5話 先生の秘密
先生の秘密
──ドンっ
何かの衝撃を受けて、私は目が覚める。
どうやら、ベッドから落ちたみたいだ。背中が床に叩きつけられ、ヒリヒリしている。一緒に落ちてきただろうタオルケットが顔面にかかっていたので、それを手で掴み腹の下まで下ろす。
天井が見える。
目覚まし時計が鳴ってないということは、まだ四時くらいだろうか。そう思ったら───
「え⁉︎八時⁉︎」
なんの冗談かと目をこすってみるが、そこには午前八時と書いてある電子時計があるだけ。
なぜ時計が鳴らなかったのか。そもそも、目覚まし時計が鳴らなくても流石にこんな時間まで寝ない。
そう思ったが、昨日は夜更かししていたのに気がついた。
「……そっか。昨日、警察から事情聴取とか受けてて、結局寝たのが三時くらい……。」
いやいや、でも学校に完全遅刻だから!部活の朝練もう終わってるから!ていうかお父さんは⁉︎
そう思って部屋を飛び出し、リビングに行ったが───
「……いない……。」
置き手紙すらもなかった。だが、たぶんお父さんが作ったであろう朝食が、ラップに包まれていた。
「とりあえず速攻で食べて着替えて学校行こう……。」
私は女子とは思えないほどの食べっぷりを発揮して、制服を破るんじゃないかと心配になるほどの勢いで着替える。そして、全力疾走して学校に行った。
───バンっ!
二年A組の扉を思いっきり開けたら、HRの最中だったらしく生徒の視線は私に集まる。
早乙女先生も目を丸くしながら私を見つめていた。
「す、すみません……!遅刻しま、した……はぁ。」
流石に息切れして、言葉が途切れ途切れになる。
そんな私を見て、早乙女先生は近づいてきた。
「いや……おまえの欠席報告うけてたんだけど。」
「え」
「伸弥さんから電話かかってきて……今日は休むって連絡が──」
「でも、私元気です。来ちゃいましたし。授業受けます。」
そう宣言する私。すると、ヒソヒソとクラスメイトたちが何か話している。おそらく、昨日の事件を知っているのだろう。
何か言おうとして口を開いた先生だけど、私から目をそらしてわかった、と頷いた。
席に着いて、と促されたので私は自分の席に着く。
HR中はずっと生徒からの視線が痛かった。
「はい、HR終了ー。次は……ああ、俺の授業か。技術の用意しとけよー。じゃあ、号令。」
男子学級委員が号令をかける。それと同時に生徒は散らばり始める……というのがいつもの皆なのだが、今日ばかりは自分の席について暗い表情をしていた。
ただ一人、ユナは私のもとに走ってくる。
「ナツ!」
私のことを呼びながら抱きつく変わらないユナに安堵する。
「みんな、どうしたの?なんだか元気がないようだけれど……もしかして、私の事件について何か知ってるのかな……。」
そう私がぼやいたら、ユナは頷く。
「もちろん。みんな知ってるよナツの事件のことは。まぁ皆意外と空気読めるから誰も質問してこないけどね。」
たしかに。誰も私に質問しに来ない。心の準備はしておいたんだけどな……。
「ただね、元気がないのは他にあるんだ。」
ちょっと来て、と私を手招きしてユナは教室を出る。私はそのあとを追った。
着いた先は女子トイレで、ポケットから何かを取り出したユナ。
「え、それ……スマホじゃん。ダメだよユナ。学校にスマホ持ってきちゃ。」
「わかってるよ。だから女子トイレまで呼び出したんじゃん。」
なるほど。教室で堂々と使ったら、流石にバレるもんね。
「これ、見てほしいんだけど……。」
そう言ってスマホの画面を私に向けるユナ。私はそれを見て首を傾げる。
「なにこれ。」
「これね、この学校の裏掲示板なんだけどさ。ここの生徒はほとんど、これの存在知ってる。」
なるほど。それを私は知らなかったと。時代遅れにもほどがあるわ。
