美しい踊り子と死神
暗殺系の話で、ほんの少し、0.00001%ぐらいは恋愛要素がある……はず!
グロが苦手な方はご注意ください。そこまでグロくしたつもりはありません。が、作者の個人的な意見ですので、気をつけて。
ある街に美しい踊り子がいた。彼女は各地を巡り、その美しい舞を披露した。
彼女の名は、イラー・アルマウトといった。
彼女はフードを深く被り、裏街を歩いていた。
すると、一つの店を見つけた。裏街の奥にあり、滅多に人目につくことがない店だった。
「ススンだ。」
彼女はノックをしてから、そういった。ススン、というのは彼女の裏の名であった。
しばらくの沈黙の後、扉がゆっくりと開いた。
扉を開いたのは痩せ細り、浮き出た目が印象的な男だった。
彼は彼女の紺色のマントをしばらく見つめてから、彼女を迎え入れた。
「トレートル、いるか?」
彼女は暗闇にそう呼びかけた。
店の暗闇の中に居たのは、若い男だった。トレートル、と彼女に呼ばれた男は暗闇からランタンを持って現れた。
「あーあ、すぐバレちゃった。」
トレートルはテヘペロ☆という感じでイタズラっ子の様に笑った。
トレートルは見目が良く、表街を歩いていたら、何人かの女性に声をかけられるほどだ。
だが、そんなトレートルの顔も彼女には何の価値もなかった。仕事に役に立つだろう、ぐらいの認識だった。
「ここに呼び出す、ということは何か仕事が見つかったのか?」
彼女は不機嫌さを丸出しにしながら言った。
「まあね。見つかったよ。とりあえず、座って?」
トレートルがそういうと、ススンの赤い目にほんの少しだけ光が宿った。しかし、立ったままだとトレートルが話をしてくれないようなので、促されるままにススンは座った。
「どんな依頼?皆殺し?」
ススンは瞳を輝かせ、言っているが、内容はかなり物騒なことである。
ススンはフードに手をかけ、フードを取った。すると、腰ほどまである黒曜石のような美しい黒髪が現れ、さらに彼女の褐色の肌が露わになった。
フードを取った彼女を見て、トレトールは小さく口笛を吹いた。何回見ても彼女の美貌は素晴らしいものだとトレートルは思った。
人形のように整った左右対称の顔。その顔に表情が加わると、言葉では言い表せないほど彼女は魅力的になるのだ。
今なんて、久々の仕事に心が踊って、期待がたくさん籠った視線でこちらを見ている。赤い瞳からウキウキしているのが伝わってくる。
「皆殺し、とまではいかないかもしれないが、少なくともターゲットがいる部屋にいる人は皆殺しにしていいと依頼主から聞いた。」
ススンの口角が大きく上がった。とても妖艶な笑みだ。
こんな笑みを他の奴に見せたら、瞬時に惚れてしまうだろう。だから、彼女が素を見せるのは自分だけでいい、とトレトールは思った。
「詳しく聞かせて。受ける。」
彼女が楽しくなった時に、普段のように饒舌でなくなるのも自分だけが知っていればいいこと。トレートルはその想いをこっそりと胸にしまった。
***
「……久々のいい仕事。」
ススンは店を出て、表街に行く途中にそう呟いた。最近はつまらない仕事ばかりだったススンには久々のいい仕事が嬉しくて堪らない。
あと数歩で表街に着く。そこで、彼女は自分を『ススン』から旅人の『イラー』に変えた。
次の街はレルムメモリア。そこで仕事が待ってる。
彼女は次の街へと歩み出した。
この走っていけば、馬車で行くよりもっと早く着くだろう。けれど、イラーとして一先ず向かうのだから、ここは馬車を使うか。
彼女は自分を同伴させてくれる馬車を探すために酒場へと向かった。
***
レルムメモリアは、とある話の舞台になった、と言われる街である。
二つの家があった。それぞれの家は啀み合っていた。
それぞれの家に男女が生まれた。イラの家には女が、オディウムの家には男が。2人が大人になっても両家の争いは続いた。
