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イデアの海  作者: キノミ
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「ハルカ――」


 すぐに返事ができなかった。無意識のうちに握っていたナツの左手の感触を、体温を忘れるほどに。砂時計塔の陰に隠れた私たちが覗き見たその光景が、どうにか振り絞ったはずの勇気を押し潰していく。


「ハルカ、キサキさんが……」


 何かと戦っている。それが何であるのか、不思議なことにこの距離からでも理解できてしまう。キサキさん――未来のアンドロイドの輪郭を、透明ダコたちが“写し取った”――


 城を抜け出した私たちは細長い砂時計型の塔を目指して走った。無数の透明ダコを抱えた薄茜色の空には怒りが滲んでいるようで、その淡い光を受けた廃材の地にはクレーター状の――ただしすり鉢状にはならずに円筒形の――大穴がいくつも空いていた。集結した透明ダコたちは不規則に落下してきている。受け止めた廃材の地面はどうなるのか考えていたが、これまで見てきた現象と同じだった。もはや隕石と化した透明ダコの形に廃材/地面は消滅する。“足りた”のだろうか。今やっと、地にめり込んだ個体の一つが空へ戻っていくのが見えた。

 塔に辿り着くまでに分かったのは、城は勿論のこと塔の内側への被害が相殺されているということだった。少なくともここから見える範囲では。廃材の巨兵が地を駆け跳ぶ音は重く大きく鳴り響く。彼らが消える時には何も聞こえない。城やキサキさんを守るべく散った廃材の兵士たちは何体目なのか、高度計のことが頭を過った。思えば城に避難する前の個体も私たちを庇ってくれた。


「――ナツ」


 キサキさんの立っている辺りから特大の丸太を横に倒したような何かが現れ出た。先端はブルドーザーに似た機構、繋ぎ合わせた不揃いな規格の車輪。傍に立つ巨人が力を込める位置もそれの意義を裏付ける。推進と破壊の――兵器。この場所に電気は存在しないと彼女は言っていた。でも王の協力ならあったはずだ。未来の英知は可能な限り生み出したのだろう。きっとこれ以外にも。

 重い金属が潰れる轟音が響いた。重量感とは不釣り合いに突進兵器は速度を得ていく。キサキさんが指し示すその先には、彼女と同じ大きさに圧縮された“この世界のルール”。

 だから、私たちには結末が見えるようだった。“小さな木材”が“工作”の最中に回転する刃に、あるいはドリルやヤスリに押し当てられるように。世界のルールは一歩も退かなかった。一瞬も立ち止まらなかった。


「大丈夫、行こう」


 銀色のレンチを右手にナツが頷く。私たちの仮説が崩れたわけじゃない。そう信じて行かなければ、キサキさんを助けなければ、このままではきっと――



* * * *



 振り払うような彼女の手の動きに沿って、廃材巨兵が曲げた上体を解き放つ。武器を失ったそれは最後に自らを武器とした。その価値は押し固めた人工物と等価なのか。兵は疑問すら持てずに、小さな――自らに命ずる“王妃”と同じ形の影にかき消された。半透明の脅威は茜色の空と廃材の地を透過しながら尚も迫る。また立ち塞がろうとした本当の王妃は思わず一歩下がり、バランスを崩して尻餅をついてしまう。それでも抗おうと、再び立ち上がろうとして――私たちは彼女とそれの間に割って入った。


「……ダメです、私の後ろに、逃げてください!」


 キサキさんの声には振り返らない。ナツの左手を放してレンチを握った右手を両手で一緒に握る。ようやく空からの供給を終えた透明ダコたちの集合体を、頭部に淡く光るそのコアをじっと睨む。腰を落として、二人で、勇士の切っ先をまっすぐに向けて。

 その屈折が描くこの世界は淡く鮮烈で、それ自体からは一切の感情を、思考を感じ取れない気がした。ナツの手は……きっと私の手も脚も微かに震えている。


「――――」


 キサキさんの綺麗な身体の動きとよく似ていた。滑らかな歩行動作の中で自然に右手を身体の前に翳す。色を取り戻した白銀のレンチを、そっと掴み取るように。その先に、私たち“人間”がいる。

 最後まで声は上げなかった。手の中に伝わっていたはずの何かが軽くなって、ゼロになった。


――この世界のルールが『■■■■■■』に触れた


「わっ」


 声を出す間もなく視線が高く持ち上がる。後ろから何かに捕まれた、ナツも私も。


「お二人とも、ありがとうございます。皆さんが付けてくれた名前に――」

>>天外殻を開きます。お二人を絶対に傷つけないように王の下へ運んでください。


 それが巨人兵士の手だと分かった時、キサキさんはその足下で私たちを見上げながら伝えていた。


「与えてくれた役割に、信じてくれた価値に。ようやく応えることができます」

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