「それでね。昨日話題に上がってたのがウチの担任……早乙女先生なんだけど。」
へぇ。そんなところでも人気なんだ、早乙女先生。
「それでネットに詳しい先輩が早乙女先生の情報をここにたくさん上げてて……。それで……。」
「よくない情報がたくさんあったの?」
そう聞くと、ユナは一つ頷いた。
画面を凝視したら、私は目を見開いた。〝犯罪者の息子〟 〝暴力団幹部の息子〟
そんなことが、たくさん書いてあった。
「この掲示板、早乙女先生本人は参加してないんだけど、数人の先生は参加してるんだよね。」
そこまで聞いて、私は悟った。
早乙女先生のこの事実を上の人たちが知ったら、教師としての立場が危うくなるのだ……と。
「どうしよう、私たちの担任が……っ!」
珍しくユナが取り乱しているとき、この空気を壊すチャイムが鳴った。
「あー。二十分も余っちゃったなー。ここからはもうテスト範囲の関係で進んじゃいけないからなー。残りは自習の時間にするかー。」
生徒に話しかけているのか独り言なのかわからない先生の言葉で、みんなは教科書とノートを閉じる。
どうやら授業の進行が早かったらしく、時間が余ったらしい。だから後の時間は自習になったのだが……。
「先生、ひとついいですか。」
いつもポケットに手を突っ込んでいる男子生徒が気だるげに先生を見た。なんだ?、と言って首を傾げた先生を少し睨んで、男子生徒は続ける。
「昨日、学校の裏掲示板で貴義先生の話になったんですよ。」
その言葉に、先生がピクッと反応して眉を動かす。
「その話が本当なのか、今ここで話してくれませんか?」
そう問いかけた男子生徒に、先生は頷く。きっと先生も、大方見当がついているのだろう。
「じゃあ、暴力団幹部であり犯罪者である人の息子だってのは本当ですか?」
「本当だよ。」
先生は教卓にもたれかかりながら即答する。そして、チラリと私を見た。
「井立。嫌なことを聞くかもしれないが〝早乙女貴仁〟って知ってるか?」
その問いかけに、私は頷く。
よく、知っている。彼は……私の母を、弟を殺した人物だ。お父さんもそれで怪我をした。彼は、暴力団幹部で───あれ?
暴力団、幹部?それって──
「俺は早乙女貴仁の息子だよ。井立沙月と君の弟を殺した、暴力団幹部の、ね。」
私は目を見開く。
先生の言葉でシン、となる教室は私の言葉を待っている。でも私は、言葉が出ない。
隣の教室からは大きな笑い声が聞こえて、窓の外から入ってくる日差しは私を責めているかのように強い。この沈黙が、怖かった。
「……憎かったら責めていいよ。俺が悪いんだ。俺の父親がしたことは、俺が償うから……だから……。俺を、赦さないでくれ。」
先生の瞳は、いつものように綺麗なものではなくて、どこまでも濁って、暗くて。
私は思わず立ち上がる。
何かを覚悟したような先生の顔を見ながら、私は叫ぶ。
「二年A組、出席番号五番、井立夏月は、早乙女先生に反論したいと思います!うるさいと思うので、耳を塞いでも大丈夫です!」
そう言ってもみんなはポカン、としているだけで誰一人として耳を塞がない。
だから、私は言う。私の恩人に、私の太陽に。
「勝手に自己嫌悪に陥ってないでよ!迷惑!面倒!うざい!」
「⁉︎」
「〝俺が悪い〟?〝赦さないでくれ〟?知りませんよ。責められなきゃ生きれないんですか、ドM変態野郎!」
「え。待って、俺ドMじゃない……。」
なぜか変態だということは否定しない早乙女先生。
なんかいちいち反応が面白いので、私は鼻で笑う。
「そんな変態野郎の願いなんて聞きません!言っときますけどねぇ、私はあなたに救われたんですよ⁉︎そんな人を責める権利なんて私にはないですし、第一別に憎しみの感情は先生にはありません。」
