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星空の下で君の笑顔を思い出す  作者: 今宵 涙愛
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2話 授業参観

 授業参観


──ピピピ、ピピピ

 機械的な音がして、私は目を覚ます。タオルケットを自分の体から引き剥がすと、上半身を起き上がらせて目覚まし時計の音を止める。

「はぁぁー……」

 眠い目をこすり、背伸びをするとベッドから下りた。そして、洗面所に向かう。

 階段を下りる最中、私は大きな窓の外に目を向ける。太陽の光が雲の間から差し込んで、地面を照らしている。その光景は幻想的だったが、私の気持ちを不快にさせた。だが、それがなぜか分からない。

 …………なにか、悪い夢を見ていたような気がする。

 そう思うと、弾かれたように私はその場を後にした。

 洗面所につくとまず、顔を洗った。それから歯を磨く。

 まえにお父さんから〝朝食のまえに歯を磨いた方がいい〟と言われたので、今も続けている。

 ……なぜ朝食より先に磨いた方がいいのか、理由を教えられてないので全くわからないが。

 シャカシャカ、と歯を磨いていると……。

──ギィ

と洗面所の扉が開いた音がした。

「……お父さん」

 珍しい。朝、私よりも遅く起きて遅く食べて遅く出勤するお父さんが、洗面所にいる。

 パジャマ姿のお父さんを見るのは、もしかして初めてかもしれない。……まぁ、どんな姿でも華やかなのは変わりないが。

「おはよう。……歯磨き中は喋らなくていいんだぞ。」

 要するに、歯磨きをしている間は挨拶もいいと。了解です。

 お父さんは、たしかに無愛想だけれど挨拶はきちんとする。

 お父さんも顔を洗って、歯磨きをする。

──シャカシャカ

 歯ブラシで磨く音だけが響いて、なんだか恥ずかしい。昨日お父さんの新しい一面を知ったので、そのあとの無言は厳しい。

 とりあえず歯磨きを早く終わらせて、朝ごはんを食べて、制服に着替えた。

 その間の無言だった時間を破るように、お父さんは玄関のドアノブに手をかける私に、声をかけた。

「夏月。今日、楽しみにしておけ。」

 含み笑いで言ったお父さんは、踵を返してリビングに向かう。

「???」

 意味がわからなかったが、とりあえずその背中にいってきます、と言葉を投げかけた。

 

「おはよ〜ナツ。」

 玄関の扉を開けると、いつものようにユナが待ってくれていた。

「おはよう、ユナ。待った?」

 するとユナは首を横に振り、私の手を取る。

「今来たところだよ〜。さ、行こ〜」

 私たちは肩を並べて、学校に向かった。

 

「おはよう。井立、瀬戸。」

 校門の前に着くと、私たちの担任・早乙女先生が挨拶をされたので、私も軽く会釈する。

 早乙女先生は、太陽のような人だ。いつも笑顔でいるし、生徒にも人気がある。『早乙女』という女性みたいな苗字を気にしているので、名前の『貴義』で呼ぶ生徒もいるが、特に早乙女先生とは接点がないので、私は苗字で呼んでいる。

「井立、お前って学級委員だよな。」

 いきなり私を指名する先生。たしかに私は学級委員だ。だからコクン、と一つ頷くと先生は、ガシッと私の肩を掴む。

「授業で使うプリントがたくさんあってさー!俺腰痛めてるし、運ぶの手伝ってくれるか?」

 キラキラとした期待の眼差しで先生が私を見つめる。

 先生は、お茶目だ。物言いやキラキラの眼差しで、余計に子供っぽい雰囲気を醸し出している。まるで小学生の男の子と話している気分だ。

 だからそんな眼差しで頼まれたら断れる訳がないし、何しろ相手は先生だ。答えは自然と決まってくる。

「はい、わかりました。支度が整ったら、職員室に向かえばいいですか?」

「いや、資料管理室に来てくれればいいよ。ありがとなー、井立!」

 そう言って、颯爽と職員室に向かう早乙女先生。なぜかその間、ユナは不機嫌そうに眉をひそめていた。

 

