25.考えが甘いです。予想できるかよ。
不安や恐怖よりも、勇者であると真っ先に考えたのは彼だ。現実をつまらないと思っていたのか、それとも勇者に憧れていたのかは分からない。それでも異世界からやってきた人間としてではなく、特別な勇者として扱ってほしいと思っているのだけはこちらへ伝わってくる。
「決定は彼の意思なのですから我々が何かを言える訳もありません」
「確かに。でも彼に立会人が不要となれば、琴音にも立会人は付かない」
「言ったはずです。不必要だと。私の意思は簡単に覆りません」
この国を選んだのは俺の意志だ。理屈や妥協ではなく、感覚で選んだのは確かで、まだそれが正解だったのかも分からない。それでも相手側の言葉だけで全てを判断したわけじゃない。そこには確かに俺としての意志があった。
「言っておく。喧嘩は売らない」
「なら買ってもいいのですよね? 高利貸し以上の利息を付けて」
「訂正。面倒事は起こさない」
「無理ですよ」
売られた喧嘩を買わないなんて俺じゃない。それに俺でなくても十二本家として許されない。相手がこちらを格下だと判断できる口実を与えるようなもの。常に上位者であるのを意識しないといけないのだから、喧嘩を売られたら報復行動あるのみ。
「それに勇者を引き抜きにやってきた人物が喧嘩を売ってきますか?」
「琴音なら何かしらの理由を付けてやらかしそう」
「信用がありませんね」
「これを見せておいて良く言う」
真実が書かれた報告書を突き付けられて言われても、俺はどうしようもない。訂正する気だってないのだから。嘘を書いたのなら直しもするけど、全部本当のできごとだからな。間違った行動をしたとは思っていない。あれが俺にできる最善手だ。
「次の指示を伝える」
「休暇は?」
「出せるような状況じゃない」
だよな。帝国からの使者がやって来なかったら城下町の散策を許可されていた。それがご破算になった時点で使者に喧嘩を売る理由になる。やらないけど。一応はこの国の所属なのだから不必要ないざこざを呼び込むわけにはいかない。
「協議が終了次第、使者は動く。私たちは勇者の意志を尊重する」
「本当にこの国の方々は甘いですね。私たちを取り込むのなんて造作もないのに」
「嘘偽りで勇者を引き入れてもいずれ破綻する。友好な関係を築くのであれば誠意を示す必要がある」
「おっしゃる通りで」
それを感じ取れたからこそ、俺はこちら側を選んだ。何かを隠している様子もなく、帰還する手立てがあると言わず、馬鹿正直に答えを言ってくれた。だから覚悟を持てたのだ。一生を国に費やすのではなく、こちらの世界で生涯を閉じる覚悟を。
「もし琴音が別の国を選択するのであれば、私たちは送り出すだけ」
「そんな国があればの話です」
「だけど琴音がまだ私たちを選ぶのであれば最大限の協力は惜しまない。帝国の使者については一任する。ただし、喧嘩は売らない」
「やっぱり信用がないですね。私は」
「全部これの所為」
分かっていますとも。友好国へ旅立つ前までは飲み込みも早く優秀だと言われていたのに、報告書一枚でここまで評価が一変するとは。優秀なのは琴音のおかげで、評価が変わったのは俺の所為だな。それに俺から使者へ喧嘩を売るつもりはない。あまりにもこの国の人たちを馬鹿にするような発言がなければ。
「しばらくは王城内に留まる。そして騎士団の訓練場への立ち入りは禁止」
「力を見せる必要はない?」
「琴音の能力は彼を凌駕している。その場合、帝国がどのように考えるかは分かるはず」
「彼よりも私を優先するでしょうね」
「悪い言い方をすれば、彼には生贄になってもらう」
俺の身柄との引き換えに、彼を帝国へ渡す。損得の問題ではあるのだが、いい気分にはならないな。誰もが幸せになれる世界なんて存在しない。それなら俺も死ななかったし、琴音も死のうとは思わなかった。妥協して生きていくしかないのが、世の常だ。
「彼が拒む可能性も僅かながら存在すると思いますよ」
「それなら使者にはお帰り頂くだけ」
