第二十四章:皇帝の結婚
ベルゼブルに呼び出された夜叉王丸は城に向かい書斎に入るとベルゼブルと結婚相手が待っていた。
「あー、紹介する。こっちが、俺の妻になる源月美夜だ」
夜叉王丸が来ると恥ずかしそうに隣に立つ娘を紹介した。
十五、十六と見える顔立ちで腰まで伸びた艶のある黒髪に大きい黒真珠の瞳は神秘的な美しさがあり肌は白磁の陶器のように滑らかな肌だった。
その姿は一流の人形師が精魂を込めて作り上げた渾身の一品とも言える人形のようだった。
「は、初めまして。源月美夜と言います。歳は十五歳です」
年齢を聞いて夜叉王丸は我を取り戻した。
「おい。“義親父”」
ビクッと反応するベルゼブル。
夜叉王丸が彼を“義親父”と呼ぶ時は非常に怒っている時である。
「・・・・・馬鹿でエロの塊だと常々ながら思っていたが、とうとう未成年にまで手を出したか」
震える左手を同田貫の鍔に掛ける夜叉王丸にベルゼブルは慌てた。
「お、落ち着け!まだ手を出していない。ほ、本当に結婚したいんだ!?」
「その言葉で幾人の女を泣かせたかな?」
「み、美夜!助けてくれ!!」
ベルゼブルは美夜の後ろに隠れた。
もっとも夜叉王丸と同じ位の身長を持つベルゼブルが165の美夜に隠れても見え見えなのだが・・・・・・・・・・
「や、夜叉王丸さん。ベルゼブルは私を愛しています。本当です」
「そうだ。本当だ!!」
美夜の背後から夜叉王丸に言うベルゼブル。
「私からもお願いするわ。飛天さん」
背後から声がして振り返ると昼間なのに青いミディアムに身を包んだ美女が立っていた。
リリムと同じ容姿だが、身体はリリムを遥かに超えた豊満さと大人の女性としての魅力を感じた。
「リリスちゃん」
夜叉王丸は養母を見た。
初代皇帝サタンの正妻であるリリス。
サタナエルとリリムの母にして夜叉王丸の養母でもある。
「美夜も本気でベルゼブルを愛してるし彼も本気よ」
赤い瞳で夜叉王丸を見つめるリリスの表情は本気だった。
「・・・美夜ちゃん」
夜叉王丸は美夜を真っ直ぐに見つめた。
「こいつと結婚するって事は、全悪魔の母親になる事を意味しているよ」
「それでも良いのかい?」
「・・・・覚悟は出来ています」
「・・・・・絶倫の女たらしで浮気癖のある男だけど良いの?」
真剣な話から行き成り変な話に変わって美夜は恥ずかしそうに顔を赤くしたが頷いた。
「飛天!!」
「・・・・私は、絶倫の女たらしのベルゼブルでも愛しています」
真剣な眼差しで夜叉王丸を見る美夜。
「ベルゼブル。ちゃんと面倒を見ろよ?」
その言葉を聞いてベルゼブルは夜叉王丸に抱き付いた。
「飛天!ありがとう!!」
「放せ。男に抱かれる趣味はない」
冷酷な声でベルゼブルを横に引っ叩いた。
しかし、その顔は何処か二人の結婚を祝福しているように微笑んでいた。
「これから頼むよ。母上」
美夜の手を取り気さくに笑い掛けて夜叉王丸は城を後にして屋敷に戻るとジャンヌにベルゼブルの結婚を伝えた。
「まぁ、皇帝陛下が結婚を」
「あぁ。俺に結婚しろとか言っていたが自分が結婚する事になった」
自室のソファーに座りながら夜叉王丸は立っているジャンヌに微笑んだ。
「お相手は人間なのですよね?」
「何でも俺らが旅に行っている間に人間界で一目惚れして色々と裏で動いてハートを射止めたらしい」
「大丈夫なのでしょうか?」
「何とかなるだろ。俺も出来る限り力を貸すからな」
夜叉王丸の言葉を聞いてジャンヌは自分のように喜んでいた。
ベルゼブルから結婚の話を聞かされてから半年後に魔天楼で盛大に結婚式が行われる事になった。
当初から懸念していた美夜暗殺などは起らず妃の誕生を喜ぶ声や手紙などが城に寄せられた。
『・・・・用心が過ぎたか』
自分の用心深さに苦笑する夜叉王丸。
今は軍服に身を包んで式場の中で警備の役として立っている。
皇子として本来ならば参加するべきなのだが、堅苦しいのは嫌である為に無理を言って警備の役に着いたのだ。
「皇子様。以上はありませんか?」
シルヴィアが小声で夜叉王丸に話しかけてきた。
式は始まっていて王族と一部の貴族が参加しているだけで周りは近衛兵などが固めている。
「今の所は以上ない。だが、最後まで気を抜くな」
「心得ております」
夜叉王丸に一礼してシルヴィアは持ち場に離れた。
何時もならシャルロットが割り込んで来るのだが、現在は式場の外を警備している。
初めはシルヴィアと一緒に式場の中を警備させる予定だったが、喧嘩になっては堪らないため夜叉王丸が二人を放したのだ。
『・・・・何事もなく終わってくれ』
