18.選択肢はありません。全部脳内花畑の所為だ。
平和な街並み。こんな光景を見れば、勇者が必要とされていないと嫌でも分かってしまう。民に不安な様子がないのであれば、平和な証拠。何かしらの問題があれば、どんなに隠していても雰囲気に出てしまうからな。
「国同士の争いも政治的なものが殆どですから。戦争はもう何十年も起こっていません」
「魔物の脅威もない。兵士にとっては退屈でしょうけど、民にとっては恐怖がそれほどないのはいいことです」
犯罪が全くないとは思っていない。人間なのだから魔が差すし、殺人事件だって発生するだろう。その解決はこちらの刑事みたいな人たちに任せればいい。そこにまで介入するつもりはないし、解決できるとも思っていない。俺だって万能の超人ではないのだから。
「到着しました。こちらがアンスリウム王国の王城となります」
「王城は似たり寄ったりですね」
見た目は本当に似ているように見える。多少の違いは見て取れるが、外観上の機能としては違いがないと思う。争いのない世の中なのだから籠城戦に優れている訳でもない。ただそこにあるだけで民が安心できるシンボル。それが王城なのだろう。
その後は案内役によってそれぞれの部屋へと移動した。区画は一緒、部屋も隣同士なので何の問題もない。そのはずだったのだが。
「ここが琴音様のお部屋となります」
「案内ありがとうございます」
扉を開けて中を確認した瞬間、反射的に扉を閉めてしまった。そして気配を殺して俺から遠ざかろうとした案内役を捕まえる。さきほどまでの対外的な表情はもう止めた。誰だよ、ここの王族はまともだと言ったのは。
「なぜここにフェイルリード殿下がいらっしゃるのですか?」
「見間違いでは?」
案内された部屋の中で堂々とお茶をしているのを目撃して、あれを見間違いで済ませられるわけがない。絶対にこの案内役も知っていただろ。それに俺を最後に部屋へと案内したのは他の人たちに知られたくない何かがあるのか。ミサさんは俺のそばを離れないから一緒だけど、さすがに固まっているぞ。
「私はただ皆様の案内を仰せつかっただけですので」
「あくまで何も知らないと?」
「その通りに受け取ってもらえますと助かります」
口止めでもされているのか。それとも本当に何も知らないのか。後者はないな、絶対に。それならどうしてさきほど逃げようとしたのか分からない。関わりたくないから逃げようとしたに決まっている。
「琴音様。覚悟を決めるしかないと思います。私はすでに諦めました」
「いつまでも待たせるのは失礼なのは分かりますけど。普通はやりませんよね?」
「淑女の部屋で待ち伏せは礼節を欠いた行動ではあります」
何の力も持たない女性を案内する部屋の中で待ち伏せしている。背中を押されて部屋の中に入れられ、鍵を掛けられたらそこで終わりだ。状況としては詰んでいる。俺は自衛の手段を持っているし、ミサさんが助けを呼べば済む話だ。でも疑問はある。どうして俺を待ち伏せする必要があるのか。意を決して扉を開いたのだが、そこには優雅にお茶を飲んでいる第一殿下フェイルリードの姿しかなかった。
「人の顔を見た瞬間に扉を閉めるのは失礼だと思うよ」
「待ち伏せしていた人物が何を言いますか」
「個人的に話をしてみたいと思ってさ。勇者と話せる機会なんて滅多にないからさ」
話し方、余裕のある表情、状況を楽しもうとする態度は生徒会長を思い出すな。性能としては数段劣っているだろうけど。あんな人物がこちらにもいたのでは俺の心労が凄い勢いで溜まってしまう。関りになりたいとは思わない。
「ミサさん。お茶」
「あの、一国の殿下に対しましてそのような態度はいかがなものかと」
勝手に対面へ座って、頬杖を付きながらミサさんに指示を出すのは相手にとって失礼だろう。だけどこれは非公式の面会であり、この殿下だって口外できない。確か資料によるとすでに既婚者であるのだから、待ち伏せしていた事実は外聞が悪いはず。
「大丈夫です。この部屋には私とミサさんしかいないことになっています」
「その通り。僕たちの会話は記録にも残らない。そしてお互いに出会ってすらいないことになる。なるほど、頭の回転は悪くないね。それと僕のことはフェイルで構わない」
問題となるのはフェイル殿下が何を望んでいるかだ。非公式にこのような手段を用いたのだからただ会話をしたいだけでは済まない。会談は明日なのだからその事前交渉の可能性はあるけど、確率としては低いか。圧倒的に不利なのはこちらなのだから、相手から仕掛けてくる理由はない。
