24_終ノ番
私のもとに駆け付けた王は「これを傷つけてもあなたの心は痛まないか」と、そう私に聞いた。私は即答し、透過凝縮体への攻撃を承諾した。答えは返したはずなのに、その解釈の余韻が後から私の奥底に溶け込んでいく。
地面から円錐形に突き出した廃材が三方向から私を模した何かを貫いた。性質も結果も透明ダコのそれと同じだ。……一つ不条理を口にしてよいのなら、1000℃を超える溶岩に氷細工で挑めと言われているかのような、その“機能”に。
――感謝なのだろうか。それとも償いなのだろうか。そのように造られたからではなく、人間に近しいものを持つに至り、この世界を目にした私だからこそ辿り着いたのだとすれば。そう考えるのは私の“独りよがり”か。
『ガァギィ』
銅線束や継ぎ接ぎの鋼材でどうにか持ち上げた身体。見方によってはそうなのかもしれない。信号機の眼、ショベルバケットの顎。それらを備えた大きな頭の奥辺りから響く声に応える。
「そうですね、歩行兵はもう十分でしょう」
必要な質量/価値は概ね算出できた。幸いなことに透過凝縮体は無尽蔵ではない。ある程度の攻撃を受ければ怯み、更に攻撃を続ければ最終的には空へと戻っていく。一個体については。
『ガァ』
「T型は全て使い切ったつもりでしたが、そうですか、王の方から……」
巨大な蟻地獄状に形成した廃材の大地。その中心に滑り降りて透過凝縮体たちを誘い込む。落下密度と速度を増していく透明ダコの群れをそれ以上の速さで連続生成した覆いで防ぎきる。
研ぎ澄まされていくような自らの感覚をただ信じた。オーケストラの指揮者がこのような境地に至るのだろうか。思い描く形に、指先や身体の流れが示す形に廃材――人工物たちが武器と化して寄り添う。一切のノイズや遅延なく。王がそれを可能にしてくれている。
――そういえば、彼は一度でも「廃材」と口にしただろうか。
不意に王が告げる。
『ガァァギギィガァ』
「――ハルカさんたちが? 分かりました」
ポート8672がまだ生きていることに感謝した。ハルカさんがまだインカムを付けてくれていて、私の横に王がいることで、私とハルカさんの間で限定的な“双方向の意思疎通”が可能になった。
『ギィ』
――このまま話せばいい?
「はい、そうです。そのまま続けてください」
悪い知らせは向こうにも透過凝縮体が一つ現れたこと。『ジュースケ』と呼んでもらえた彼がその使命を終えたこと。その中でも良い知らせは、ハルカさんにもナツさんにも怪我はなく、自転車を使って二人で逃げようとしていること。――あの橋の向こうに。
彼の友人の奮闘を聞く。王がそれに少しだけ補足する。自転車に施された想いに驚くとともに、私が持ち得る情報の全てを伝える。推測も可能性も、祈りも願いも。
『ガァガァァ』
――もっと、あなたと話をしたかった。
「私もそう思っています」
城の近くでハルカさんを見つけた時のことを思い返す。固めた廃材に背を預けて座るようにして眠る彼女を見つけた時、私は彼女が“生身の人間”であると理解し、同時に言いようのない驚きが私を貫いた。この場所への認識は大きく揺らいだが、私自身への認識はより鮮明になったように感じた。ハルカさんは繊細に選ぶ言葉の奥に何かを秘めていて、その目はどこか“世界の構造そのもの”を見ているようだった。ならば私は、王は、廃材たち――この世界は、彼女にはどう見えていたのだろう。
最後にポート8672を通じてインカム自身にお礼を言う。ハルカさんには立派に役目を果たしたインカムをこの地に置いていくように伝えた。
『ギィガァ』
「はい、見えています」
蟻地獄の天井を成す覆いを溶かすように貫通して透過凝縮体たちが集まり始めた。
――ふと、彼が以前言っていたことを思い出す。ハルカさんたちがここに現れるよりも前のことだ。“透明なグラスの底”で、殆ど全ての部品を取り上げられた小さな小さな王が、グラスの上から静かに見下ろす大きな透明ダコをじっと見上げているのだという。それは脆いミニチュアのような、儚いというか呆気ないというか、寂しい光景で……。彼はそんな“夢”を見たのだという。それを現実にしたくないと、何が現実なのかも分からないこの場所で――
王の身体に、束ねた剥き出しの銅線に手を触れる。
『手のような形の部品を選ぼうか』
「――これで十分です」
茜色の空、無数の透明ダコたち。そして私の姿を真似て迫る複数の透過凝縮体。そして、足元の声。――王の存在。
王に私がずっと抱えていた“問い”を投げかけた。それだけの時間を作ることができた。王は、答えてくれた。
私は代弁者でも“繋ぎ手”でもないのだろうけれど、今私が成したいことは、そう感じていることは、彼の話とどこか重なっていた。
* * * *
――『観測装置』は、王と妃が初めて口喧嘩をしたのを目撃した。議題は“どちらが最後まで残るか”だった。しかし、二人はすぐに同一の折衷案を見出した。
絶対高度計は同胞たちの地に埋め込まれたまま再び何かを示すことはなく、しかし燃えるような茜色の空へと還った。
何かを守っていたはずの堅牢な城の残骸も、監視塔もまた、役目を終えた。今一度声を上げた兵士や兵器も一様に。
やがて“妃”が残した記録も。残る人工物たちも。




