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この物語の主人公がやってくる

 突如として列車内の空気が激しく震えた。銃声だった。音のしたほうを見ると、男が1人立ち上がっていて、周囲の乗客にその暴力性を誇示するかのように頭より高い位置で銃を構えていた。


 その銃身は長く、現実世界より科学の進んでいないこの小説の世界でも人を殺すには十分すぎる殺傷能力があることがわかった。


 男は列車ジャックを名乗り、政府が身代金を払うまで俺たちの身柄この車内に拘束する旨、列車内に十余りの仲間がいることを告げた。


 そして男は乗客のなかから1人の少女――俺たちの同級生であることはその制服姿から一目瞭然であった――を選んで無理矢理にどこかへと連れていく。男の行く先は車掌室だろう。


 男は妙な行動 をするような真似をしたら当人だけではなく、その少女の頭を吹き飛ばすという捨て台詞を残していった。


 同時に2人の男がそれぞれ別の座席から立ち上がると、自分たちが先の男の仲間であることを宣言し、妙な真似をしたらどうなるかわかっているだろうな、などと言って乗客たちに睨みを利かせだした。


「妙なことになったわね」と隣にいるヴェルナが小声でつぶやいた。面倒くさいというだけで恐怖している素振りはみじんもなかった。無理もないか。彼女なら大抵の人間に戦闘で後れを取ることはないのだから。


 だがこの状況は少し特殊なのだ。


 物思いにふけっていると、俺たちの座る座席の2つ隣旅行客と思われる家族連れの小さな成員が泣き出した。


 その性別もはっきりとしない泣き声の主がこの状況を正確に把握していたとは思えない。大人たちの緊張や怯えが伝わってしまったのだろう。


 車両全体を威嚇している2人の男がその声に苛立っているのは言うまでもなかった。


 男の1人が銃口を向けて、家族連れを威嚇しようとした瞬間、何かがものすごい速度でとびかかり、列車ジャックの一味であるその男の行動を不能にした。


 俺の位置からは飛びかかった者の顔までは見ることができなかったが、見ずともその正体はわかる。主人公、アデル・セイヤーズだ。なぜなら俺の小説の筋書き通りだから。


 そのときもう一人の男が銃をアデルに向ける。しかしその凶弾がアデルを襲うことはなかった。俺の右腕から放たれた炎弾が男の持つ拳銃の 銃口が火を噴くよりも早く彼を焼いたからだ。


 ヴェルナとアデル、2人が俺のほうを意外そうに見ていた。


 瞬間、周囲の人間がスタンディングオベーションで俺たちを迎えてくれるが、俺は即座に口元に指を一本立て、拍手を鳴り止ませた。この車両以外に配置されている列車ジャックの仲間に聞こえてしまっては敵わない。


「コーラル、助かったよ」


 アデルが右手をこちらに差し出しながらそう言った。俺はその右手を取りながら返す。


「気にするな。お前なら俺の助けがなくともどの道何とかしたはずだ」


 事実、列車ジャックの放った凶弾はアデルの頬を掠めるのみで、そればかりか。小説の筋書き通りに事が運べばアデルはこの列車ジャック事件をたった1人で解決してしまうのだ。


 ではなぜ俺が助太刀するような真似をしたのか。当然自分の書く小説の主人公には並々ならぬ愛着があるが、彼が傷つけられそうになって思わず身体が反応したわけではない。


 これが夢であろうが、異世界転生の結果であろうが、面白おかしく過ごしたいのならばここでアデルに協力しバスジャック事件を解決し、周囲からの評価を上げておいたほうがいいと思ったのだ。


 それに、俺は心のどこかでこの世界が夢じゃないと確信し始めている。夢にしてはあまりにもリアルだというのがその一番の理由であるが、どこか予感めいたものもあった。


「でもコーラルが協力してくれるなら助かるよ。10数人ぐらいなら君ならどうにかするだろう」


 この世界では 携帯できる程度の銃器の類であれば魔法のほうがはるかに高い威力と利便性を発揮する。もちろん、当人の実力にもよるが、名門魔法学校の成績優秀者であるコーラルにかかれば拳銃の10丁程度はものの数ではない。


 だが、


「事はそう単純じゃない。先ほど学園の女子生徒を連れて行った奴。あいつはスタグ・フロウメントというかつて表の世界でも結構名の知れた魔術師だ。スタグ・フラウメントの真骨頂はノーモーション、無詠唱での魔術発動。戦闘に特化した魔術師だよ」


 俺はそばにいるアデルにだけ聞こえるように小さな声で言った。


「なんでそんな奴が列車ジャックなんて」


「わからない。数年前に表の世界からは突如姿を消したはずだ。遠方の地で死んだなんて噂もあ ったがな」


 俺は作者で、この小説はこの後も80万字近く続く。その辺りのことは当然決めていた。だがそのことを今アデルに伝える必要はないし、ジーヴス・コーラルが知っているのはあまりにも不自然だった。


「まともにやりあえば、俺とお前2人がかりでも敵わない可能性があるってことだよな」


「任せろ。俺に策がある」

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