番外編:好きな相手だから・・・・・
虫も眠る時間と言われ魑魅魍魎が跋扈し百鬼夜行が暗躍する午前2時。
その時間に一対のベッドの中で男と女が交じ合っていた。
男は女を下から突き上げ女は貫かれた腰を淫らに動かし喘いだ。
両人の身体からは汗が流れ出ていた。
女の褐色した肌から流れ出た汗はスラリとした身体のラインを伝って下へと流れ男の身体にも触れた。
男の身体は全身に切り傷や銃痕があり浅黒い肌のせいで夜なのに余計に見えた。
女が快楽に喜び喘ぐ中で男の表情は沈痛だった。
何かに罪悪感を感じている様子だった。
やがて女は限界が近づいて来たのか腰を更に淫らにリズミカルに動かし、絶頂を迎えた。
ビクッ、ビクッ、ビクッ
女はバタリと男の見た目だけ出なく本当に鍛えられた胸に倒れ込んだ。
男は絶頂を迎えずにいたが何も言わずに女を優しく抱き締めた。
行為が終わると男は上半身が裸で黒のジーパンを穿いてベッドの端に腰を下ろし煙草を蒸していた。
銘柄はセブンスターだ。
「・・・・どうしたの?」
女が紺色のネグリージェを着て男に話し掛けた。
湯浴みをしてきたのか腰まで伸ばした黒髪が湿っていた。
「・・・・・」
男は肺にセブンスターの煙を入れ少し残った煙を吐き出した。
女は返事をしない男に苦笑した。
「罪悪感を感じてるの?」
予想が当たっていたのか男は苛立ちを隠さずにセブンスターをベッドの脇に置かれて灰皿に押し付けた。
「図星のようね」
女は笑いながら男に長細いグラスを渡した。
中には氷と透明な液体に薄くスライスしたライムが入っていた。
「ジン・トニックよ」
ジンをベースにしたカクテルで辛さと苦みがある。
食前酒と知られているが運動後のドリンクとしても知られている。
運動後には良いでしょ?と笑いながら女は真っ赤なマニキュアで塗った指でライムを握り数適を垂らしたジン・トニックを男の右頬に当てた。
男は黙って受け取ると一気に半分まで飲んだ。
半分になったジン・トニックを乱暴にテーブルの上に置いた。
「湯に浸かって来たら?」
女の提案に男は間をおいて答えた。
「・・・・そうする」
男は立ち上がって浴室に向かった。
女は男の傷だらけの背中を見つめた。
背中には女が付けた引っ掻き傷が小さくあった。
「・・・私を抱きながら、貴方の心は別な女に向いている」
微かに女の心に嫉妬の炎が浮かんだ。
しかし、直ぐに消えた。
自分が望んだことだ。
あの男は自分に見向きもしない。
これからも同じだと思っている。
「・・・・厄介なものね。恋なんて・・・・・・・」
女はテーブルの引き出しからパーラメントを取り出して赤い紅を塗った唇に銜えてカルティエのライターで火を点けた。
ふぅー、と煙を吐いて女は自嘲気味に笑った。
「こんな献身的な女は他に居ないわよね?」
好きな相手は自分ではなく他の女を愛している。
しかし、抱けない。
溜まる欲望の捌け口となる自分。
断れるのに断らない。
それは男を好きであり、欲望の捌け口でも自分を必要としてくれるためだ。
悲しいと思う時は幾度となくあったが、意地もプライドも高い自分には去る男を引き止められなかった。
プライドなんてものは、本当に譲れない所で示すもので常に示す必要はない。
以前に男が言った言葉を思い出した。
「・・・貴方の言う事は、どうして正しいのかしらね?・・・・・・飛天」
女は愛する男の名前を言いながらパーラメントを吸った。
パーラメントの味は少し塩の味が混ざっていた。