12.もしかしたらですか。ただの願いだ。
如月琴音の魂が残っている可能性。それは以前から考えていた。でも、一切の反応がないから俺が考えても意味はないとも思っていた。だけど、この異世界にやってきてからもしかしたらという可能性が頭の片隅に残り続けている。
「何かやっているのか?」
「どうかしましたか?」
琴音の記憶の中にはどうにも納得いかないものがあった。それが今となって修正されていくのはなぜなのか。俺に知られたくないものがあるのかもしれないけど。多少の恥程度で俺が琴音を軽蔑するなんてないのに。
「そろそろ上がります」
「それでは私は準備をしてきます」
「本当にドレスは止めてください」
「それでは琴音様が着ておられました制服をご用意しておきます」
あれならいいか。昨日は着ていなかったから洗濯とかも済んでいると思う。着れる服があれだけというのも問題だけど、外交官として働くようになったら専用の制服くらいは支給してくれるだろう。でも社交界に招待されたらやっぱりドレスは着ないといけないよな。気が重いよ。
「それでは琴音様のご予定をお伝えします」
「この後に予定なんてありましたか?」
「アレス殿下との食事です」
着替えて、髪を結っている最中だったがその手が止まってしまった。どうして俺が殿下と一緒に夕食を食べないといけないのか、その意味を考えてしまったのだ。別に殿下へ報告するものはない。今日は自分の為の行動をしていただけであり、特異な行動すらしていない。
「まさかミサさんも私と殿下の婚姻を望んでいるのですか?」
「それは当人同士の問題だと思っております。ですが琴音様はまだアレス殿下と接している時間が少なく、どのような人物であるのか把握していないはずです」
「それはそうですが」
「ですからなるべくアレス殿下との会話を大事にしていただければと思います」
納得しかけたけど、よく考えるとそれは俺と殿下の仲を進展させるつもりだよな。かなり遠回しに言われているから気付きづらい。そこまでの努力を周囲がしてくれるのに、どうしてあの殿下は親密になる女性がいないのか。かなりの奥手とかそんな感じかな。
「別にご飯を一緒に食べるくらいならいいですけど」
「それではご案内いたします」
周りの人たちは召喚された勇者と国の重鎮が結婚するのを望んでいるのだろう。そうすれば大体の事が丸く収まるから。勇者を外へ出す必要もなく、対外的にも言い訳となる。勝手に勇者を召喚したのは問題として残るが、それ以外が解決してしまう。
「準備万端だし」
案内された部屋にはすでに殿下がいるし、食事の準備も終わっている。俺とのやる気の違いが明確に現れているな。仲が進展したとしてもそれは友人までが限界。俺と殿下が恋人同士になる未来を想像するだけで吐き気がしてくるのだ。その時点で無理だろ。
「殿下。私を狙っているのであれば諦めてください。私が誰かと婚姻するのは絶対にありえません」
このままずるずると引き摺るよりは正直に思いを伝えた方がいいと感じての発言だったのだが、殿下は全く落ち込んだ様子がない。むしろやる気をみなぎらせている。そこまでして俺を狙う理由は何なんだよ。
「君はこちらに来たばかり。つまりまだ好意を持てる相手がいないはず。今の発言ならば身持ちが固いのが分かる。ならば可能性はあるはずだ」
「微塵もありません」
素っ気なく答えて料理を口に運ぶ。今日は思いっきり動いたので腹が空いているのだ。それなのに目の前でお預けを食らうのは辛い。意味のない会話に付き合うよりは、暖かいうちに食べるのがいいだろ。そんな俺の様子にやっと情けない表情をし始めたな。
「実は困った事態になっているんだ」
「恋愛関係なら相談しても無駄ですよ」
「そこを何とか頼む!」
この国の王族はどうしてこんな簡単に頭を下げるのだろうか。身内には対応が甘いのかもしれない。だからこそ馬鹿な考えをする奴がいるのかもしれないが、俺としては悪くないと思う。厳しさで縛っても、結局は離反するものも出てくる。
