性の脇を小突く仕草を見せていたのだが、それでも止まらないのは駄目だろ。
「帝国へお越しの際には私自らご案内いたしますので」
「機会がありましたらお願いします。それでは失礼します」
男性が俺の担当かな。口は軽いけど、発言には気を付けている感じがする。それとサポート役の女性も警戒対象だな。こっちの変化を見逃さないように一切視線を外してこなかった。精神的に疲れてくるのだ。
「お疲れ様でした。どのようなものでしたか?」
「意外と油断のならない人達だったな。自慢話の中にさらりと勧誘を織り交ぜてくるから気を付けていないと危なかった」
顔がいいだけではなかった。彼が大丈夫だった気がしない。ただ気になったのが、勇者召喚に関して研究しているというもの。慌てて女性が会話を差し替えてきたけど、恐らく機密に関わる事柄だと思う。興味はあるけど、それだけで帝国に所属したいとは思わない。内容がハッキリしていないのだから危険もあるはず。
「帝国は本気のようですね」
「そこまでの価値があると思われているのが意外だけど」
「我が国がここまで発展できたのは勇者様のおかげですから」
勇者がいたからこそ発展した。でもそれだけではなかったはず。勇者だって人間だし、心だってある。国を信頼して、力になりたいと思ったからこそ協力を惜しまなかったはず。やりたいことを全力で取り組める環境を整えてくれたからこそ、国が発展したのだ。
「でも帝国へ所属したいとは思わないかな。こちらの国での立場はすでに確立しているから。また一から始めるよりは断然いい」
「琴音様はもう少し、素直になられたほうがよろしいかと」
理由の一つではあるのだけど。やっぱり人との繋がりは大事にしたいと思う。帝国へ所属したら会えないかもしれない。面倒臭い人物もいるけど、それだって縁だ。繋がりを失うくらいならば別の国へ所属したいとは思わない。本当に面倒臭い人物が多いけどな。
「彼の様子は?」
「随分と上機嫌であると聞き及んでおります」
「あとで会う必要はあるかな。それともあちらから来るか」
「彼がですか?」
「私との交渉が難航していると判断したのであれば、彼にも協力を要請するはず。その時点で彼は帝国所属で間違いない」
別に彼が参戦したところで俺の意志が変わる訳がない。こちらとしては我慢の限界を突破して彼を殴る可能性もあるけど、国際問題になるかな。まだ彼から帝国へ行くと言われていないから大丈夫だと思うけど。
「外交官の人はどうした?」
「現在は外交部署で打ち合わせをしているはずです」
「意外なほどに対応が早いな」
「帝国の外交部署は優秀ですから。あの方々がいないと他国との折衝が成り立ちません」
「他が無能だと言っているようなものだよな」
とりあえず、そちらの様子を確認しておくか。外交なら俺にも関係あるからな。問題があるとしたら、その人まで俺の獲得に動かれることか。別に避け続ければいいだけなのだが、いつまでも続くと考えれば嫌にもなる。
「おじゃましまーす」
どうせ紛糾しているだろうと事務所へと明るく乗り込んでみたのだが、何だこいつみたいな感じで見られてしまった。服装は学生服で仕事として来たのではないのだけど。本当にただの様子見だ。他の人達と反応が違うのは帝国の外交官だけか。何でここに勇者がやってくるのか分かっていない様子で。
「意外と平和そうですね」
「どうしたの?」
「一応様子でも見ておこうかと。どうせ私が帝国へ行くのだろうと思って」
「確かに琴音を派遣する予定。でも今回は琴音をサポート役にするつもり」
「相手が相手ですからね。私もそちらの方が助かります」
「ちょっと、待ったー!」
室長と普通に会話していたら我慢できなくなったのか、帝国の外交官が止めに入ってきた。見た目は若いけど、どちらかというと軽そうに見える女性。若干疲れているように見えるのは決して気のせいではないな。
「引率、お疲れ様です」
「いえいえ、それは構わないのですが。どうしてここに勇者様が?」
「私の職場です」
「えっ?」
俺を見て、室長を見てからそれが本当なのだと気付いた様子で。そりゃそうだよな。勇者が何で外交官に就いているのか分からないよ。俺だって理解できていないのだから。
「勇者兼外交官の如月琴音です。どうぞお見知りおきを」
「ディニアス帝国所属外交官。フォリアと申します。勇者様にお会いできて光栄であります」
「そういうのはお腹いっぱいなので気軽に接してもらえると」
「いやー、そういって貰えると助かるわー」
誰が本当に気軽になると思うか。自分から望んでことではあるのだが、あまりの変わりように開いた口が塞がらない。室長に隣へ座るよう指示されたので同席したのだが、打ち合わせとは一体何をしていたのか。テーブルに散らばっている書類の一枚を拾って読んでみたのだが。
「酷い内容が書かれていますね。正気ですか?」
「帝国の第三皇女殿下が予測した要求案」
「おおむね間違ってないはずですよー。こんなの誰が受けると思っているのかねー」
「桁を数えるのも諦めたくなります」
莫大な金額が書かれている賠償請求。国が傾くなんてレベルじゃない。それこそ大量の借金を背負う羽目になりそうだ。これを回避する方法ね。殴り込みかけたら止めてくるかな。




