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イデアの海  作者: キノミ
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23_緋色の想い


――誰か、王様、ナツを助けて。目まぐるしく変わる状況の中で祈るように叫ぶ。私にできることはそれだけだった。


 廃材の巨兵は私とナツを両手に乗せて城に接近した。それに合わせて城が頂点から途中関節を折るようにして展開し、王の間があった二階部分が顕になる。小さく、王の姿もそこに。キサキさんが私たちを逃してくれたのだと理解する。けれどキサキさんは――


「え……?」


 落下途中の透明ダコを私の目が捉えた、その奇妙に長い時間に思わず混乱してしまう。……違う、停止している?

 廃材兵の大きな手のひらには分厚くて丈夫な黒い生地が与えられていた。同じ素材で私が掴まるための取っ手も。きっとナツの左手側もそう、私たちを傷つけないように、私たちが落ちないようにと、練り物を詰めたような身体からは例外的に。


『――ガァ――』


 微かに響く王の声。城の先端へ、廃材から這い出た身体を更に伸ばすようにしていた王が地面に潜っていく。きっとキサキさんの元に向かってくれる。

 身を捩るようにして地上を探す。廃材兵が跨いで追い越したはずのあの小さな脅威は――やはり同じように停止している。透明な姿のせいで分かりづらいが、恐らくキサキさんの方を振り返って。けれど一体何が、彼女が何か手を? キサキさんは透明ダコたちが生み出したあの影に、“人工物として認識されない”はず。

 ナツに呼びかけようと意識が向いた瞬間だった。停止したはずの“この世界のルール”が、あろうことかもう一つ現れたそれが、私たちを乗せた廃材兵の身体を上から切り裂いていく。


「な――」


 透明の軌跡は斜めに、廃材兵の頭がこちら側に残った。倒れ込む廃材兵の右半身はまだ私を認識している。でもナツの方の腕が切り離されてしまった。足下の大きな手が先にナツの身体から離れて、ナツはせめて落下の姿勢を選ぼうと、――力なく私の方を見た。どうすれば、何か、誰か。透明ダコに抗おうとしたその高さに罪はない、でもこのままでは地面に――


「誰か、王様――」


 キサキさんの元へ行ったであろう王に声は届かないかもしれない。それでも、それしか。――ナツを助けて。

 滲む視界の端に、“色のある影”が飛び込んだ。



* * * *



 私に一切の怪我をさせずに降ろしてくれた廃材兵の手を離れた私は、ナツの元に、彼女を助けてくれた英雄の元に駆け寄る。王と同じように廃材を集めて組み立てたその身体は着地の衝撃で半分に折れていた。


「ナツ、よかった、怪我は……」


「ハルカ、……いやー怖かった」


 安堵の混ざったその笑顔に足の力が抜ける。


「大丈夫なのか」


「うん、怪我はしてないよ。ありがとう、本当に」


「ジュースケ、ミッシェルも来てくれたんだね。私からもありがとう」


 脚を直すと言っていたはずなのに、束ねた棒切れのような片脚の下半身は彼の胴を離れて傍に伏していた。ミッシェルはミッシェルで何か大改造が――と、それよりも、


「これ……セントナツ号?」


 何故、どうやってここに? 補助輪らしき部品が付いて私が乗っていた後ろの荷台に色々と装着されているけれど、この形や輝きは間違いなく。


「――ハルカもナツも、キサキの形をした敵が見えているな?」


「ん、うん」


 ジュースケの言葉で引き戻される。この状況に、戦況に。


「王は今、一体目のあれからキサキを守っている。城から距離を取りながらだ。すぐにこちらには来れない」


「……うん」


 そうだ、二体目の脅威は消えてなんかいない。今どこに――


「嫌だ」


 突然ナツがそう言った。捉えたその脅威はこちらへ向かってきていた。悠然と歩いて。しかしそれほどの距離は、時間は無いように思われた。


「まだ何も言っていない」


「分かるよ。『俺を置いてセントナツ号に乗って逃げろ』でしょ?」


 ジュースケが沈黙する。上半分だけの彼はその身を起こしてもナツよりも見上げる形になる。

 強靭な姿になったミッシェルが地面に固定されたまま、セントナツ号の補助輪の一つを弾き飛ばすようにして取り外した。そのままロボットアームの腕を伸ばして荷台の大きなケースを手繰り寄せる。