夜叉王丸は軍帽を深く被り直して侍従長の前に立つベルゼブルと美夜に視線を移した。
ベルゼブルは詰襟型の黒の軍服を身に纏い腰には装飾が施されているが貫禄のある大剣がぶら下がっていた。
美夜の方は最上級の青と言われる群青色のロングドレスに身を包み髪には色取り取りの宝石が填められたティアラを被っていた。
魔界では白などは天界などを意味して忌み嫌われて逆に黒や青などが最上級の色とされている。
群青色のドレスを着た姿は地獄に舞い降りた美の女神のようだった。
「地獄帝国皇帝バール・ゼブルと源月美夜を夫婦と認めるため永遠の杯を・・・・・・・・」
侍従長の言葉を合図に侍女が盆に載せた黄金の杯を二人に渡して赤い酒を注いだ。
「・・・・我、バアル・ゼブル。源月美夜を永遠の伴侶とする事を誓う」
「・・・・源月美夜。バアル・ゼブルを永遠の伴侶とする事を誓います」
二人は互いに杯を口に当てて酒を飲んだ。
「この場に居る者。二人が永遠の伴侶である事を認めるか?」
王族達と貴族は頷いた。
「ここに、二人を夫婦として認める」
侍従長が言い終えると拍手が出て二人を祝福し夜叉王丸も小さく手を叩いて養父の結婚を祝った。
式が終わると直ぐに舞踏会場に移り披露目会が始まったが夜叉王丸は披露目会には出ずに舞踏会場を出て帰ろうとした矢先に呼び止められた。
「・・・・夜叉王丸様」
碧色のミディアムドレスを身に纏って腰まで伸びたウェーブの掛った鳶髪を垂れ流して緑色の瞳が夜叉王丸を熱く見つめていた。
『・・・・・アモンの姪じゃねぇか』
ヘルブライ男爵を助けた時の娘である事に夜叉王丸は不味い相手に会ったと後悔した。
妖獣大戦が始まる前に何度か夜会に出た度に何処からか視線を感じていたが殺気や敵意などを感じていなかった事から気にしていなかったが、視線の正体はこの娘だったのか。
「この前は危ない所を助けて頂いてありがとうございます」
エレナ嬢は優雅に洗礼された物腰で一礼した。
その仕草などから生まれ持っての品格さだと夜叉王丸は感じながらむず痒さを覚えた。
「いや、あれは前にも言った通り俺の揉め事で巻き込んだ事だから謝らなくて良いよ」
夜叉王丸は柔らかな口調で答えたがエレナ嬢は引かなかった。
「いいえ。あの時、私もう駄目かと思いました。私を助けるために怪我を負ってしまって・・・・・・・・」
静かに歩み寄って夜叉王丸の胸に触れようと手を伸ばしてきた。
「本当に気にしないでくれ」
さらりとエレナ嬢の手から逃げた。
「それよりこんな所にいては変な噂が立つから早く戻った方が宜しいですよ」
このような場所で年頃の娘が男と居れば変な噂が忽ち流れるのは必定だ。
特に宮廷侍女の情報網は侮れないと夜叉王丸は肌で実感していた。
「私は夜叉王丸様となら噂になっても構いません」
軽い脅しで言ったがエレナ嬢は馬鹿にしたと取ったようで強気な口調で言ってきた。
「父も兄も夜叉王丸様を慕っております。だから、私と噂になれば寧ろ喜びます」
「しかし、私は男爵です。侯爵家とは天と地の差もありますよ」
「男爵と言えど夜叉王丸様は皇子です」
ああ言えばこう言うで一歩も引かないエレナ嬢。
『・・・・どうすれば良いんだよ』
どうやったらエレナ嬢から逃げられるか思案していた夜叉王丸に声を掛けてくる人物が現われた。
「あら?誰かと思えばエレナじゃないの」
青色のミディアムドレスに身を包んだリリムはエレナ嬢に挑発的な口調で話し掛けてきた。
「貴方って本当に猪突猛進ね。飛天様が困ってるのにお構いなしなんだから」
「これは私と夜叉王丸様の問題です。リリム様は黙っていて下さい」
紫の瞳でリリムをキツク睨むエレナ嬢。
「義兄である飛天様が困っているのに助けない訳にはいかないわ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
バチバチッと互いに火花を散らす二人。
夜叉王丸は知らないが、この二人は互いに認めるライバル関係なのだ。
同い歳で同じ学年の同じ科でプライドも家柄も高い二人は常に意見が衝突し成績や人気などでも争っている程の犬猿の仲なのだ。
「・・・リリム様。私、負けませんわよ」
「それは私も同じよ」
エレナ嬢の挑戦状にリリムは真っ向から受け止めた。
二人がいがみ合っている内に夜叉王丸が帰ったのを二人はまだ知らない。
城を出た夜叉王丸は暫くの間は夜会には出まいと考えていたが、その考えは無残にも打ち砕かれた。
結婚式の後日、披露目会なども終わって一段落が終わった頃に夜叉王丸宛にベルゼブルから手紙が来た。
手紙の内容はエレナ嬢との見合い話だ。