11.信じていました。裏切られたけど。
どこからかやってきたミサさん以外の侍女が持っていたのはやっぱりドレスだった。広げて見せてもらったが、多分琴音としたら似合うだろうと思うもの。だけど、俺の意見は一切変わらない。本当に着たくないんだよ。
「諦めてください」
「絶対に嫌です」
「我儘を申されても困ります」
「それでも嫌なものは嫌です」
不服そうにしているミサさんには悪いが、これに関しては俺も折れる気はない。経験上、ここで折れてしまってはこの後もずっとドレスなどで着飾られるのが目に見えている。だったら最初から梃子でも動かないという意思表示をする必要があるのだ。ちなみにこの話はずっと平行線のまま浴場に到着してしまった。
「一つ言っておきます。絶対に入って来ないでください」
「お背中を流すのは侍女の役目ですが」
「結構です。自分でやれますので」
まだ男性としての意識があるのに女性に背中を洗われるのは抵抗が有り過ぎる。琴音の家族ならばなぜか平気なのだが。他の人だとまともに裸なんて見られない。琴音の影響でそれは男性でも女性でも変わらない。男性と一緒に入浴なんてしたら発狂する自信すらある。
「琴音様は私共の仕事を次々と奪っていきますね。悲しく感じます」
「今、私共といいましたか?」
「外に待機しております」
想像して血の気が引いた。複数人によって洗われるとか身の毛もよだつ思いだ。俺にとっては悪夢でしかない。彼なら喜んでお願いしますと言うだろうが、俺は全力で拒否する。嬉恥ずかしいイベントなんかじゃない。罰ゲーム以上の何かだ。
「いいですね? 絶対に、絶対に入って来ないでください!」
「フリですね。分かっております」
「そうじゃないから! 心の奥底から出ている正直な思いだから!」
脱衣所で何をやっているのやら。それにどうして異世界の侍女がこちらの芸人がやっている手法を知っているんだよ。過去の勇者は一体何を伝えているのだ。それともこれは世界共通の認識にでもなっているのかよ。脱衣を手伝おうとしてくるミサさんを振り払って、差し出されたタオルを乱暴に奪い取り、浴室へと逃げ込む。
「無駄に広い」
恐らく身分の高いものが使う浴室なのだろう。一人ではなく、侍女が何人も入ってきて手伝うのを想定しているのだと思う。一人でのんびりと過ごすには若干寂しい感じがするが、誰かが一緒だと絶対に落ち着かないのが分かっているだけにもどかしい。
「世話焼きというか、何というか」
ミサさんの対応は侍女として当たり前なのだろうが、こちらとしては若干迷惑する部分もある。仕事を奪っているのは申し訳ないが、俺にだって触れてほしくない部分があるのだ。入浴の件に関してはそれが顕著に表れているだけ。これを遠慮して譲ってしまえば、休める場所がなくなってしまうのだから。
「失礼致します」
「だから何でだよ!?」
浴槽に浸かる前に髪を洗っていたら聞き覚えのある声が後ろから掛けられた。下手に振り向けず困惑していると勝手に背中を洗ってきやがった。これでミサさんが裸だったら絶対に叫ぶ自信がある。男の頃なら眼福だっただろうが、琴音の感覚では目の毒でしかない。
「固まっておられますが、どうかしましたか?」
「何で入ってきたんですか?」
「やはり仕事を放棄するわけにはまいりませんので」
絶対に俺の反応を面白がって入ってきただろ。溜息を吐いて、苛立ち気に髪を洗ったら手を取られて止められてしまった。理由は分かるさ。乱暴に髪を洗うなとかそんなものだろう。
「髪が傷んでしまいます。私共にお任せください」
「だから何で他の連中も入ってきているんだよ!?」
予想外過ぎて反射的に後ろを振り返ってしまった。助かったのは全員が衣服を脱がずに浴室へ入ってきたことだろう。裸体ばかりだったら別の意味でのぼせて倒れてしまうところだった。それでも自分の裸を見られているのは変わらず、恥ずかしさに身を縮めてします。
「琴音様。そのように屈まれてはお身体を拭けないのですが」
「前は自分で洗えるから!」
「そのように恥ずかしがる必要はありません。ここに集まっているのは女性のみなのですから」