「……え?」
「私が憎いのはあくまでも〝早乙女貴仁〟です。〝早乙女貴義〟ではないです。」
信じられない、という表情をした早乙女先生に私はキョトンと首を傾げる。
「……伸弥さんも言葉は違えど俺を責めたりしなかった。なんで?なんでそんなに肝が座ってるの?」
「肝が座ってる訳じゃないですよ。ただ、私は先生が責任を負うばかりなのは可哀想だと思っただけです。」
「かわいそう?俺が?」
「だって、お母さんは先生の先生だったんでしょう?だったら、悲しむべきなのは先生だと思いますけど。」
だって、私はお母さんとの思い出が多い訳じゃないし、早乙女先生は特にお母さんに対して特別な感情があったらしいし。本当に悲しむべきなのは、先生なのではないだろうか。ただ単純に、そう思ったのだ。
そんなとき、先生は自身の顔をその大きな手で覆う。
「……待って。先生、泣いちゃう。生徒の前で泣きそう。」
「え。泣かないで。面倒だから。」
「返答がクールすぎて涙が引っ込みました。」
そう言いながらも手はずっと顔を覆っていた。
……あ、泣きそうって言ってたけどもう泣いてたんだ。
「……初めて、そんなこと言われた。」
ポツリ、と吐き出す先生。
「俺はずっと、父の罪を償って生きていくんだと思ってた。自分は、悲しんじゃダメだって。本当に悲しいのは家族の方だからって……。」
「違いますよ、先生。家族なんて関係ないんです。それがどれだけ遠い関係でも。その人の死が悲しかったら、泣いてもいいんです。泣く権利は、誰でも持ってますから。」
そう言ったら、静かな教室に嗚咽を我慢する先生の呼吸が響く。
「先生。」
「貴義先生。」
誰もが、彼の名前を呼ぶ。優しい声で。包み込むような優しさを含んで。
だって、これはいつも彼がしてくれたことだから。
彼は、人の目を見て話していた。ときに生徒の立場になって一緒に絡んだり。先生として優しく叱ってくれたり。
私は……いや、私たちはそんな彼が大好きなのだ。
「先生、泣いてますよね?」
「泣いてないもん。」
もう掠れてる声が返ってくる。しかも、もう嗚咽も漏れている。でも彼は、嘘を貫き通そうとしていた。
「……ありがとう。泣いていいって言ってくれて、ありがとう。」
ひたすら私に礼を言う先生にみんな呆れている。
「先生、泣いてますよね?」
再度問うと───
「泣いてます。めっちゃ泣いてます。」
素直な答えが返ってきた。その言葉に、みんな大きな声で笑う。ああ、いつもの教室だ。ただ、その笑いに私が加わっていること以外、何も変わらない。
「先生、じゃあもう一ついいですか。」
ポケットの中大好き少年Aは挙手して先生に問う。
「その髪のことなんですけど……。」
その質問に反応したのは、ちょうど椅子に腰かけた私だった。
そうだ。昨日、お父さんがそのことについて何か言っていた。
「ああ、これはそろそろ話そうと思ってたんだよ。」
手で顔を覆いながら先生は語り始める。
「俺の母親ね、女の子が欲しかったんだって。だから俺は小学生に上がるまでは女として育てられてたんだ。」
「え。先生、オカマなんですか?」
突然の告白に、つい口から出た言葉。それを聞いて、先生は大爆笑。教卓にうつ伏せになりながら肩を震えさせる先生に、私は痺れを切らしてじゃあなんなんですか、と聞く。
「俺はまったくそんなの望んでなかったよ。俺は男なのに、なんで女の格好しなくちゃいけないのって。なんで普通の子と違うことしなくちゃいけないんだって。」
どうやら先生はオカマじゃないようだ。よかった。
なぜか安堵する私。先生は語りを続ける。