「それで本当に何の用ですか?」
「勇者と話したいというのは本当さ。君が世界にとって本当に希望なのか。それとも病原菌となるのか見極める必要はあるよ」
「どちらにもなりたくはありませんね。世界の希望と重荷を背負わせられるくらいなら普通に暮らしたいです。そして悪となった場合はあなたがたに原因があると承知してください。私にも我慢の限界というものがあります」
世界に対して宣戦布告するつもりは一切ない。ただの個人で世界と戦争しても負けるのは決まっている。やるなら一点狙いか。隠密潜入からの対象の排除。大軍を相手にするよりは成功率は上だろう。ただし、俺がそこまで追い詰められたのは何かをちゃんと考えてほしい。
「思考としては普通だね。でもその当たり前が大切なのさ。ちゃんと自分の意志で行動しないとただの操り人形になっちゃうからさ。なるほど、アレスの言う通りかな」
「あの殿下が何を言ったのですか?」
「琴音はちゃんと芯のある人物だと。我慢はするけど、本当に駄目な事には抵抗する。ただし、行動はマジで読めないから注意しろだってさ」
「もう一人に関しては?」
「あっちはよく分からないだってさ。まだこちらの世界に馴染んでおらず、自分の都合のいいように考えているから注意する必要はある。その矯正に苦労しているみたいだけど」
そこは騎士団や教師役の人に期待かな。彼の場合、まずは自分が主人公であるという自覚を排除しないと話が進まない。別に俺たちは最強の存在ではない。騎士団の副団長にすら勝てないのだから。それこそ以前の話に出た特殊能力が開花すれば別問題だろうけどな。
「僕としては勇者が欲しいとは思っていないよ。今の世の中じゃ勇者なんて存在は不必要。混乱を呼ぶだけの存在だと思っているからさ」
「それに関しては私も同意見です。苦情は全部あの姫様に言ってください」
「こっちとしてはあれを投げ捨てられる身なのだから多少の同情はしてほしいかな」
「婚約破棄しますか? それでしたら我が国で幽閉となるよう取り計らいますが」
「それをされるとこっちが困るから頭を悩ませているのさ」
それはどういうことなのか。姫様の処遇に関しては二通りのパターンを用意してある。一つがこの国に嫁がせて投げ捨てる。つまり合法的な投棄。もう一つが自国で幽閉して、存在を忘れさせようとする長期不良在庫。どちらにするのかはアンスリウム王国次第だったのだが、こちらも何かしらの事情を抱えている様子。
「僕が非公式に君と接触したのはある相談があるからだけど、引き受けてくれるかな?」
「お断りします」
即答で断ったら、困ったように微笑まれてしまった。意外と対応力があるな。普通なら驚きに固まるか、激昂するかのどちらかなのに。ミサさんなんてハラハラとこちらの様子を見守っているぞ。下手に口を出せる状況じゃないと理解しているからさ。
「断る理由は何かな?」
「目的も告げずに了承を取るのはいかがなものかと。せめて目的と手段、こちらに対するメリットとデメリットの提示位してくだされば話を聞きましょう」
「それって全部だよね?」
「当たり前の話ですけど、全部聞かないと判断できません」
その当たり前をぶっ飛ばして了承を求めてきたのは誰だよ。恐らくは俺を試そうと話を振ったのだろうが、遠回りになるから止めて欲しい。油断していい人物ではないな。どこに何を仕掛けてくるのか予測がつかない。あの生徒会長よりはマシだけど。あれは俺でも引っ掛かるものを用意してくるからな。
「僕の弟の話くらいは聞いているよね?」
「女性関係が爛れている話ですか?」
「そこまではいっていないのだけど。女性に甘く、隙あれば口説く。だけど婚約の了承や肉体関係は一切しないという意味不明な行動さ」
「確かに訳が分かりませんね」
「その原因となったのがこれなんだけど。君ならもう察するよね?」
目の前に出された本を見て、溜息しか出てこなかった。なるほど、原因がどこにあるのか分かったし、これは引き受けるべき案件だ。俺が拒否したとしても誰かにその役割が回ってしまう。疑問はあるけど、それは聞けばいいだけだ。
「姫様の愛読書。そしてそれを第二殿下に勧めたのですね。私の理想の人物だと伝えて」
「その通り。さて、どうする?」
「引き受けるしかありません。本当にあの姫様は厄介事を持ち込んでくれますね」
本当にあの姫様は自国の不利益になるような行動しかしていないのかよ。この状態だったら、他にも何かしらの案件が残っていそうで怖いぞ。




