17.以前の勇者ですか。やり過ぎているな。
人が急に豹変した理由をどう考えるか。これが彼だったら物語を参考にして考察するかな。誰かに操られているとか、入れ替わっているとか。事前準備だとしても、その可能はかなり低い。資料によると第二殿下の発言力は弱い。王位を継ぐのも第一殿下ですでに決まっている。操って国家を乗っ取ろうとするのは不可能。入れ替わって王族の生活を満喫するという可能性はあるけど。それでも完璧に真似るのは不可能に近いだろう。
「王族の方々は何か知っているのかもしれませんが、私にまで情報は回ってきませんでした」
「その事情が分からない限り、対策は打てないと」
「その通りです」
王族が語らないのは自分たちにとって不利益になる可能性があるからだろう。またはそれを利用されるのを防ぐため。信用のできないものに対するものだろうけど、なら友好国であるこちらに伝えないのはどうしてか。不都合があるからか、それとも解決できないと思われているのか。
「可能性は色々とありそうですが、断定はできませんね」
「他国が絡んでいる可能性は?」
「ないとは言い切れませんね。ですが私たち勇者が絡んだ案件ではないでしょう。一年前ですと勇者は召喚されていませんし、呼び出すほどの事案でもないと判断したのでしょう」
国家を揺るがすほどの重要性はない。友好国のみで解決しようと取り組んでいるのであろう。ならこの問題に関しては保留してもいいか。別に姫様との婚約を解消するとあちら側から言われている訳でもない。意思を確認する必要はあるけど、優先度はそこまで高くはないかな。
「一つ確認しておきます。友好国の王族は変わっていますか?」
「まともだと思います。自国ほど問題を抱えているようには見えません」
よし、フェルトさんは染まっていないのだな。まともな王族が解決できない事案となれば、普通の方法じゃ無理なのかもしれない。起爆剤的な役割が必要なのかな。実際にその第二殿下と会ってみないと分からないのだが、一応俺も女性だ。他国の王族を殴るのはやっぱり駄目だよな。
「琴音さんなら第二殿下と会っても大丈夫だと思います」
「殴っても大丈夫ということですか?」
「直接的な暴力は止めてください。幾ら我々でも庇いきれません」
やっぱり駄目か。それなら何が大丈夫だというのか。王族の権力に興味ないし、お金を積まれてもなびくつもりはない。他の女性ならば王族に名を並べられるとなれば第二殿下へと近づくだろうけど、その点だけでいえば確かに大丈夫だ。
「琴音さんの性格ならば気持ち悪くて引くと思います」
「そっちなんですね」
急激に会いたいという思いが萎んでしまった。誰だって気持ち悪い人物に会いたいとは思わないだろ。事前情報と知れたのだから顔に出すという失態は冒さないだろう。表情が消え去る可能性は大いにあるけど。話さないと事態の見極めができないのだから腹を括るしかない。
「勇者の引き抜きは行われそうですか?」
「私からは何とも。可能性は高いとだけ」
だよな。友好国であろうともないとは言い切れない。どこの国だって一枚岩ではない。誰だって希少性、性能、知識のどれかを有したいとは思うだろう。勇者はその三点だけではステータスがずば抜けているとこの世界の人間は思い込んでいる。勇者全員がそれに当て嵌まるとは限らないのに。
「あの世界にただいまですか」
「あの、との?」
「以前の世界で社交界からは身を引いていたのです。ですが、ありますよね。歓迎パーティーみたいなものは」
「勇者とお近づきになりたいと考えるものは多いですから。幾ら王族が開きたくないと考えても、多くの貴族から懇願されては無理でしょう」
社交界と似たような状況になるのは確定か。琴音が出席していた時は、琴音自身が顔面武装していたおかげで誰も近寄ってこなかった。つまり厚化粧による不細工顔で。でも今回はそれができない。あんな化粧をしていたら国としての品位が疑われてしまう。俺が我慢して付き合うしかないのだ。
「飲酒は何とか防ぎたいのですけどね」
「あれだけ飲めるのにですか?」
「琴音さんはそれほどお酒に強いのですか?