「で、小学生になったら俺が本気で拒絶し始めたから、女の格好はしなくてよくなったし、普通に男子と遊べるようになった。だけど、髪だけは伸ばせって言われてね。そんなとき、中学……二年生の頃だったかな。おまえらと同じ年代の頃、うちの両親が養子を取ったんだよ。その子は女の子でね。念願の女の子が手に入った母親は、もう俺に何も言わなくなった。今まで散々、俺に変な格好させて髪を伸ばさせたくせに女の子の養子をとったら、もう俺のことなんてどうでもよくなったんだ。だから俺はそのとき、髪を切ってるんだよ。だけど、その養子の子も嫌気がさしたのかな。家を出てったんだよ。そしたらまた母親がさ、俺に髪を伸ばせとか言ってきて。信じられる?自分勝手にも程があるよね。しかも今現在もたまに髪を伸ばしているか確認しに来るんだよ。」
なんかいきなりペラペラと喋り始める先生。
ああ、先生……。いろいろ、溜まってたんだな。ストレスで性格が逆に明るくなってたのかな。……怖いな……。
愚痴る先生もたまにはいいけどね。
「だから髪を伸ばしてるんだ。俺、べつにオカマじゃないからね。ちゃんと男の子だからね。どこにでもいる、フツーの男性だからね。」
重い過去と責任を背負っている貴方は決して普通じゃないです。
そんな環境でも他人のことばっかり心配する貴方はやっぱり普通じゃないです。
「まぁ、こんなところかな。ありがとね、俺の愚痴聞いてくれて。」
涙を拭いながら、再度私たちに礼を言う先生。
真っ赤に腫れた目の下。それは、私たちの心が一つになった象徴であった。
───キーンコーンカーンコーン
先生の真実を訊いていたら、もう二十分も経っていてみんなも驚いている。
「さて。まぁ、チャイムも鳴ったし号令かけて。」
そう言って先生は男子学級委員に目配せする。
そして、号令がかかった瞬間───
「タカくーん!」
大声で早乙女先生を呼んで教室に飛び込んできた人物あり。
その人は、朱色という異様な髪の色を持つ、色白の人だった。
この人は、何度か拝見した。だってこの人は───
「相変わらず、何かあったときには駆けつけてきますよね。理事長先生。」
そう。このおちゃらけた性格で有名な人は、この学園の理事長なのだ。
ジトっとした目で見据える早乙女先生に、理事長先生は胸を張って言う。
「そりゃあ、俺はここの支配者だからなー。この学園にいる限り、俺に隠し事はできないんだぜ。」
そう言って、意味深な笑みを浮かべてユナを一瞥する理事長先生。
ああ、スマホを所持してたのバレたな。あとで注意されるな。
「ねぇねぇ、泣いてたんだろ?俺が慰めてあげるぜ!」
ウェルカム!、と両手を広げた理事長先生。おそらく、この胸に飛び込んでおいで!、と言っているのだろう。
すると、早乙女先生は首を横に振る。
「理事長先生が騒がしいので涙はどこかに行きました。」
そう淡々と述べる早乙女先生の目には、本当に涙はなかった。
「Oh……。ところでさぁ、なんかよそよそしいぜ、タカくん。俊先生って呼んでよ。いつもみたいに。」
理事長先生は榊原俊といい、完全な日本人なのだが日本人離れ……いや、人間離れした異様な髪と雰囲気を持っているので、一部から〝異界人〟と呼ばれている。
そんな世にも奇妙な理事長先生は、早乙女先生と仲がいいらしく、プライベートでも一緒にいるときがあるのだとか。
だから普段は名前で呼び合っているのだが……。今はなぜか名前呼びしていない。それを、理事長先生は指摘しているのだろう。
「今はそんな気分じゃないんですよ、深い意味はないです。」
そう言った早乙女先生に、理事長先生は唇を尖らせた。
「ふーん、そっかー……。」
切なそうに呟いた理事長先生は、何かを思い出したかのように早乙女先生に詰め寄る。
「この教室に、来訪者が来るぜー。」
ニヤっと笑う理事長先生に、私を含めたみんなが首を傾げる。
その様子を見て、下弦の月のような弧を描いた笑みを浮かべる理事長先生。
