第二十八章:最愛の女性
真夜の披露目会が終わって何か月が経った。
その間に何も起こらずに平和な時が過ぎて行き季節は桜や梅が散って草木が緑色に代わって春が終わり六月になっていた。
六月のある日、夜叉王丸は一人で人間界のとある場所に来ていた。
海が見える場所の高い丘で小さな墓石が立っていて墓石名には“最愛の女性”と書かれていた。
彼女の最後を叶える為に遺骨を埋めた場所。
『海の見える見晴らしの良い場所がいいな』
生前に彼女が言った願いを叶えて夜叉王丸は人間の手が来ない場所に彼女を移した。
この場所は誰にも知られていない場所で人間の手が入っていないため自然が豊かで海も綺麗なままだった。
「・・・・・・・・・・」
夜叉王丸は墓石に一輪の花を、胡蝶蘭を捧げた。
彼女が愛した白く美しく気高い花。
六月には季節外れの花だが彼女には似合っている。
天使のように純粋で優しく女神のように気高かった彼女。
世間から爪弾きされた自分を暗闇から救ってくれたが、非業の死を遂げた彼女。
夜叉王丸はソフト帽を取ると胸に当てて黙祷した。
瞳を閉じると何時も鮮明に思い出す。
自分が無力だったばかりに彼女を見殺しにしてしまった。
それが悔しくて悲しかった。
しかし、それよりも嫌な事は時が経つ事に彼女との思い出を忘れる自分だった。
「・・・・時とは残酷だな」
一人呟くように夜叉王丸は言った。
その声は哀感に満ちていた。
墓石を眺めていると雨が降り始めた。
傘を差さずに立つ夜叉王丸に容赦なく雨は降り注いだ。
全身が雨で濡れても夜叉王丸は墓石を眺め続けた。
不意にセブンスターを取り出してジッポで火を点けると紫煙を吐いた。
「・・・・・・・・・・」
雨で濡れて湿った煙草を素手で揉み消すと懐に仕舞い背を向けて歩き出した。
「・・・また来るよ」
墓石に語りかけるように言って夜叉王丸は丘を降りた。
夜叉王丸が去ってからも雨は止まずに無情にも墓石に添えられた胡蝶蘭を襲ったが、それでも胡蝶蘭は気高さを失わなかった。
それは夜叉王丸が愛した彼女を表しているかのようにも見えた。
墓石を去った夜叉王丸は雨に濡れながら道を歩き続けた。
六月は雨の季節。
この月は夜叉王丸にとって一番嫌な季節であった。
雨が降る中で彼は自分の無力さを知った。
魔力もなく力もなく権力もなかった自分は好きな女一人も護れなかった情けない男だと知らされたのだ。
それが悔しくて悲しかった。
雨で濡れた彼女は血を流しながら目を見開いて死んだ。
その瞳は無念で満ち溢れていた。
時が経つ事に彼女との想い出を忘れる中で瞳だけは忘れない。
何故、自分が殺されるのかと訴えている瞳。
本来なら幸せで笑顔を見せる筈だった瞳を一瞬にして奪った奴ら。
あいつらが憎い。
あいつらを見逃した法が、警察が、彼女の死を面白おかしく報道したメディアが、娼婦だからと白い目を向けた世間が・・・・・・全てが憎い。
何度も滅ぼそうと考えたが、夢の中で彼女が現われて止めるのだ。
『こんな事はしないで。私を忘れて』
何度も自分に懇願する彼女を何度も抱き締めた。
しかし、眼を覚ますと温もりも彼女もなかった。
あったのは虚しさだけ・・・・・・・・・・
「・・・・・俺はどうしたら良いんだ」
苦しそうに呟く夜叉王丸。
その言葉を隠すように雨が酷くなり雷が鳴った。