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一度書いてみたかった婚約破棄物
「フィーリア・デイマック嬢。ガゼイン王国第二王子たる麗しき僕、サリオ・デ・ガゼインは、不快な貴様との婚約を破棄する」
王国の貴族子息が通うディアム貴族学院の卒業記念パーティーは在校生代表として生徒会長による開始の宣言が終わり、丁度ファーストダンスの開始を宣言されるところで、舞台となる中央にみんなの視線が集まっていた。
華やいだざわめきが一瞬で静まる。
「そして同時に、僕の天使、子爵令嬢リズベット・エネス嬢と婚約することを宣言する」
第二王子の腕の中には、濃い蜂蜜色の髪の間から媚びた視線でサリオを見上げるピンク色の瞳をした肉感的な令嬢がすっぽりと収まっていた。
「殿下、嬉しいです」
ニカっと口を開け真っ白な歯をみせてする笑顔は令嬢から右斜め45度を心掛けるのが、サリオのジャスティスだ。
決してリズベットが押し付けてくる豊満な胸の谷間がよく見える角度を狙っているわけではない。違うったら違うんだからねっ。
「サリオ殿下。私、フィーリア個人としては殿下の御意志に背くつもりは全くありませんが、それでもこの婚約は陛下のご下命によるものでございます。陛下のご許可はすでに頂いているのでしょうか。そしてなにより、”何故”とお聞かせいただけますか」
月と星のあかりを集めたような銀の髪と夕闇に煌めく海のような藍の瞳をした令嬢は、折れそうに細いその身体をすっと伸ばし、公爵令嬢として、(たったいま婚約破棄を申し渡されているとはいえ)この国の未来の王子妃としての教育を受けてきた矜持を胸に、崩れ落ちそうになる足の震えを一切外に表さないよう、細心の注意を払って訊ねた。
「貴様が、可愛いリズベットが僕の寵愛を受けることに嫉妬し、貶し、嫌がらせの数々を行ってきたことは判っている。そもそも、貴様は、この、賢くも! 麗しき! この僕の! 婚約者の座において貰っていることに感謝もせず、毎日毎日公爵令嬢としての慎みも礼節も弁えない、その無礼な態度には辟易しているのだ」
サリオ殿下とそのご学友3人組が、最終学年に転入してきたこの子爵令嬢に対して侍るように寵愛を競い合っているという噂がフィーリアの耳に届くようになったのは、わりとすぐのことだった。
最初の頃は『授業に出ず、校内のカフェテリアで輪になって談笑していた』といった今となっては些細なものから、『放課後の廊下で抱き合うように寄りそって歩いていた』『空き教室で戯れるような声がした』『特別観覧席で、みんな揃って観劇をしていた』など婚約者がいる身分のある男性としてあるまじき行為としかいえないものになるまであっという間のことだった。
そもそも、いくら学内で、学生同士でのことだとしても貴族位の女性1人に対して男性だらけで行動すること自体が破廉恥だと言わざるを得ないのに、学外でまでコンパニオンなしで出歩くとは如何なものかと眉を顰めるものも多かった。
だからフィーリアも、サリオ殿下とそのご学友トリオ、そしてリズベット嬢に対してそれとなくではあるものの何度もそれを諫めざるを得なかった。