何の成果もなく帰ってくれるとは思えないけどな。どちらか一人だけでも手に入れない限り、この国を去ってくれないはず。思えば、殆どの勇者がアルステア王国を選んだのであれば他の国にとって勇者とは未知の存在なのかもしれない。強大な力と繁栄させる知識を持った傑物。実際はやりたいように動いていただけの人間なのに。
「今日はこれまで。琴音の順番は明日にしてもらうよう、私が取り計らっておく」
「帰国早々に交渉の席にはつきたくありませんね」
帰ってくる最中も慣れない報告書の作成に四苦八苦していたのだ。もちろんフェルトさんに協力してもらいながら。身体はそれほど疲れていなくても、頭は疲労している。帝国の使者のおかげで休暇もなくなったのだから、明日の為に休む必要はある。
「それでは失礼します」
事務所を後にして自室へと向かう。その最中に確認しないといけないものがある。
「ミサさん。確認ですけど、いつから私を主人だと認めたのですか? 最初は監視役のはずでしたよね?」
カメラで俺の活動を保存していたのは知っていた。ミサさんもそれを隠そうとはしていなかったからな。安全の保障ができない人物だったのだから俺も当然の行為だと思って何も言わなかった。それがいつの間に主人となっていたのか分からない。
「友好国へ向かうまでの期間、見守らせて頂いた結果です。何事にも全力で取り組み、最善手を打てるよう準備する方。努力を惜しまないのは好感が持てました。私生活では全てをこなせてしまいますので物足りないものがありましたけど」
「まだありますか?」
「当然でございます。女性らしくないと思いましたが、時折見せます恥じらいの表情が何ともキュンと来るものがありまして」
「よし、止まれ」
「全てを受け入れているようで、感情を抑えきれない場面もございました。それがアリス姫に対するものだったのでしょう。完璧な人間ではなく、不完全だからこそ私は支えたいと思った次第です」
この人は本当に俺を主人だと思っているのだろうか。止まれという指示を華麗にスルーして自室につくまで延々と俺について語られてしまった。最後辺りには顔を真っ赤にして懇願したくらいだぞ。それを恍惚の表情で見ないでほしい。
「私のご意見は参考になりましたか?」
「一切参考になりませんでした」
俺自身が気付いていないところまでよく見ているよ。でもそれを肯定するのは気恥ずかしいので止めた。まさかここまで扱いに困るような人物だったとは。こういった人は苦手なんだよな。元の世界で自分を過小評価していると言われて、持ち上げられる場合があったけど、それだってこそばゆかったのに。
「ですから私には肩ひじを張らずに、気軽に接していただけますとありがたいです」
「そんな風に見えますか?」
「あの夜を思いますと、やはり本音を見せていません」
断言されるほどか。あの夜とは姫様にキレた時だな。確かにあの時は俺も素を曝け出していた自覚はある。それと今を比べられたら違和感もあるか。琴音としては今の姿が普通で、俺としての姿は別の形だからな。口調以外は殆ど違いはないと思っているけど。
「別にこれは仮面をつけている訳ではありません。これもまた私の一面ですから」
「承知しております。切り替えの早さが琴音様の長所でもありますから」
無理矢理飲み込んでいるだけなんだけどな。いつか全部吐き出すような場面があったらそこは地獄になっているかもしれない。身の内に抱えている怒りを全部表へ出すような場面だから。標的になった人物は死ぬかもな。
「演じている部分も確かにある。でもそれは必要だからやっているだけ。大貴族がこんな言葉遣いで誰かと喋っていたら問題だろ?」
「琴音様の地位ですと王族以外には問題ないかと」
「ちょっと待った。今の私の地位はどうなっているんだ?」
「王族に次ぐ地位を有した重要人物です」
衝撃発言に俺の思考が一瞬だけ止まってしまう。王族の次ということは、他の貴族とかよりも立場が上なのか。何でそんな大層な立場にいるんだよ。むしろ、それをなぜ説明しなかった。
勇者という立場を甘く見ていた俺が悪いのか。




