第四章:正義を許さず
夜叉王丸はユ二コーンに乗ると天界へと走ろうとした。
「旦那!何処に行くんですか?」
ゼオンが走って来て夜叉王丸に聞いた。
「・・・・天界だ。奴らを、皆殺しにする」
「一人ですか?無茶です!?」
ゼオンは夜叉王丸の足にしがみ付いた。
「行くのなら俺を連れて行って下さい。この命、旦那の為なら惜しくありません」
真剣な表情でゼオンは懇願した。
「俺とお前が居なくなったら、軍団を指揮する者がいないだろ?」
夜叉王丸は優しくゼオンの頭を撫でた。
「後は頼むぞ。・・・・・ゼオン・エルヴィン・ハンニバル」
夜叉王丸はユニコーンを走らせると天界へと向かった。
「旦那!!ちくしょう!?」
ギリッとゼオンは唇を噛むとダハーカ達の所へと走った。
一方、天界を目指した夜叉王丸はユニコーンを走らせ続けた。
『守るべき民を捨てる者に剣を持つ資格などない』
ユニコーンに乗ったまま夜叉王丸の心は煮え滾っていた。
民を捨てて財産と貴族だけを連れて逃げた天使軍に対する怒りが爆発寸前だった。
軍や騎士は弱き者を護るために存在すると夜叉王丸は考えていた。
しかし、現実は権力がある者を護るための軍であり騎士でしかなく民は後回しだ。
それは魔界でも同じで民は何時も泣きを見た。
それが夜叉王丸には我慢が出来なかった。
だから、自分だけは民を護るための軍であり騎士でありたいと考えて剣を取っていたため天使軍の行動には怒りが抑えられなかった。
「・・・・許さん」
腰に差した村正を左手で撫でながら夜叉王丸はバルトから離れた北の都、フロイに向かった。
フロイの関所まで行くと頑丈そうな鎧に身を包んだ屈強な兵士が立っていた。
「そこの者!!何者だ!!」
関所を護る兵士が槍をユニコーンに乗った夜叉王丸に向けた。
「・・・・大天使ミカエルの首を頂き参上した」
兵士は身構えた。
「な、何者だ!!」
「・・・飛天夜叉王丸だ」
夜叉王丸が名乗ると兵士は事切れて倒れた。
その身体は斜め一刀両断で斬られていた。
「・・・・ありがとよ。後は俺一人で行く」
ユニコーンから降りた夜叉王丸はユニコーンの鼻を優しく撫でると関所を後にして遠くにそびえ立つ城を見つめた。
「・・・皆殺しにしてやる」
夜叉王丸は村正を引き抜いて城を目指し歩きだした。
途中で何人もの兵士が夜叉王丸を襲い掛かったが難なく斬り殺し続けた。
身体に返り血が飛び散り鎧が血で染まったが気にせずに夜叉王丸は城を目指し続けた。
「・・・・この度は私共を護衛して下さりありがとうございます」
目立つ腹を気にもせずに中年の男は軍服を着た男にずっしりとした袋を渡した。
「ほぉう。随分と多いじゃないか?」
「はい。娘、ジャンヌを連れて行けなかった詫び料です」
中年の男は手を揉みながら平伏した。
「あの娘、一緒に都に逃げようと誘ったのですが、残ると言いまして」
「まったく。誰に似てあんな頑固な娘に育ったのか」
男は愚痴を零しながら抜け目ない瞳で軍服の男を見つめた。
「これからミカエル様に会うのでございましょう?」
「あぁ。バルトを撤退した事を報告して奪還する事を伝えにな」
「無事に奪還した暁には、また私を市長にお願いします」
「任せておけ」
二人が手を取り合おうとした時だった。
後ろのドアが部屋の中に入って来た。
「誰だ?」
軍服の男が腰の剣に手を掛けた。
「・・・・貴様らの命を貰いに来た死神だ」
血で全身を染めながら夜叉王丸は二人を見た。
「貴様らに二度とあの地を踏ません」
夜叉王丸は血で染まった村正を構えた。
「ひ、ひぃ!!だ、誰か?誰か居ないのか!!」
中年の男が叫んだが誰も返事はしなかった。
「生憎だが、兵士は皆殺しにさせてもらった」
ニヤリと笑う夜叉王丸。
「こ、この悪魔が!!」
男は剣を抜いて夜叉王丸の頭上に振り下ろしたが、それよりも早く夜叉王丸が男を横一線に斬った。
大量の血しぶきが部屋を汚した。
「・・・・貴様は簡単には死なせん」
夜叉王丸は手の平に火を出すと腰を抜かした男に向けて放った。