「一度だけ限界を知ろうと飲んだのですが、化物レベルらしいです」
俺の言葉にミサさんが同意するように頷く。酔った勢いで醜態を晒すような事態にはならないのは明らかだ。偶に殿下が俺に酒を勧めてくるのは過ちを期待してのものだろうけど、飲んだのはあの一回だけだ。素面で廊下を歩く俺を残念そうに見る連中は殿下の味方だな。誰がお前たちの思い通りになるか。
「なぜ今は飲まないのですか?」
「個人的な理由です。私のいた世界ではお酒は二十歳からです。それに倣っているだけです」
本当の理由は琴音の身体で好き勝手に飲酒するのは駄目だと思っているから。あの一回だって不測の事態に備えるため、致し方なく飲んだのだ。大変美味しくてその後の我慢が大変だったけどな。
「そのような理由ですか」
フェルトさんにさらっと流されてしまったが、絶対に俺も変わり者だと思われてしまったな。それも仕方ない。だって変わり者である自覚はしっかりと持っているのだから。そうでなければ、こんな状況をあっさりと受け入れられないだろ。そんな生前の俺の周りにいる連中はもっと変人ばかりだったけどさ。
「到着までそれなりに掛かりますよね?」
「寝台はご用意しております」
あれを寝台と呼んでいいのだろうか。パンフレットで軽く内装を確認していたのだが、一般的な部屋と違うのは普通なのだが。明らかに豪華寝台列車の旅とかテレビで見るような部屋であったのは間違いない。移動に要する時間は三日。国境を跨ぐのだからそれなりの日数は覚悟していた。
他愛無い話、仕事の打ち合わせ、予想できる問題へのシミュレーションと、暇ではない移動時間であったのだが特にトラブルは発生しなかった。問題なく友好国であるアンスリウム王国へと辿り着いた。
「フェルトさん。予定の確認です。会談は明日からですね」
「はい。今日は王国が用意した城内の部屋で一泊となっていますね」
時刻としては夕方くらいか。到着してすぐに仕事が開始されるわけではないのは。だけど警戒はここから始めないといけない。友好国であろうとも、ここは他国。発言や行動には細心の注意をしないといけない。自分たちの行動が自国の不利益へ繋がる可能性があるから。
「フェルトさんはよくこの仕事を続ける気になりましたね」
「仕事は色々とあったのですが、国の役に立ちたいと思いまして。腕っぷしも強くなく、それなら知力を活かせる仕事をと思ったのですが。まさか外交官になるとは」
本人としても望んでやっていたわけではないのか。誰かからの推薦なのだろう。俺だって自分がこの仕事に就くなんて思いもしなかった。しかも絶賛修羅場真っただ中の職場だぞ。勇者を頼りにするのは分かるが、頼り方を間違っていないか。
「意外と普通の街並みですね」
「自国は代々の勇者の影響で随分と個性的な街並みとなっております。どちらかといえば琴音様の世界に似通ったものが多いでしょう」
初めて城下町を見たのは駅へ向かっていた時。街並みを見た瞬間、元の世界に戻ったのかと思ってしまった。人材も普通ではなかったが、街までこちらの世界が侵食しているのは異常だろ。ファンタジーと現代が融合した混沌。それが本当のアルステア王国の姿だった。
「何が普通で、何が異常なのか段々と分からなくなってきました」
「この街並みが普通だと思っていただければ」
馬車の中から見える風景は西洋風。それもレンガ造りの家が多く見える。隣の国に来ただけなのに、随分と違う風景が見れるものだ。和風の国とかあるのかな。できれば温泉があると大変助かる。下手したら移住する可能性だって生まれるのが悩みだな。
「平和な世界ですね」
誰もが穏やかな表情で行き交っている。物珍しくこちらの馬車を見ているくらいで、勇者が馬車の中にいるとは思っていない様子。民にはまだ公表していないのか。それとも国へやってくるのを知らされていないのか。勇者の存在は希望であると同時に、世界規模の問題が起こったと恐怖を与えるものでもある。ならまだ知らせないのが得策かもしれない。