いつしか、街も二つに分かれ、イラ派とオディウム派で憎しみ合い、血が流れた。
そんな中、2人は出会った。そして、あろうことか、恋に落ちてしまったのだ。2人は逢瀬を重ねた。恋の炎が消えることはなく、更に燃え上がった。
ある時、2人は街外れの森で待ち合わせをすることにした。彼女は先に森に着き、目印となる白い実をつける木の下で待ち合わせていた。
すると、魔物が現れ、彼女を襲った。彼女は辛うじて逃げたが、木の下には彼女のドレスの布片が残った。
遅れてやってきた男は血で濡れた布を見て、悲しみに暮れた。彼女がもう死んでしまったのだと思い、短剣を胸に突き刺した。
彼女は魔物が居なくなったのを確認するために、木の元へ戻ってきた。そして、彼女は死んだ男を見つけた。彼女は男の胸に刺さった短剣を引き抜き、自分に突き刺し、自害した。
2人の死を知った親たちは真実を知り、嘆いた。その死から両家は和解し、2人を同じ墓に埋めた。
そして次の日から、全てを見ていた木は、白い実ではなく、流れた2人の血のような赤黒い実をつけるようになった。
ーーー作者不明「レルムメモリアの悲劇」より
***
ある日、レルムメモリアに踊り子がやってきた。彼女は有名な踊り子で、イラーという名らしい。
その晩、街の広場には多くの人が集まっていた。イラーを見るために、この街の人と他の地から来た人達が集まったのだ。
期待の眼差しを大勢の観客からあびながら、イラーは舞台の上に立った。
足に着けられた銀色の鈴が、歩くたびに、シャララ、シャララ、と音をたてる。その音が鳴ると、さっきまで賑やかだった広場からは、鈴の音以外の音が消えた。
イラーは顔を隠すベールを着け、衣装を纏っていた。
シャラン
軽やかな音がなり、彼女がベールを取った。
そして、現れたのは褐色の肌に腰ほどまである黒い髪を結った美女だった。彼女が顔を上げると、優しい光を宿す、本翡翠のような目があった。
この場にいる誰もが息を飲んだ。何が、そこまで彼女を美しく魅せるのだろうか?
彼女は脱いだベールを手に持ちながら舞った。
そこにいる彼女はただ立っている時よりも何倍も美しかった。
彼女は手を自分の口の前に置くと、ふぅと軽く息を吹いた。それと同時に今までついていなかった火が、かがり火に点った。
彼女はまた舞を始めた。今回は鈴の音を鳴らしながら。動くたびに装飾が揺れ、ついている宝石が光を反射して、より華麗に見せた。
彼女は小一時間ほど踊り、舞い続けた。
全てが終わった時には彼女は明かりを着けた時と同じように息を吹き、火を消した。
暗がりの中、彼女は退場していった。
広場にいた人はまだ夢心地であった。今さっき見たものが、現実とは程遠いものであり、まだその夢から抜け出すことができなかったのだ。
***
ふう。
イラー、いや、ススンは大きく息を吸った。
まだまだ。これからが本番だ。ススンは上がる口角を抑えることができなかった。
まだ、仕事は終わっていない。
舞が終わり、しばらくすると、ススンは領主の家に招かれた。
「いやー、ありがとうございました、イラー殿。」
領主が、手を揉みながらそういった。イラーはベールを被り、舞う前と同じような格好をしていた。
「そこでですね、この私の下につきませんか?衣食住は保証しますし、ただ貴方はウチの領内の指定された場所で舞っていただきたいだけなのです。」
下卑た笑いを浮かべながら、領主がいう。
でも、どうせこの後、契約書にでもサインをさせ、自分のモノにするのだろう。イラーは領主の顔を見つめながら、そう考えていた。
「そう、ですね……」
イラーは笑う。すると、彼女の目の色が、赤色に変化した。
「嫌。」
ススンは幼い子供のように無邪気に笑った。けれど、その目は猫が鼠、という狩るべきものを見つけた時と同じだったけど。
「なっ……」
領主は断られるとは思っていなかったようで、顔を真っ赤にして激情を露わにした。
だが、その言葉を続けることはできなかった。
