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02.魔法はありますが、お先真っ暗


 異世界となれば、誰もが聞くであろう事柄がある。それは魔法や魔術といった俺達のいた世界では絶対にありえない力。誰もが興味を持ち、そして隣の男性は目を輝かせながらその問いを投げかけていた。


「魔物や魔法はあるのか?」


「魔法は魔力の扱いさえ覚えれば使用はできる。魔物も生息はしているが、近寄っていいものではない。近隣に出ただけでも大騒ぎとなる危険生物だ」


 魔法は当たり前にあると考えていいな。逆に魔物は物語で聞くような身近な存在ではないのか。話し方からして一個人が倒せるような存在じゃない気がする。恐らくはそんな存在が脅威となった時に勇者は召喚されるのだろう。どう考えても俺達が呼ばれたのは場違いだ。何というか状況の把握が難しいな。必要ないのに呼ばれたというのは当事者にとっては一番困惑する場面だ。


「夢があるな」


「お先真っ暗の間違いです」


 夢なんて見ていられる状況か。下手に危険な魔物が発生したら真っ先に駆り出されるのは勇者と呼ばれている俺達だぞ。スリルを求めるのが構わないが、身の丈を考えてほしい。喧嘩程度の争いではないのだ。一度死んだことのある俺は死がどのようなものなのかを理解している。あんな苦しみはもう体験したくはない。


「一度に詰め込んでも考えがまとまらないだろう。それぞれに一室を用意させたので今日はそちらで休んでくれ」


 気の利く男性である。でもまだやっていないことがある。誰も言い出さないから忘れていたのだが、俺達はまだ誰も自分の名前を言っていない。自己紹介がまだの状態で一旦解散するのも悪い気がする。それに自己紹介で得られる情報だってある。


「自己紹介がまだでしたね。私は如月琴音と言います」


「俺は進藤辰巳だ」


「アルステア王国を預かっているフレア・アルステアだ」


 やっぱり王様か。威厳のある人だとは思っていたが、話してみれば厳しい人というわけでもなさそう。恐らくこのような場でなければ気さくな御仁だと思う。それに青年に関しても少しばかり分かったものがある。俺の名前に反応しなかったのが証明になるか程度だけど。そして考えている一番最悪な可能性についても少しばかり信憑性が上がってしまった。これに関しては後回しでいいだろう。


「王様。少しばかり個人的な相談があるのですが、よろしいでしょうか?」


「構わない。君達の要望ならば可能な限り叶えると約束しよう」


 辰巳という青年が先に退室し、俺もそれに続くように出ようとする寸前で話を振ったというのに王様は嫌な顔もせずに、快く受け入れてくれた。要望を叶えるといったが、裏があるようには思えない。俺達を篭絡して悪いことへ利用しようという感じでもない。あくまでも俺の感覚の話だけど。


「少々長くなるかもしれません」


「ならば飲み物でも用意させよう。しかし、彼がいなくてもいいのか?」


「居ても邪魔なだけです」


「そ、そうか」


 俺の率直な物言いに若干引かれてしまった。これから話すのは彼に関するのも含まれる。本人が聞いたら激昂する可能性もあるから必要はない。あくまでも可能性の話と確認の為の話をするだけで俺から何かを要求するつもりはない。助言はするけどさ。


「これから私が話すのは助言です。やるかどうかは王様にお任せします」


「分かった。それと私の事はフレアと呼んでくれて構わない」


「ではフレア様。彼と姫様の接触は可能な限り防いでください。過ちを犯してほしくはないでしょう」


「いや、幾ら何でも出会ってすぐにそのような関係になるのは」


「可能性の話です。確率は高いでしょうけど」


 姫様の言葉。私だけの勇者様といったのなら彼が求めれば、彼女が拒否するとは思えない。そして彼が物語の主人公だと思い込んでいる限り、女性関係の問題は絶対に付き纏う。下手したら侍女にですら手を付けかねない。顔がいいのも問題だ。修羅場は勘弁してほしい。


「確認なのですが、どうして姫様は勇者を求めたのですか?」


「恐らくだが、隣国の許嫁との仲が上手くいっていないのが原因だろう。この話は私よりも息子の方が詳しいはずだ。後で紹介しよう」


 息子と娘か。せめてあの頭がお花畑と同じような思考をしていないのを祈るばかりだ。なぜか姫様以外も問題を抱えてそうな家族関係だと思うのは俺の思い違いかな。琴音の家族も問題大有りだったために変な思考に陥っているのかもしれない。何だろう、厄介な事態が待ち受けている気がする。


