幕間 貴義の激昂
貴義の激昂
*****
俺は激怒した。あ、これ有名な小説の序文と酷似してるじゃん。怒られちゃう。いや、そんなこと考えてる暇なんてないんだけど。
俺は早乙女貴義。夏月の担任教師だ。今は夏月とゆーちゃんと別れ、一人職員室に向かっている。俺は何に怒っているかと言うと、もちろん───
「早乙女先生っ」
嬉しそうに俺の元へ掛けてくる……この人、城野先生にだ。俺はとりあえず笑みを浮かべ、職員室のドアを開けた。
城野先生を先に入るように促し、城野先生が職員室に入ったのを確認してから俺も中に入る。
ドアを閉め、自分の席に着いた。城野先生は俺の隣で立っている。そのまま少しソワソワしながら城野先生は俺に話しかける。
「あの……うちの部員になんの御用だったんですか?」
俺はその質問に、城野先生を見向きもせず答える。
「いや……、特に重要なことではありませんよ。」
自分のノートパソコンを開いたところで、向かいに座っていた明先生がこちらを見た。だが何を感じとったのか、すぐに目を伏せる。俺は気にせず、タイピングを始めた。
「そうでしたか。……私はあの子、ちょっと苦手なんですよね。」
俺はその言葉に、タイピングをしていた手を止める。その反応を見て嬉しかったのか、城野先生は興奮したように話す。
「だってあの子、いつも澄ましてるって言うか、なんか『自分は皆とは違う』アピールしてません?クール気取っちゃって。部活のときもそうなんですよ。やっぱり、授業の時とか普段の時とかもそうなんですか?もしかして、呼び出したのもその件だったり?」
いきなり饒舌になる城野先生に、俺は本当に声を荒らげそうだった。何を堂々と生徒の悪口を言っているのだろうか。しかも、俺に向かって。本当に腹が立った。
「あの、城野先生。」
「はい?」
城野先生はわざとらしく首を傾げる。その仕草にも腹が立ってしまって、つい言ってしまった。
「なんで毎日、俺のところに来て楽しそうに話すんですか?」
その答えなんて、俺だって分かっていた。きっと相手も……いや、この会話を聞いている他の人だって俺がその答えを知っていて質問していることをわかっている。だから、明先生も俺の顔をちらちら一瞥しているのだろう。ごくん、と唾を飲むのがわかった。
「な、なんでそんなこと訊くんですか……?」
俺が意地悪をしていることを悟ったのか、少し顔を顰めて城野先生は問う。
「なんでって……。知りたいから、質問してるんですよ?」
さらに俺は鎌をかける。俺は夏月が思ってるような美しい太陽でもないし、伸弥さんが思ってるような綺麗な心を持つ人でもない。俺はただの……ずるい、大人だ。
すると城野先生は泣きそうな顔をして、俺を見た。その顔を見た途端、俺の中の何かが切れた。
「なんでそんな顔、するんだよ……。」
「───え?」
「なんで自分は少し責められただけで……、生徒の心をズタズタに傷つけたアンタが、どこに泣く意味があるんだよ!」
俺はついに声を荒らげ、席を立つ。周りの人がビクッとしたのがわかった。
「一度でも夏月はアンタによくないことをしたのか!?[#「!?」は縦中横]なんにもしてないだろ!なのになんで大人が子供を傷つけるような真似するんだ!」
「あ……。」
「なんか言えよ!さっきまでペチャクチャ喋ってたその口で!どうせ夏月に嫉妬したんだろ?最近、俺が夏月と仲良くしてるから。俺のことが好きだから───」
「はい、ストーップ。」
俺が城野先生に怒鳴り散らしていたそのとき、何者かによってそれは遮られた。その人は朱色髪の………。
「俊、先生……。」
俊先生だった。俺はそのときにやっと、自分がしたことの失態に気づき、口をつぐんで俯く。なんでこんなときに限って我慢できなかったのか。俺は唇を噛み締めた。
「はいはい、反省は後でしよーぜ、タカくん。とりあえず君は頭冷やして、缶コーヒーでも飲んできな。」
俊先生は俺を職員室から押し出す。
「でも───」
「後始末は俺がしておく。ごめん、タカくん。」
そう言って、少し笑ってから俊先生は職員室のドアを閉めた。一人、廊下の外に出された俺は罪悪感で押し潰されそうになる。
あのとき、なぜ俊先生が『ごめん』と言ったのかは分からない。ただ、俺は自動販売機に向かって歩くことしかできなかった。