「じゃあコレ、クラス順に分けてくれるか?」

「はい。」

 たくさんの資料が棚に積まれ、薄暗くて埃の臭いがするこの部屋・資料管理室にて、私は先生から束になったプリントを手渡された。

 先生曰く、『そもそもプリント分けるの忘れてたから、分けるのも手伝ってくれね?』だそうだ。はぁ、よりにもよってこんな部屋でなんて……。

 私はこの部屋が嫌いだ。なにせ、この部屋は汚い。潔癖症の私からすれば、地獄のような場所である。といっても、そこまで過度ではない。……はずだ。

 ああ、いけないいけない。今は作業に集中しなくては。

 私は無駄な思考回路を排除して、作業に取り掛かる。だがそれは先生によって無駄になる。

「なぁ、井立。」

 先生は私の名を呼ぶ。

 まだ何か用があるのだろうか。だとしたら、早く終わらせてほしい。一刻も早く、私はこの汚れた部屋から出たいのだ。

 そう思って先生の方へ振り向くと……。 

 先生はいつもらしくない、真剣な眼差しで私を見つめていた。

 少し驚いたが、冷静に私は返す。

「なんでしょうか?」

「……お前、ホントはそんなに冷静沈着じゃないだろ。」

「え?」

 ……何を、言っているのだろうか。私が……私の本心なんて、誰もわかるはずがない。

 動揺した心を隠しながら、私は言う。

「なんのことですか?」

「ほら、今だって。動揺したの隠しただろ。感情を隠すな。」

 眉をひそめて、早乙女先生は言う。カーテンから漏れる光が先生の背に当たって顔に影ができ、それが余計先生の顔を怖く見せる。

 私は先生に指摘されて、ぐっと言葉につまる。

 ……よまれている。誰も、気づかなかった私の本心が。先生は、見えているのだ。

 私が俯くと、先生は私の頭にポンポンっと手を置く。

「ゴメンな、ちょっとキツい言い方になったかもしれない。べつに、俺は怒ってる訳じゃないんだ。……お前がいつでも冷静にみせているのは、怖いからだろ?人の輪に入って、傷つくのが。」

 私は目を見開いた。この人は、エスパーでも使えるのではないだろうか。そう、私は人の輪に入るのが怖いのだ。

 誰かに嫌われたらどうしよう。誰かを傷つけてしまったらどうしよう。いじめられたらどうしよう。

 そんな考えが、私を蝕んでいるのだ。

 そんな思いをするのなら、私はそもそも他人と距離を置いた方がいいだろうと、ユナ以外の人とまともに話したことはないのだ。

「自分を押し殺してまで、〝冷静沈着な優等生〟を演じなくてもいいんだ。……青春は短い。その貴重な時間を、ツマラナイ演技で埋め尽くすなんて嫌だろ?」

 ひどく優しい声で先生が言うから私はコクン、と素直に頷いてしまった。

「素直でよろしい!…………俺はさ、お前と逆なんだ。」

「え?」

 私は先生を見上げる。そうしたら、早乙女先生はどこか懐かしそうに言う。

「俺は〝明るくてなんでも許してくれる優しい子〟を演じてた。ホントは傷ついてるのにいつも笑ってた。痛いのに、苦しいのに。疲れたのに。ずっと、ずっと無理して笑ってた。そしたら本当の笑顔が、感情が分からなくなって俺は〝人形〟になった。」

 孔雀緑色の目は先生の悲しみを際立たせていて、その瞳に私は引き込まれそうになる。

 そうなんだ。先生は私と逆の立場だけど、同じ……いや、もっと辛い思いをしてたんだ。

「でも、そんな俺の前に救世主が現れたんだ。だから俺は、ここまで生きていけた。……俺は、お前の救世主になりたい。俺と同じようなお前を、助けたいんだ。」

 そんな大きな存在になれないかもしれないけどな、と笑いながら早乙女先生は言う。

 その笑顔は誰かに……いや、私のお母さんに似ている。

 先生は資料管理室のカーテンを開ける。

「お前が暗い気持ちになったときは、俺が照らしてやるから。太陽みたいにさ!」

 そう言って笑った先生は、眩しかった。でも、私は先生の光に照らされているなら、〝本当の自分〟になれる気がして、自然と元気になれるのだ。だから、ありがとう。早乙女先生。

