第三章:バルト戦開始
夜中の内に夜叉王丸の軍団とリヴァイアサン、フォカロルの軍団はバルトの後ろ側にある崖地帯に侵攻した。
夜の時間が終わり、朝日が浮かび上がり始めた。
「霧も出てるしちょうど良い」
夜叉王丸はユ二コーンの上から望遠鏡で要塞を見た。
「・・・・やはりな。情報通り壁が二重になっている」
「見張りは表に集中しているな」
夜叉王丸は望遠鏡をゼオンに持たせて鵺を呼んだ。
「・・・・お呼びでしょうか」
「戦車、騎兵部隊に合図を送れ」
「・・・御意」
鵺は唇を細くするとヒューヒューと鳴き出した。
それが合図だったように霧の中から正面に向かって戦車部隊と騎兵部隊が正門に突っ込んで来た。
「旦那。予想通り奴らが表に集中しました」
「よぉし。俺らも行くぞ」
夜叉王丸は腰に差していた真紅の鞘に収まった日本刀、伊勢千子村正を抜いて下に振り下ろした。
「砲撃隊!撃て!?」
茨木童子が自身の左手に填めた大砲を発射すると同時に砲撃部隊の砲撃が始まった。
「敵の何人かが裏に向かいました」
望遠鏡を覗きながらゼオンが言った。
「よぉし。弓弩部隊、出番だ」
夜叉王丸の言葉を聞いて弓弩部隊は弓などを引き絞り空に向かって放った。
放たれた矢は水平に飛んでいたが途中で下に向かって落下していき天使軍に矢の雨となって襲い掛かった。
「敵の奴ら怯んでいます。・・・・・ん?」
望遠鏡を覗きこんだゼオンが何かを見つけたのか身を乗り出した。
「旦那。天馬部隊がいました」
「・・・なに?」
夜叉王丸は渡された望遠鏡を覗きこむと天馬部隊がこちらに向かってきた。
要塞からではなく要塞を超えた北側から来ていた。
「・・・妙だな。そんな情報はないぞ」
鵺を見ても鵺も首を傾げていた。
「まぁ、火の粉は振り払うのが一番だ。ダハーカ」
夜叉王丸はダハーカを呼んだ。
「天馬部隊が来た。相手をする」
夜叉王丸はユニコーンから降りた。
「少しは骨のある奴だと良いが」
ダハーカは人間の姿から赤い色の飛竜になった。
「ゼオン。お前はフェンと一緒に突撃部隊を率いて破壊した壁から城内に侵入しろ」
「了解」
ゼオンは腰に差した二本の剣を抜くとフェンリルに話しかけた。
「行くぞ。フェン」
「うるせぇ。俺に命令するな」
軽くゼオンを睨むとフェンリルは腰のファルシオンと呼ばれる剣を抜いて突撃部隊を率いて崖を降り始めた。
「さぁて、俺たちは飛天の腕を見物するとするか」
リヴァイアサンとフォカロルは頷くとその場に軍を止めて夜叉王丸の戦いを見る事にした。
夜叉王丸の戦い振りは凄まじく襲い掛かる数倍の天馬部隊を少数の奇襲部隊と蹴散らしていった。
ゼオンとフェンリルの部隊も砲撃部隊が開けた壁から城内に潜入し表を攻撃していた戦車、騎兵部隊も正門を突破してバルト城は挟み打ちにされた。
「総督。バルトは敵の手に落ちます!!」
天使の兵士はバルトを指揮する総督に伝えた。
「すぐに脱出する。必要な物と貴族の方を連れて行くぞ!!」
「民はどうなさいますか?」
「民には仕方ないが貴族の方が大事だ」
兵士は頷くと急いで部屋を出た。
「ひけぇーい!!」
夜叉王丸が何人かの天馬部隊の兵士を倒していると天馬部隊の隊長と思わしき人物が退却を命令した。
その声を聞いて天馬部隊は巧みに戦場を後にした。
「・・・・豪く逃げ足が速いな」
夜叉王丸は血の着いた村正を鞘に仕舞うと下を見ると表と裏から攻められたバルトの総督府に風の翼の軍旗が立てられていた。
「どうやら下は占領したようだな」
「ほぉう。思ったより早かったな」
「下に降りろ」
ダハーカの手綱を引いて夜叉王丸と奇襲部隊は下に降りた。
下に降りるとゼオンと隊長達が待っていた
「被害は?」
「全部隊に死者はなし。傷害は軽傷です」
ヨルムンガルドは夜叉王丸に答えた。
「そうか」