何故なら、次の瞬間にはその首は繋がっていなかったからだ。
ドシュ……グチュ
鈍い音がして、彼の首が切れ、勢いを着けたまま、壁に激突した。白かった壁は、血によってところどころ赤黒く染まっている。
シャラン。どこからか、鈴の音が聞こえた。
「ヒッ……」
部屋に控えていた護衛は何もすることができず、ただ自分の方に飛んできた生首をみて、小さな悲鳴をあげた。
「部屋にいるやつ、皆殺し、してもいいって言ってた……」
ススンはトレートルが言っていたことを反芻した。
ススンの形の整った真っ赤な唇が弧をえがく。
また、手を動かした。すると、1人の首が飛ぶ。
シャラン。パニックになった室内でススンの足首についている赤色の鈴が鳴った。
部屋にいた者達は脱出するために、扉を開けようと試みるが、扉が開くことはなかった。事前にトレートルが封じてくれたからだ。
さらにもう1人の首が宙を舞う。シャラン。鈴が、また鳴った。
シャラン。シャララ。
鈴の音が部屋に響くたび、また1人、また1人と殺されていく。いや、違う。1人が殺されるたびに鈴が鳴るのだ。
つまり、鈴が鳴った時には、もう殺されている。
「ふふふ、たーのしい……」
ススンは玩具で遊んでいる子供のように笑った。だが、その間にも、殺されていく。
すると、ススンの顔に返り血がほんの少しだけ、はねた。ススンはその口を開き、真っ赤な舌でその血を舐めた。
殺すのは直ぐに終わってしまう。普段、あまり味わえないその『殺戮』という快感を直ぐに終わらせてしまわないためにどうすればいいのか?そうススンは考えた。
ーーああ、そうだ。体の部位を一つずつ切っていけばいいんだ。
室内にはもう4人しか残っておらず、そのうち2人は失神していた。
ススンは意識がある男の元へとゆっくりと近づいていく。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
まだススンは男に何も危害をくわえていないのに、男は震えきっていた。今にも泡をふいて、失神しそうだ。
それは、つまらない。ススンは思った。意識がある人間の方が、殺すのは楽しいのだ。なら、とススンは考えた。
ススンは足を一振りし、男の右腕を切り落とした。
「あ゛ッ、ガッ、ア゛ーーーーー」
男は大声を出しながら、痛みに顔を歪め、残っている左腕で傷口を抑えた。顔からは鼻水が出て、目からも涙が止め処なく流れている。
ススンはそんな苦しむ男を楽しそうに観察していた。そうか、人間とはこんな反応をするのか
と。
ーー右腕だけでは、バランスが悪い。なら、左足も無くしてやろう。
今度は右手の小指を動かし、ススンは男の左足を切り落とした。
「ぐっ、ガッ、あ゛、ヴ、エ゛ッ……」
男は更に顔を歪ませて、汗も大量に流している。口から、泡と思われるものも出てきた。
そろそろ、死ぬのか。つまらない。ススンは苦痛に悶える男を醒めた目で見つめていた。最後に苦しむ表情をもう一度見たい、と思ったススンは、男に深い傷を網目状に負わせた。
「………ガハァ、グボッ……」
男は最後に血を吐き、倒れた。
シャララン。
あと、3人。次はどんなふうに殺そうかと思案をめぐらせていたが、そこでトレートルに言われたことを思い出した。
「今回は、違法な魔薬に手を出した奴が、幻覚を見て、部屋にいる全員を殺害した後、自害して死んだ、という筋書きにするつもりだから、1人ぐらいは自害したような跡の奴を作っておけよ。」
自害、か。そこで、ススンはこの街に伝わる『レルムメモリアの悲劇』を思い出した。確か、その話では男の方は自分の胸に剣を突き刺して、自害していた。
だったら、それを真似してみよう。ススンはそんな発想を思いついて、最後の意識がある男に近づいた。
すると、彼は自分に剣を構えたまま、突進してきたのだ。
その剣を使おう。そう考えたススンは男の手から剣を叩き落とし、武器がなくなった男を蹴り飛ばした。