 貴方は、私の太陽だ。

 

 あとで私のために時間を割ってくれたのかと先生に聞いてみたが、どうやら本気でプリントを運んでもらいたかったらしい。とても先生らしいと、私は久しぶりに笑った。

「授業始めるぞー。学級委員、号令を。」

 その先生の声で、現実に引き戻される。私は慌てて起立、と声を上げた。

 ヒソヒソと廊下や教室の端で声を潜めて話す大人たちを目の端で捉えながら、背筋を伸ばす。ああそうだ、今日は授業参観だった。先生だっていつもの黒いTシャツの上に真紅色のパーカー姿じゃない。きちんとスーツを着ている。

 うーん、授業参観って苦手なんだよなぁ。この緊迫した雰囲気といい、いつも通りにふざけてくれない男子といい……。

 そんなことをあれこれ考えていると、私と早乙女先生が運んできたプリントが前の席の子にハイ、と手渡された。とりあえず私はありがとう。と言っておいた。

 早乙女先生は、プリントについての説明をしていく。私はその話を聞きながら、窓の外を眺めていた。

 今日も空は綺麗だ。青くて澄んでいて、なんだか偉大で。その空は太陽というまた大きな存在を際立たせている。

 今日の空の色は……鴨頭草色だな。

 私は無意識にプリントへ手を伸ばし、メモを取る。『鴨頭草』と書いて、また空を仰ぐ。

 美しい。一言で表すなら、きっとそうだろう。

 授業が退屈だから窓の外を眺めている訳ではない。空が、私を引き込んでいるからだ。私は、空が好きだ。特に星空が好きだ。漆黒の夜空に光る星々。想像するだけでも、私は鳥肌がたつのだ。

 空のことを語りだしたら、とまらなくなる。空の話をしているときは、本当の自分になれるからだ。

 まえにユナと空の話をしていたら、ドン引きされてしまった。…………不甲斐ない。

「じゃあこのプリントに教科書の内容まとめてくれー。はい、はじめ!」

 いつのまにか話が頭に入ってこなくなっていた。何をすればいいのか分からない。

 でも早乙女先生は、私みたいに話を聞いていない生徒のために、黒板に先程話していた内容をわかりやすくまとめていた。

 正直、ありがたい。

 私は黒板の字を黙読してプリントに教科書の内容をまとめはじめた。

 

 そんなに時間が経ってない頃、プリントが終わった。このあと発表に移るだろうが、もう少し時間を取るだろう。そう思って私は後ろの大人たちを見る。すると、ある低身長男性と目があった。その人は私にウインクをとばしてきたので、私はとんできた星マークを避ける。

 このいかにもチャラそうな人は、優弥さん。お父さんの兄であり、とても小柄な人だ。そして、可愛らしい……基、童顔の持ち主だ。少し長めの金髪を後ろで結っていて、柔らかい葵色の瞳が私は好きだ。

 今日も、来てくれんだ。私は嬉しくなる。

 優弥さんは、いつも授業参観に参加してくれる。優弥さんの姿を見つけると、すごく安心するところは、自分の子供っぽい部分だと思う。

 優弥さんは口パクで、何か私に伝えようとしている。だけど私には分からなくて首を傾げると、優弥さんは隣に立つ人を指差す。私もつられてそちらに目をやると……。

「えっ?」

 驚きのあまり声を出してしまい、慌てて口を手で塞ぐ。数人の生徒がこちらを見たが、あまり気にしていないようだ。

 私が声を上げてしまったのは、優弥さんの隣にいる人が……紛れもない、お父さんであったからで…………。

 優弥さんはいつもその身長と金髪で目立っていたが、お父さんは顔の整い具合で目立っている。……正直、とても困るのだが。と言うより、なぜお父さんは授業参観に来ているのか。昨日、久々の仕事休みだったであろう。なのになぜ今日も……。

 疑問に思うことばかりだったが、嫌な気持ちはしなかった。私にも、お父さんが来てくれて嬉しいという感情があるのだろうか?