「私にはそれが通じない!」
同性だとしても恥ずかしいのは変わらない。それに俺の反応を楽しむように後ろから小さな笑い声が聞こえる。更には可愛いだの、美しいだの、いらない呟きまで聞こえてくる始末。俺の相手が嫌なわけではないのが知れたのはいいけど、こちらの心情はそれどころではない。心臓バクバクだぞ。
「ご遠慮なさらずに、両腕を上げてください」
「絶対に嫌だ!」
「でしたら強硬手段です。全員掛かれ」
こうなるのは予想できていたさ。どうせ抵抗したところで結果は変わらないのだから、俺を抑えにかかってきた侍女たちに抵抗はしない。下手に怪我させるのも嫌だから。浴室は濡れている上に、床は硬い。転ぶだけでも怪我の原因になってしまう。
「急に大人しくなられますと張り合いがありません」
「無駄な抵抗でしかないから。あとは嵐が過ぎ去るのをじっと我慢するだけ」
「こちらとしては助かるのですが」
後ろからつまらないという呟きが聞こえてきたが無視だ。俺は侍女たちを楽しませるために入浴しているのではないのだ。ここまで落ち着かない入浴は人生で初めての経験だよ。ずっと目を閉じて何をされているのか分からない状態にしているのに、触られている感覚で察してしまうのが辛い。
「終わりました」
「何であの攻防よりも疲れているのか」
嫌な事って感じている時間が長いよな。フラフラと浴槽へ歩き、静かに浴槽へと沈んでいく。やっと、本当にやっと心休まる時間がやってきた。せめてこの時間だけは邪魔してほしくないのだが、後ろから視線を感じる。全力でいないものとして扱おう。
「湯加減はいかがですか?」
「大丈夫です。お気になさらず」
本気で一人になりたい。誰かと一緒にいるというのが苦痛だと感じたのは初めてだよ。元の世界では一人になる機会自体が少なかった。いつも誰かと一緒にいる時間が多かったから。
「琴音様。一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何ですか?」
「答えて頂かなくても結構です。その、左手首の傷は?」
全身くまなく洗われたのだから気付かれるよな。これは琴音が自分で切った傷跡であり、俺が琴音の中に入り込んだ原因でもある。理由は俺からしたらどうしようもないもの。ただ実家から追い出されて、父親から見捨てられたと思い込んだから。あの父親にも問題は大有りだから俺としては一発殴りたい存在である。
「思い込みで絶望して、意味もなく傷つけた名残です」
「どのような意味が?」
「意味なんてありません」
本当に意味なんてなかった。自殺しても父親は振り向かず、せっかく生きていたというのに見舞いにもやって来なかった。娘をただの道具としか見ていなかったと思う。十二本家の如月家は肉親の一人に対して異常な愛情を持っている。琴音の場合、対象が父親だっただけの話。
「ご自身は大事にしてください」
「もうやりませんよ。この傷跡も今では証明みたいなものですから」
「証明ですか?」
琴音と俺との繋がり。どうして俺が琴音の中に入り込み、そして元の琴音がどうなったのかは全くの謎。だからこの傷跡が俺と琴音とを繋げているのではないかと思っている。もちろん俺は自殺した経験なんてない。ただ職場の同僚によって殺されただけの男だから。
「琴音様がよろしいのでしたら私からは何もありません」
「人の過去には色々とありますから。ミサさんだってそうでしょ?」
「そうですね。人にはあまり言いたくない過去もあります」
俺にだってあるさ。高校時代に馬鹿やっていた話なんて語ろうとは思わない。黒歴史だってそれなりにある。あれを語るくらいならこの国から逃亡する。意味がどこまで通じるか分からないが、絶対に言いたくない部類なのだ。琴音にはそんな黒歴史の様な記憶は見当たらないと思う。ただ違和感というか、こちらの世界にやってきてから偶に覚えている記憶に変化があるような感じがしてきたのだ。辻褄が合うというか、整合が取れてきているというか。
記憶の改ざんができる存在なんて一人しか心当たりがない。もしかしたら、彼女はまだいるのかもしれない。