「質問を変えましょう。勇者召喚にはどのような意味があるのですか?」


「世界の危機に対する最終手段だな。先にも言ったが我々では対処できない魔物の討伐。解決のできない問題への回答を必要としている場合など様々だな」


「武力と知識を必要としているのですね」


「その通りだ。そして勇者召喚は百年に一度だけと決められている」


 少しばかり頭が痛くなってきた。必要とされている武力と知識を俺が持っているとは限らない。そもそも必要とされていない状況なのが問題なのだ。自分が争いの種になる未来しか見えない。貴重な存在であるのならば他国だって狙ってくるはず。あの姫様は自国に脅威を招き入れたのと変わらない行為をしたのを自覚はあるのだろうか。


「そのような貴重な機会を彼女は自身の願いの為に使ったというのですか」


「教育を間違えてしまったのは自覚している」


 お互いに頭痛のする頭を押さえて、用意された紅茶に口を付ける。流石は王族に出すだけの茶葉。香りも味も文句ないほどに素晴らしい。気分転換で少しばかり頭痛も収まったかな。問題は何一つとして解決していないけど。


「どうして百年に一度なのですか?」


「起動に必要な魔力が溜まるのにそれだけの期間が必要なのだ。遥か古代より残されている召喚装置なので詳しい原理などは不明。分かっているのは召喚方法として王族の血筋が必要とされていることだけだ」


 よくある話か。古代の謎技術で現在では解明できない現象。アーティファクトとか呼ばれる装置。それに期間が必要なのは安全装置の役割があるのかもしれない。幾らでも勇者が呼べるのであればこの世界は殆ど俺のいた世界と変わらないものになっているはず。疑問もある。それだけの技術があって、どうして他の世界の人材を必要としたのか。考えても仕方のないことだけど。


「管理は厳重だったのですよね?」


「世界の遺産だからな。国際問題に発展するだけのものだから相応の管理体制を敷いていた。アリスと一緒にいた貴族に裏を掛かれたがな」


「手口については聞きません。再発防止に努めてください」


「もちろんだとも。しかし、君は随分と冷静なのだな。彼のように浮かれるでもなく、悲観している訳でもない」


 疑問に思うのも当然か。だけど俺について説明しても信じてもらえるとは思えない。殺された男が自殺した女性の中に入り込み、彼女の人生を代わりに歩んでいるなんて。こちらの世界でこんな現象が当たり前にあるとは思えない。出会って早々に頭のおかしい女性だと扱われるのも困る。


「不思議な現象には慣れています。それに私が育った環境では冷静に物事を処理していくのが当たり前だったので。家柄を守るためにも他人に醜態を見せる訳にはいきません」


「まるで王族みたいな生活を送っていたのだな」


「そういえば一つだけ可能性の話をしてもいいですか?」


 家の話をしていて思い出したのだが、これは本当に可能性の話でしかない。確証があるわけでもなく、問題にはあまり関係のない話。ただ少しだけ召喚装置について知り得るかもしれない。


「私と彼は別々の世界から呼び出された可能性があります」


「それは本当なのか?」


「私の名は少々特別なのです。住んでいた日本で、私と同じ苗字は我が家だけ。それなのに彼は一切触れませんでした。他の世界では珍しくないのかもしれません」


「彼が気付かなかったのでは?」


「ですから可能性の話です。本人に聞いてみるまで確証は得られません。あまり話したいとは思いませんけど」


 彼が苦手なのはある。琴音としても彼の事は好きじゃないだろう。現実を見ず、都合のいい思考で考えている彼では話が進まない。懇切丁寧に解説したところでそれを否定する可能性だってある。必要とされていない召喚だというのに、自分を主人公だと思っている限りは。


「現実に引き戻すのは簡単そうですけど」


「例えば?」


「ボコボコしてやればいいのです。それも完膚なきまでに」


「おい。それは幾ら何でも酷くないか?」


 特別だと思い込んでいるのならばそれを否定してやればいい。彼に実戦経験があるとは思えない。格闘技などを学んでいた可能性は残っているけど、体格を見る限り本格的に学んではいないはず。王国で保有している最高戦力と対峙して無事なはずがない。


「王国で最強は?」


「騎士団の団長だな。ただし、対決はなしだぞ。下手したら死んでしまう」


「それほどですか?」


「武力で勇者を必要としていない状況だ。各国でも最強は存在している。彼らでも対処できない脅威というものを私は想像できない」


 そうなると勇者に求められるものとはとんでもない無理難題ではないだろうか。そんな状況に直面しなくて安堵するけど、いずれやってくると思うと不安で仕方ないな。他を巻き込んで何とかするしかないのだろうけどさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 腸内細菌の分布を花畑に例えて腸内フローラと呼んだりするらしいが、この青年の場合脳内フローラ( ˘ω˘ )
[良い点] 美点: 琴音の冷静な対話が清清しいほど箍が外れている。 既に読んでいる作品のスピンオフ・アナザーだと事前に知らされているからこれに満足だけれど、何の予備知識もなかったら臆したかも。
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