「とんだ兵士ですよ。俺たちが侵入しただけで逃げ腰になって剣を振り上げただけで逃げたんですよ」
人間姿になったフェンリルが溜息を吐きながら答えた。
「情けない天使だな」
ダハーカは人間姿になり欠伸をした。
「一応、敵の再来に備えて準備しておけ。それからリヴァン達を呼んで来い」
隊長達は敬礼すると散会した。
「旦那。どうぞこちらへ」
ゼオンが先導するように夜叉王丸を総督府へと誘った。
総督府の中に入ると金品や宝石、芸術品などが根こそぎ無くなっていた。
「総督府の奴ら逃げやがったんですよ。宝を持って」
苛立った声でゼオンは言った。
「・・・・そうか」
夜叉王丸は少し感情を殺した声で返事をした。
総督の部屋に入ると重要書類などが燃やされた後だった。
「ゼオン。この部屋を探して何か書類がないか調べろ」
「情報にはなかった天馬部隊。何か臭い」
「了解」
ゼオンは夜叉王丸と部屋の中を探し回った。
すると机の引き出しの中に手紙が一通だけあった。
「ありました」
手紙を読んでみると
『飛天夜叉王丸の軍団が来るので天馬部隊を派遣しておくように ヘルブライ男爵』
「これは・・・・・・・・」
「ふん。あの野郎。外道にまで堕ちたか」
手紙を握り潰しながら夜叉王丸は口先だけで笑った。
「・・・鵺」
「はっ」
「これを持って魔界に行きベルゼブルに報告しろ」
鵺は渡された手紙を持って姿を消した。
「これで奴の首根っこを抑えた」
ニヤリと笑う夜叉王丸。
「・・・・軍団長」
総督府の部屋に一人の兵士が入って来た。
「どうした?」
「はぁ、それが軍団長に会いたいと言う天使の娘がいるのです」
「天使の娘?」
夜叉王丸とゼオンは顔を見合わせた。
「分かった。それじゃ、ここの客室に通してくれ」
兵士は一礼すると部屋を出て行き夜叉王丸とゼオンも部屋を後にした。
客室に行くと粗末な服を着た蒼銀の長髪を靡かせた天使の娘がいた。
透き通るような白い肌は絹のようでサファイアを填めたような瞳は宝石のようで、まさに生きた芸術品だ。
「俺が、ここの軍団長の飛天夜叉王丸だ」
部屋に入り夜叉王丸は被っていた兜と仮面を取った。
「は、初めまして。バルト市長の娘、ジャンヌ・シエル・ベルサイドと言います」
娘、ジャンヌは座っていた椅子から立ち上って一礼した。
「俺に話したい事とは何だ?」
「は、はい」
ジャンヌは口ごもっていたが、意を決したように土下座した。
「お願いです。ここ、バルト市民に狼藉は止めて下さい!!」
夜叉王丸はジャンヌの言いたい事が分かった。
略奪、強姦、殺戮などをしないでくれと言っているのだ。
戦争で勝った者は理不尽な事を罪無き民にも与えて不幸にする。
人間の頃から戦争を体験してきた夜叉王丸にはジャンヌの懇願がよく分かった。
「ジャンヌ殿」
夜叉王丸は片膝を着いてジャンヌの肩に手を置いた。
「戦争は終わった。ここで理不尽な真似はしないよ」
ジャンヌは顔を上げた。
「もしも、俺の部下が狼藉をしたら俺が始末する」
夜叉王丸の言葉には重さが感じられた。
事実、夜叉王丸は過去に狼藉を働いた部下を五十人ほど始末している。
「それより、バルト市長の娘なのに何で粗末な服を?」
あちらこちら縫った後が見えて何度も直して着ていると分かった。
「・・・・重税で買った服なんて着たくありません」
それだけ言うとジャンヌは黙った。
「父、バルト市長は貴族の方と軍隊に護られて逃げました」
「娘の君は?」
「私は、皆を置いて逃げるなんて真似は出来ません。妹も一緒です」
「・・・・・・・」
夜叉王丸は無言でジャンヌの肩に黒の陣羽織を着せた。
「血生臭いけど、それでも少しは寒さを凌げるはずだ」
立ち上がって部屋を出た夜叉王丸は憤怒の表情が浮かび上がっていた。
「・・・・・皆殺しだ」
バキバキっと手を折りながら夜叉王丸は総督府を後にした。