「ハルカ」


 ジュースケは私に呼び掛けた。


「ハルカに頼らないで。ハルカ、答えちゃダメ」


 ミッシェルが持ち出したケースにはあのカメラたちがぎっしりと入っていた。その一つを掴んだかと思えば、――あの駆動音を響かせて、透明ダコ集合体の後方辺りに放り投げた。集めて修理した大切な二人の宝物を。集合体は頭上のそれを検知して目で追うような仕草を見せ、進行方向をそちらへと書き換えた。


「何を言えば逃げてくれる」


「何を言われても嫌だ」


――地に転がったミッシェルのカメラに集合体が触れる。膝を曲げて屈んで、透明な手で、キサキさんが描く所作を真似て。


 もう片方の補助輪が外れたセントナツ号の重さを私が代わりに支えた。スタンドはまだ残してある。後輪を浮かせそれを足で蹴って一旦自立させる。ミッシェル、受け取ったよ。


『ガチッ』


 別の音が響いて顔を上げた。ジュースケの、彼の胴に配していた長方形の箱から何かが飛び出していた。それは“CDプレイヤー”と、どこにも繋がっていない小さな電子基板の欠片のようだった。


「ナツは俺に何かを見出したのかもしれないが、俺を構成していたのはせいぜいこの機械に挟まっている一枚のCDと、……いや、それから、ナツとハルカからもらったものだけだ」


 涙をこらえたナツが首を振る。否定の言葉も、説得する言葉も、私なんかでは思い浮かばない。


――規則的で、冷淡で、意思の無い動きだった。より価値の高い人工物が近くに現れればそれから順に拾っていく。消していく。


「俺が優しく見えたのなら優しいのはナツ自身だ」


「……違うよ、そんなことない――」


――また一つ、何かが茜色の空へと溶けていく。


「どうして、棒切れでもいいから、何でもいいから、答えてよ」


 廃材の地面からは誰もナツに協力してくれない。――皆が協力してくれている。


「このっ……」


「ナツ!!」


 親友のために叫ぶ。半透明の脅威に、この世界のルールに素手で掴みかかろうとするナツを後ろから抱きかかえて制する。


「放して!」


「ごめん」


 私の腕を掴んだ指先はもう何度も涙を拭っていた。振り返って、その想いがまた一粒、私に訴えかける。それでも私は――


「放してよハルカ……」


 この世界のルールの優先順位を私も少し理解できた。ミッシェルが示してくれた。ミッシェルは最後に、自分を捧げた。


「うぅー……ミッシェルぅ」


「ジュースケの部品を拾って。私が前に乗る。行くよ」


 廃材の地の秩序は目前に、ジュースケの背後に迫っている。近くに彼よりも価値のありそうなものはもう、無かった。


「ハルカ、ミッシェルの部品で自転車のハンドルを握れば進むように改造した。ナツと一緒にあの橋を、その先を目指せ」


「――分かった。ありがとう。ジュースケ」


「ナツ、聞いてくれ」


「……ジュースケ、まだ腕は動かせる?」


「……あぁ。何故だか分からないが中身を取り出しても動かせる」


「ハイタッチは知ってる?」


「知っている」


 ジュースケはきちんと右手を、ライフル銃ではない方の手を持ち上げる。膝をついて双眼鏡と丸ランプの高さに目線を合わせたナツはハイタッチなんてできずに、両手でそのロボットアームの手を包んだ。


「俺は何も成し遂げていないのかもしれない」


 声にならない想いが返る。


「だが少なくとも俺は今、満ち足りている。ナツのおかげだ」


――ありがとう


 途中で遮られたはずの言葉は私にも確かに聴こえた。双眼鏡と丸ランプの頭から縦に、左右に分かれた有り合わせの腕と粗末なライフル銃が払うような腕の動き二回で――還った。

 ナツはCDプレイヤーと電子基板を抱えたまま一歩退いて、キサキさんを模ったこの世界のルールを睨む。表情は無い、廃材の地と茜色の空が透過しているだけ。けれどゆっくりと頭部を動かして作るその視線はナツと私には興味を示さずに、セントナツ号を認識したように見えた。


「ハルカ、ありがとう。運転お願い、捕まるわけにはいかない」


「うん。絶対に」

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