幕間 優弥の夢
優弥の夢
真っ暗な部屋の中に一人、蹲って静かに涙を流す昔の僕の嗚咽が聞こえる。それを今の僕は、ただただ見ている。
今も昔も、僕は変わらないのか。ずっとずっと、この部屋に閉じこもっているのか。
そう、あの日から───
「すごいわね、伸弥!」
母の声が聞こえて、僕は顔を上げる。母は百点と書かれたプリントを片手に持って、シンの頭を撫でていた。
シンが中学生になって初めてのテスト。なんとシンはすべての教科で百点を取った。だから褒められているのだ。僕は自分の手元を見る。九十点台の五枚あるテスト用紙。まぁまぁ高得点だ。
いつもだったら、僕を褒めてくれるのに。今回は僕の方を見もしない。シンばっかりだ。シンだけが甘やかされるのは慣れている。でも、僕も頑張って高得点を取ったのに初めてのテストで大して勉強もしていなかった伸弥が、僕より高得点を出したのだ。さすがに耐えれない。
僕は頑張ったんだよ。だから九十点台を取れたんだ。死に物狂いで勉強したんだ。なのに、なんでシンなの?なんで勉強もあんまりしてなかったシンがみんなから褒められて、いい点をとれるの?
そう質問したかったけど、言葉にできなかった。だってその答えは、神様しか知らないことを分かっていたから。
だったらきっと、神様は意地悪だ。理不尽だ。僕の方が頑張ったのに。なんで結果は伸弥にいくんだよ。
そんな風に考えると、自分がひどく小さく見えた。妬みなんて醜い感情、人間にはいらない。僕にはいらない。そう思って、僕はずっと黙っていた。そうすると、僕はただの空気だった。
それからずっと、シンは百点を取り続けた。それからずっと、僕は点数が下がっていった。ずっと頑張っているのに、結果には繋がらなかった。シンは、一度見たものを忘れることはないらしい。だから、教科書を読んだだけですべて頭に入るのだ。
そんなの、ずるい。努力もしてないのに。そう思ったけど、僕はずっと我慢した。
シンの名が学校に知れ渡った頃、僕はクラスのやつらから言われた言葉を、忘れたことがない。
「弟は天才なのに、おまえは普通だよな。」
「弟くんの方がイケメンだしなー。おまえより、弟くんの方がいいじゃん。」
何も知らないくせに、嘲笑うかのように言うクラスメイトが憎かった。でも、我慢した。そうしたら、いつのまにか友達もいなくなった。全員、僕を捨ててシンの方に行った。
「ねぇ、なんでこんな点数なの?前はもう少しよかったじゃない。」
僕は母さんの言葉に耳を塞ぎたくなる。もうすぐ卒業というところで、ひどい点数を取ってしまったのだ。だから僕は母さんに怒られている。
「なんでできないの?伸弥はずっと百点なのよ?」
それはこっちが訊きたい。僕は頑張ってるよ。シンは、頑張らなくてもできちゃうんだ。比べないでよ。素質が違うんだよ。神様は意地悪なんでしょ?だから僕はこんなことになってるんでしょ?
神様に押し付ける僕は、心底小さな存在だ。ここにはいないから、誰も知らない存在だからとすべて神様のせいにするんだ。みんなみんな、そうなんだ。
「なんで失敗しちゃったのかしら。」
呆れたようにため息をつく母さん。その言葉を聞いて、僕は泣きそうになった。
貴女が僕を産んだのに、僕を失敗作というのか。僕よりもシンが大切なのか。何がなんだか分からなくなって、僕は弾かれたようにその場を離れた。母さんは、追ってもこない。
僕は自分の部屋に戻った。一人で泣こうと思ったのに、部屋には僕以外にシンがいた。
「ユウ、この本借りていい?」
呑気に僕の名を呼んだシンを見て、足の先から頭のてっぺんにジワジワと何かが這い上がってくる感覚がした。今まで我慢してきたものが、全部溢れ出そうだ。
「……ユウ?」
僕よりも〝アレ〟の感知に優れているシンは、僕の様子に異変を感じたのか首を傾げている。
「おまえが産まれたせいだ……。」
「え?」
「おまえが産まれなければ、僕は母さんと父さんの〝一番〟だったのに。おまえがいなければ、僕は友達とずっといれたのに。おまえがいなければ……おまえさえ、いなければ……!」
神様、僕は前世に何かしたのでしょうか。僕のことが嫌いなんでしょうか。
ああ、そうか。僕が悪い子だからだ。だって……。
「ユウ!」
僕は本気で、シンを殺そうとしたのだから。
僕はあのとき、シンの首を思いっきりしめた。それに気づいた父さんが僕を止めてくれるまでずっと。
その事件から、母さんと父さんはすごく僕に気を遣ってくれたり、クラスメイトたちも僕にすごく優しくしてくれた。
望んでたことなのに、僕の心は乾いていた。その優しさは〝表面だけ〟だけであったのを理解したからだろう。
シンには、後遺症が残った。僕が長い間首を絞め続けたのが原因で、喉が正常に機能しないことが稀にあるのだ。つまり、呼吸困難をおこしたりする。そんな最低な僕を、シンは赦してくれた。大丈夫だよ、と言ってくれた。
だけれどシンは、あれから僕のことを一度も〝ユウ〟と呼んでくれていない。
───これが、ただの夢だったらよかったのに。