「失礼します。」
そう言って、教室に現れたのは───
「一ノ瀬先生!」
またしても初登場、一ノ瀬明先生だった。
彼は一年B組の担任で、今年入った新任の先生なのだが、始業式の時点から〝顔が整っている〟と話題になっている。
たしかに、その容姿は私のお父さんと同じくらいか……それ以上だ。
だが私は父の、〝自分はイケメンだ〟という自覚持ちの性格を知っているので、あまり顔が整っている人は好まない。
だがやはり私と同意見の者は少ないようで、一ノ瀬先生の周りには多数の女子生徒が群がる。
その軍団に鼻の下を伸ばすのかと思いきや、気にも留めない様子で早乙女先生に話しかける。
───どうやら、自分に寄ってくる女の子には塩対応のようだ。ますます、お父さんに似ている。
「あの、今回の一年生キャンプについてなのですが……。」
そう始める一ノ瀬先生にああ、と早乙女先生は頷く。
「会議の書類でしょ?」
目元を擦りながら問う早乙女先生に、一ノ瀬先生ははい、と頷く。
ちょっと待ってねー、と早乙女先生は席を立ち、デスクの引き出しを漁り始める。
その様子を見て、女子生徒たちは遠慮なく一ノ瀬先生にベタつく。
「一ノ瀬先生〜、うちのクラスの副担任になってくださいよ〜。」
「そーですよ〜。」
さっきまでの感動シーンはどこへやら。女子たちは思いっきり一ノ瀬先生に媚びを売っている。
それに早乙女先生も苦笑しながらなにかの紙束を一ノ瀬先生に渡す。
「ありがとうございます、早乙女先生。」
「いいえ〜。……ところでね、一ノ瀬先生。」
はい、と少し首を傾げて返事をする一ノ瀬先生に、早乙女先生はムゥっと頬を膨らませて言う。……え、なんか可愛いんですけど。
「俺のことは下の名前で呼んでって言ったでしょ。苗字は嫌いなの。」
その言葉で、そういえば私もずっと先生のこと苗字で呼んでいたなと思い出し、今度からは名前で呼ぼうかなと考えていたら、私はあることに気づく。
女っぽいからこの苗字が嫌いだ、と以前先生が言っていたが、もしかしたら父親と同じ苗字が嫌だったのではないかと思ったのだ。
まぁどちらにしても、先生がこの苗字が嫌いなことは変わりないのだが。
「……ですが、自分はあまり名前で呼ぶことをしないし……。それに、自分は後輩ですから。」
年上のまえでは一人称を俺から自分に変える一ノ瀬先生に、少し讃美する。
お父さんはあんまりそういうことしないからな……。そもそも、あんまり下の立場にいることってないし。
傍から見たらどうでもいいことをただひたすらに考えていると───
「後輩だって自覚してるなら、先輩のお願いは聞いてよー!苗字呼びは嫌だ‼︎」
子供みたいに駄々をこねる貴義先生に、若干引きながら一ノ瀬先生はモゴモゴと言う。
「じゃあ……貴義先生……で、いいですか?」
その言葉を聞いた瞬間、コクコクとひたすら頷いている貴義先生に、先程までほぼ空気と化していた理事長先生が爆笑する。
「相変わらず子供っぽいなー、タカくんは。愛らしくてとってもいいことだけど。」
「え。どこがいいんですか、こんなの……。」
「あー、明先生が先輩に向かって〝こんなの〟とか言ってくるー。しかも、いきなり毒舌発揮しちゃってるー。」
語尾を伸ばしてわざとらしく言っている貴義先生に一ノ瀬先生は失礼します、と淡々と述べた上に教室の扉をバン、と閉めてその場を立ち去ってしまった。
「塩対応だなー、アキラくん。まぁいつものことだけどな。でも、もしかしたらタカくんのこと嫌いになったかもねぇ。」
ニヤニヤしている理事長先生に、ガーンという効果音が付きそうなほど項垂れている貴義先生。さっきから巻き起こる先生たちの茶番に、生徒たちは笑っている。
今日もこの学園は、平和です。