 わからない。お父さんは、理解不能だ。

「はい、ひとまずそこまで!じゃあコレまとめられた人で、発表してくれる人ー!」

 プリントタイムが終わり、授業が再開する。私はただお父さんがここに来た理由を、ひたすら悶々と考えていた。

 

「よし!じゃあ今日の家庭科終わり!次、保健体育だから遅れるなよー。学級委員、号令。」

 先生の呼びかけで、男子の学級委員が号令をかける。そのあとはそれぞれ仲良しグループで散らばっていった。

 その中で、〝ゆるふわ女子グループ〟と有名な団体がある人の方へ向かう。

 そのある人はもちろん……私のお父さんだった。

「あの……井立、伸弥さんですか?」

 可愛い上目遣いで一人の女子がお父さんに問う。その顔に翻弄されるまでもなく、むしろ怪訝な面持ちでお父さんは口を開いた。

「そうだが……なぜ、俺の名を?」

「弁護士さんですよね⁉︎日曜日にやってるテレビ番組、見てまして!」

 女子グループのみんなは、くりんくりんの瞳を輝かせる。

 かえってお父さんは、平然とした顔で佇んでいる。

 女子が言っているのは、お父さんが毎週出演しているテレビ番組のことだろう。有名な弁護士や政治家が集まって最近の世の中について話し合うつまらなそうな番組。

「ああ、あれか。俺の顔も知れ渡っているのだな。」

 一人で満足そうにコクコクと頷くお父さん。

 うん、知れ渡っているよ。〝優秀でイケメンな弁護士〟って。近所でそこそこ話題になってるよ。

 話を聞いていたのか、クラスの中心グループの人たちが、お父さんの周りを囲うように群がってきた。それと同時に、ユナがこちらに向かってくる。

「ナツナツ、あの人ってもしかして──。」

「〝井立〟ってことは、夏月さんの父親ってことですか⁉︎」

 ユナの言葉を遮るように、男子が声を上げて、私を指差す。

 それに呆れたようにお父さんは言う。

「人を指差すな。…………まさしく、夏月の父親だが。何か?」

 その直後、視線は私に集まる。内心焦ったが、澄ましてみせた。私を心配したのか、ユナが顔を覗き込む。

 そんなことも知らず、男子は続ける。

「夏月さん弁護士の娘だったのかー。だから、頭いいわけだ。」

 それにピクっと反応したのは私ではなく、お父さんだった。

「成績がいいのはその者の努力だ。逆に『うちの親はバカだから、自分もバカだ』とか思う者は遺伝に全て擦りつける救いようのない阿呆だ。だから、遺伝で決めつけるのはよくない。」

 子供に叱るような口調でお父さんは言う。呆気にとられたように男子生徒はポカン、としていた。

 ……なんか、熱弁してるなぁ。

 そんなとき、ユナは口を開く。

「……教師になればよかったのに。生徒を説得したら右に出る者はいない、って言われてそう。」

「「それな!」」

 ユナの言葉に、生徒は同意。そんなとき、懐かしそうに紺碧色の瞳を細めるお父さん。

「俺は弁護の方が向いているんだ。代わりに、俺の妻は教師をやっていた。妻の方が人の心に入るのは上手い。」

 なぜかとても優しい声で言うお父さんに、私は目を見開いた。

 あんなお父さん、久々に見た。それに、お母さんの話を聞いたのも久しぶりだ。

 私も呆気にとられていると頭の上にポン、と手が乗せられた。この大きな手は……。

「さ、早乙女先生。」

「お前のお父さん、めっちゃ人気者だな。俺、借りてもいいかな?」

「え、あ。はい。」

 よくわからない質問をされたので、曖昧な返事になっていまった。でも先生はニカッと笑って、またあとでなー、とのんびりお父さんの方へ向かう。

 …………先生ってのんびりしてるところ、ユナに似てるなぁ。

  


 

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