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「でも殿下、学校の授業はでないとダメです。試験も追試とか恥ずかしいですし。レポート再提出どころか再々提出も」
「えぇい、煩い。お前のそういうところが嫌いなんだ。不敬だろう!」
「不敬などといわれましても、最後は私の添削がなかったら再々提出のレポートすら不可になって、いまここで卒業パーティーになんか出れてませんよ、殿下」
「うるさいうるさいうるさーーい!! お前との婚約は破棄ったら破棄するんだ! 陛下の許可なんか下りなくても絶対にする! するったらするーー!!」
フィーリアの冷静な発言を、とにかく大きな声と身振りで遮ろうとしたサリオにより、リズベットは今風に盛りに盛ったゆるふわヘアーを掻きまわされ、腕の中から突き飛ばされた。
「あぁん、ようやく買ってもらったピンクダイヤの髪飾りがぁ」
乱れた髪から零れ落ちたそれをお手玉しながら必死になってキャッチしようとしたリズベットは、自分のドレスの裾を踏んで後方へつんのめり、床へお尻をついてしまった。
「きゃー」
「フィーリア、貴様、こんなに華奢で可憐なリズになにをするんだ」
豊満わがままボディのリズベット嬢には華奢も可憐という形容詞も当てはまらないと思うが誰もそこに突っ込む余裕はない。そして「突き飛ばしたのはお前だろ」という突っ込みをするものもいなかった。
「リズベット嬢、大丈夫ですか」
殿下の後ろで壁役をしていた(ぼーっと立っていたともいう)騎士団団長子息ガイ・パニエルがそっと手を差し伸べてリズベット嬢を立たせた。体格にも恵まれ、三男ながらこの春からは騎士団への入団が決まっている。黒い髪を短く刈り込み、意思のはっきりした黒い瞳をした、なかなかの好男子だ。かの子爵令嬢の取り巻きになったという噂が走って一番令嬢たちが悲鳴をあげたのは彼に対してだろう。
「あぁ、髪が乱れてしまいましたね。直してあげましょう」
器用な指で、ゆるふわ髪をさっとまとめ、受け取った髪飾りで留めあげたのは、文官として王宮への登用が決まっている伯爵令息スティーブン・クレイヴンだった。軟らかそうな茶色い髪と溶けたようなチョコレート色の瞳をした彼は常に優しい笑顔を浮かべており、令嬢人気も高い。口癖は「みんなそれぞれの可愛さがあるよね。みんな好きだよ」 殿下と一緒にリズベット嬢に侍っているところを噂されるのと同じだけ他の令嬢との恋のうわさも絶えないマメな男である。
「うん。リズベット嬢には、やっぱりサリオ殿下の腕の中が似合うと思うな」
にこやかに笑って殿下の腕の中へとリズベット嬢をそっと差し出したのは、公爵家嫡男ブレア・パリスターだ。陽に透けるような淡い金髪と宝石のような碧の瞳。無邪気で輝くような笑顔が眩しい。背が低いというほどでもないのに、なぜか周囲から弟扱いを受けることが多いと憤慨する姿がほほえましい。しかし、その成績は総合でも常に上位、理系に限っていえば数十年に一度の天才といわれている。
「みんな、ありがとう。私、サリオ殿下と幸せになりますね」
「うん。お似合いだ」「おめでとう」「幸せになってね」 ぎゅっと殿下の背中に腕を回しながら頬を染めて宣言するリズベット嬢に、3人は晴れやかな笑顔をむけた。
「お前たち。ありがとう。この素晴らしい僕が、かならずリズベット嬢を幸せにするよ。もちろん、リズは僕と一緒にいられるだけで十分すぎるほど幸福だろうけどね」
うふふあははと二人だけの世界を築きあげるサリオ殿下とリズベット嬢を前に、途方に暮れるフィーリアは
「帰りたい」そう呟いた。