「ぎぃやぁ!!あ、熱い!!熱い!!」
男は火を消そうとしたが消えなかった。
「熱い!!誰か!火を消してくれ!!」
部屋中を駆け巡り火を消そうとしたが火は物に移っただけだった。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は部屋を出ると、村正を手にしたまま城へと目指し再び足を動かした。
一方、夜叉王丸が去ったバルトでは副団長のゼオンがリヴァイアサンとフォカロル、ダハーカ達に説明していた。
「何だと!一人で天界に行った?!」
リヴァイアサンの大声で窓ガラスが揺れた。
「うるさいぞ。リヴァイアサン」
フォカロルが耳を抑えながら小声で叱った。
「これが大声を出せずにいられるか?!」
「で、飛天はなんて言って言ったんだ?」
ダハーカがジョーカーを蒸かしながら尋ねた。
「死にはしないと」
「なら心配ないな。あいつが約束を破る訳ない」
「ですね。主人様は約束を護る男です」
「主人が死に訳ない」
「あいつは死ぬような男じゃない」
ダハーカ達の言葉にフォカロルは静かに言った。
「お前たちは飛天を信じているんだな」
「当然だ」
ダハーカの言葉にフォカロルは微笑した。
「こいつらが信頼してるんだ。俺たちも飛天を信じようじゃないか」
フォカロルの言葉にリヴァイアサンも神妙に頷いた。
フロインの城は騒然としていた一人の悪魔によって何百人もの天使軍が倒されて行き城は陥落状態だった。
「ぐわっ!!」
「ぎゃあ!?」
「ひ、ひぎゃ!?」
夜叉王丸は向かってくる敵を次々と斬り殺してきた。
身体に無数の傷が出来て血が流れたが気にせずに城の最奥部へと進んだ。
巨大な扉を破壊して中に入ると玉座に座り夜叉王丸を見つめる男がいた。
黄金の長髪は神々しい光を放ち碧色の瞳は無表情でありながら何処か他人を圧倒する力があり白い肌は純白だった。
「・・・・大天使ミカエルだな」
夜叉王丸の姿を見ても男は表情を変えなかった。
「・・・そなたか。我が都を壊滅させた悪魔は」
「ここまで来た事のあるのは、我が兄ルシュファーとサタンだけだ。一階の悪魔が来るのは初めてだ」
「だが、ここから先は行かせん」
ミカエルは静かに玉座から腰を上げると右手から剣を出した。
「正義の名の元に貴様を処刑する」
「・・・・その言葉をそっくり返す」
夜叉王丸は右の眼帯を外して左手を腰に回して後ろに差していた小太刀、池田鬼神丸国重を取り出した。
右の瞳は真紅よりも更に深い紅だった。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は右手の村正を縦にすると左手の国重を逆手に持ち村正とクロスした。
その構えは逆十字だった。
「・・・・はっ!!」
ミカエルは左手から炎を出すと夜叉王丸に放った。
夜叉王丸は炎を避けもせずに炎の中に突っ込んだ。
「・・・・何っ」
ミカエルは驚きの声を上げた。
しかし、直ぐに炎の中から出てきた夜叉王丸に攻撃の構えを取った。
「もらった!!」
ミカエルは夜叉王丸の頭上に剣を振り落とそうとしたが、それよりも早く夜叉王丸が懐に入り右手を村正と国重で斬り落とした。
「ぐっ・・・・・・」
右手を斬られたミカエルは左手で肘から先のない右手を抑えた。
「・・・名は何という?」
「・・・・飛天夜叉王丸」
「その名前、覚えておこう」
ミカエルは捨て台詞を残して光に包まれて姿を消した。
夜叉王丸は刀を鞘に収めた。
立ち去ろうとしたが右眼に映った炎で焼け落ちた石像の下にいた逃げ遅れた天使の娘を見て走った。
「危ない!!」
どんっと天使の娘を押すと自分は焼けた石像の下敷きになった。
「・・・・・ぐっ」
夜叉王丸は薄れゆく意識の中で天使の娘が逃げて行くのを確認すると笑みを浮かべた。
『敵である天使を助けて死ぬなんて・・・・・・・・まぁ、それも悪くない、か』
意識を失った夜叉王丸は目の前に現われた人物の存在を気付かなかった。