男は部屋の中を転がり、壁に激突した。そして、口から血を吐いた。
「ナ゛ッ、ゲホッ……」
男は血を吐きながら、こちらを鋭い眼光で睨みつけてくる。
折れない精神。そういうの粉々にしてもいいかも。ススンは殺気を飛ばされながらも、考えていた。
ーー駄目、駄目。コイツは自害したようにしないと。
ススンの頭に、なんと、名案が浮かんだのだ。自害したように見せることができながらも、そのココロを壊して、苦しませられる方法。
ススンはソレを取り出し、部屋中にめぐらせた。そして、男の手足にソレを絡ませる。
男は何が起こったか気づいておらず、まだこちらを睨みつけている。
だが、数多の経験を乗り越えてきたススンには彼の睨みも、殺気も赤ん坊の反抗期のような可愛らしいものであった。
ススンは目を細めて、笑いながら、中指をほんの少し動かす。すると、男は立ち上がって、剣の方へと歩き始めた。
男の顔に焦りが浮かぶ。だって、彼の体は彼の意思で動いていないから。
ススンは彼の体に特製の糸を巻きつけ、彼を操り人形のように動かしているのだから。
彼は剣を手に取り、胸へと刃を向けた。
自分の意思ではないのに、体は動いていて、自分は死のうとしている。
それがどんなに彼にとっては苦しいことか。ススンには彼のココロが壊れたのが分かった。
ーーーその、絶望に塗れた顔が、見たかった。
そして、彼は剣を自分に突き刺した。
ドサッ。シャラララン。
ススンは糸から彼を解放すると、彼が倒れる音がし、鈴が鳴った。
「ふふふふふ、ふふふふふ……」
ススンは込み上げてくる笑いを抑えられず、血だらけの部屋でススンは笑った。
今日は、十分楽しかったことだし、帰ろ。
ススンは適当に手足を動かし、残りの2人を殺した。
シャララ。
最後にその音が部屋に響くと、最後の生者が部屋を出て行った。
街に戻った彼女の瞳の色はすっかり、緑色に戻っていた。
***
「ったく……」
彼、トレートルは部屋の惨状を見ながら、そういった。
確かに、暴れてもいい、といったが、ここまで暴れるか?
最近、ストレスを溜め込んでいたからなのか?
トレートルは一人一人の状態を確認しながら、彼女がどのように殺したか、調べていた。
「コレとコレは調子に乗って殺ったな?」
トレートルは右腕、左足がなく、更に網目状の傷を負っている男と、胸元に剣が突き刺さっている男を指差しながら、独り言を口にした。
この2人は他と比べても、明らかに残酷に殺してある。
一番目の男は他がほぼ一撃で殺されているのに対して、多くの傷を負っている。それと二番目の男。多分コレは、特製の糸を使ったのだろう。
人形のように操って、殺したのか?
でないと、ここまで悲しみ、絶望、と様々な感情が合わさって、特別歪んだ表情にはならないだろう。
相変わらずだ。
トレートルは二番目の男の口に大量の魔薬を突っ込みながら、彼女について考えていた。
一族が全員死んでから、彼女の感情は麻痺し、人を殺すことに楽しみを覚えるようになった。
客の目の前では天界から降りてきた天使のようなのに、裏の仕事になると、残酷で狂気の死神になる。
そんな彼女もいい、と思ってしまうのは、自分が彼女に恋してしまった男だからだろうか。
トレートルはニヤリと笑う。
今宵は素晴らしいブラッドムーンである。
彼女の名はイラー・アルマウト、裏の名はススン。
そして、死神ーーーというのが彼女の二つ名である。
コレがなろうに投稿する初の第三者視点の小説となります。
また、途中に出てくる、『レルムメモリアの悲劇』はピュラモスとティスベが元になっております。このピュラモスとティスベはロミオとジュリエットの元ネタになったとも言われているそうです。
如何でしたでしょうか?気に入りましたら、ブクマ、評価などなど、宜しくお願いたします。
イラストなどもお待ちしております。感想欄でお知らせください。