「事情だけは聞きましょう」
「昨日、求婚を受けていると言ったよな」
「言いましたね。年下と年上から」
「年齢八歳の子が諦めてくれないのだ」
「他国の王族ですか? それとも大貴族の子供ですか?」
「後者だ」
ここまで引き摺っているのであればそのどちらかだと思ったのだが、どうやら当たりだったようだ。残りの問題としては国への貢献度が高く、王族に対する忠誠も高いのだろう。下手に波風を立てるよりならば、政略的な受け答えが必要なる場面か。
「好かれているのであればいいじゃないですか」
「十以上も年下から好かれてもな」
「将来、美人になるかもしれませんよ」
「では聞く。この求婚を俺が受けたらどう思う?」
「幼女趣味だと思いますね」
正直な答えを返したらガックリと肩を落としてしまった。でも政略結婚では珍しくはないと思う。元の世界なら結婚できる年齢が定められているから許嫁として保留となる。でもこちらでそのような決まりがあるのかは分からない。
「そこで君に私の許嫁として振舞ってもらえれば」
「却下です」
「どうしてだ?」
「そのままなし崩し的に私と殿下の婚姻を定められそうですから」
あとは外堀を埋められて、身動きが取れなくなってしまうとか。可能性は色々とあるが考えられる最悪の状況は変わらない。何度、俺は婚姻する気はないと伝えればいいのだ。あまりしつこいと亡命をちらつかせるぞ。
「では、何か解決策はないか?」
「受ければいいじゃないですか。殿下を知っている者たちならば政略的なものだと理解してくれるはずです」
「民たちもそう思ってくれるか?」
「良くて三割程度でしょうか」
「駄目ではないか」
民が殿下をどの程度信頼しているかによるからな。まだ城下に降りていない俺では判断しかねる。だからさきほどのは俺の予測でしかない。小さな子から慕われるのは悪い気はしないだろうけど、それが婚約を前提とされているのでは話が大きく変わる。俺だって仲間たちからロリコン扱いをされたくはない。絶対に大喧嘩に発展する。
「策ならありますけど」
「何だ。回避できるのであれば何だって良い」
「年齢が問題ならば適齢期になるまで待ってもらうのはどうでしょうか。ミサさん、貴族の婚期はいつまでですか?」
「成人と認められるのが十六歳。その二年後ですから十八歳までには相手を見つけたいと考えている筈です」
この世界の成人認定は十六歳なのか。なら今の俺でも飲酒は可能であり、誰かに飲酒を勧められる可能性は大いにある。琴音になってから酒を飲んだ経験がないから強いのか弱いのかすら分からない。まだ飲むつもりはないけど、色々と想定するなら事前に飲んで反応を確かめる必要はあるか。
「なら相手には十六歳になるまで待ってもらう。そしてそれまでお互いに良い相手が見つからなければ婚姻するという条件ならばどうでしょうか?」
「根本的な解決になっていないのだが」
「八年も時間を稼げるのですから、そこは妥協してください。それまでにご自身の相手を見つけるか、相手が運命的な人物と出会うかを祈るしかありません」
お互いが傷つかない妥協点はこんなところだ。下手に断って大貴族との関係がこじれるよりはマシだと思う。相手だって八年間も一途に思い続けてくれるのなら、殿下にとって一番良い相手となるだろう。あとは殿下の頑張り次第だ。
「八年で君を落とせばいいのか。確かにそれならば可能かもしれないな」
「だから私を巻き込まないでください」
どうして俺を巻き込もうとする。王族の権力を使えば女性など色々と自由にできるだろ。それをやったら俺でも幻滅するだろうけど。顔も性格も悪くないのに、どうして殿下には相手が見つからないのか。まさか乙女チックに運命の相手でも探しているのか。
あり得たかもしれない未来の結末。
本編では無理でしたが、こっちでならもしかしたらが生まれるかもしれません。




