第二十一章:商人からの依頼
魔界に帰った夜叉王丸をジャンヌが温かい笑みで迎えてくれて夜叉王丸は心が癒された気がした。
妖獣大戦で戦死した兵たちは屋敷の庭にバラテから移した戦死者と一緒に戦没者の墓に埋められた。
戦没者の墓には今まで死んでいった兵士が眠っているが軍法を破った者の墓はなく名前すらも抹消されている。
夜叉王丸は何時も墓を見る度に居た堪れなくなる。
自分の戦略が間違っていたから大勢死なせたのか?と思う事がある。
戦なのだから割り切るしかないのだが、どこか心が痛む。
そんな夜叉王丸だからこそ皆は尊敬して命を投げ出すのだと兵士たちは言っている。
戦没者の埋葬を終えてからベルゼブルに戦報告を伝えた。
「そうか。分かった」
ベルゼブルは書類を見ながら短く言った。
最初から夜叉王丸が勝つ事を分かっている口調だ。
「じゃあな。俺は帰る」
要件を伝えた夜叉王丸は城を出て屋敷へと帰還した。
「飛天様。お帰りなさいませ」
屋敷の門を潜り玄関に着くとジャンヌが待っていたのか出迎えてくれた。
「ただいま。ジャンヌ」
夜叉王丸は笑顔でジャンヌの出迎えに答えた。
「俺を待っていたのか?」
少し期待して聞いてみた。
これにジャンヌは少し頬を赤くした。
その姿を見れば待っていたと解る。
「・・・・お客様が見えておりますので」
耐えられなかったのかジャンヌは恥ずかしそうに口を開いた。
「客?」
「はい。万魔殿の貿易商人さんが」
フォカオル達ではない事に安堵しながら夜叉王丸は靴を脱いで屋敷へと上がりジャンヌと一緒に客室へと向かった。
客に気を利かせた洋室の客間だった。
「お久し振りです。夜叉王丸様」
商人は身軽ながら身繕いされた服装に身を包んだ男は夜叉王丸が入って来ると椅子から立ち上がって一礼した。
「おぉ。久し振りだな」
夜又王丸は気さくな笑みを浮かべて男に笑い掛けた。
ジャンヌは自然な動作で夜叉王丸の後ろに控えた。
バール王の徹底とした教育が行き渡っている事が窺える。
「何か用か?」
ソファーに座って足を組みながら聞いた。
「はい。実は、インドまで荷の護衛を頼みたいのです。以前に夜叉王丸様が盗賊などを退治してくれて問題ないと思っているんですが、念の為に・・・・・・・」
「別に構わないぜ。引き受けた」
「ありがとうございます」
「男爵になっても助けるって言っただろ?」
男に笑い掛ける夜叉王丸の瞳には優しさが宿っていた。
「お礼は金貨と酒で宜しいですか?」
「あぁ」
男はソファーから立ち上がると夜叉王丸とジャンヌに一礼して部屋を出て行った。
「依頼って何ですか?」
「男爵になる前に用心棒として働いていたことがあってな」
「用心棒?」
「あぁ。金が無かったから色んな事をして金を働いていたからな」
バール王から夜叉王丸の一通りの事は聞いていたが用心棒をしていたなど聞いていなかった。
「そうだ。お前も来るか?」
唐突にジャンヌに言った。
「え?」
「用心棒が終わったら、また旅に出かけるからな。お前も旅行気分でどうだ?バルトに残した妹が心配なら里帰りをしても構わん」
夜叉王丸としてはジャンヌと一緒に旅をしたいと思っていたが口には出さなかった。
「私で良ければ一緒に行きます」
「そうか。ありがとう」
子供のような笑みを見せる夜叉王丸にジャンヌは微笑んだ。
「それじゃ、着替えとか準備しておいてくれ」
嬉しそうに部屋を出る夜叉王丸。
夜叉王丸が去ってからジャンヌも洋室を出て与えられた自室へと向かった。
ジャンヌ達メイドの為に用意した部屋は高級ホテル並みの設備が整った部屋で夜叉王丸なりに感謝の気持ちでもある。
自室に入るとバール王から貰った革のスーツケースに衣服を入れた。
何でスーツケースを送られたか分からなかったが、今になってスーツケースを渡した理由が分かった。
一通りの準備を済ませたジャンヌは上質な木材で作られたオフィスデスクの椅子に座ると二段目の引き出しから白紙を取り出して鳥ペンにインクを付けて文字を書き始めた。
『新愛なる妹、ティナへ
バルトでの仕事はどうですか?幾ら都で勉強してきたとしても慣れない事では大変じゃない?何かあったら手紙を下さい。力になりますから。
私は魔界で飛天様のお世話をしています。バール王様が用意してくれた他のメイドの方々と仲良くしているので安心して下さい。
飛天様が戦に出かけた時は心配でしたが無事に戻って来てくれました。それから、これは嬉しい知らせです。
近い内に飛天様と旅行に行く事になりました。飛天様から一緒に行かないかと誘われた時には嬉しくて飛び上りたくなりました。旅から戻ったら、また手紙を書きますね。
貴方の姉、ジャンヌより』
手紙を書き終えたジャンヌは夜叉王丸と行く旅に仄かな期待を胸に抱いて止まなかった。
一方、自室に戻った夜叉王丸は革トランクの中に衣服などではなく手榴弾や分解した凡庸アサルトライフルG3/SG1とフランス外人部隊が使用しているコンバットナイフにセブンスターを一パック入れた。
魔術などを積極的に使うのは避けたい夜叉王丸は改造した人間界の武器を使用する事が多く弾は全て銀の弾丸だ。
トランクに詰め込むと背面に装着したヒップ・ホルスターからモーゼル・ミリタリーM712を取り出した。
モーゼルC96の最終バージョンとして作られてクリップ装填から弾倉式に変えてフルオートも撃てるようになった軍用拳銃だ。
しかし、今ではベレッタなどの新式自動式拳銃に押されて何処の国にも採用されていないが数少ない愛好者もいる。
モーゼルの遊底を引くとガチンっと音がして7.63mm弾が装填された。
初弾を装填したモーゼルをバックサイド・ホルスターの中に入れると壁に立て掛けていた黒鞘に収まった九州肥後同田貫を手に取った。
身巾がひろく嵩ねは厚く堅牢な造り込みの実用刀として、戦国期に需要の高かった派の一つだったが実用刀として酷使され健全な現存品は少なく、加えて作柄の出来、見処(鑑賞価値)に乏しい作刀が多いことから、著名で高価なわりに現代の刀剣界において評価の低い刀工群でもある。
しかし、何処か無骨でありながら気高い心を持った猛々しい獅子のような印象を与える同田貫を夜叉王丸は好きだった。
人間界では持ち歩いていないが魔界では常に腰のベルトにフックでぶら下げて持ち歩いている。
鞘から抜くと白刃が夕陽の光に当たって輝きを放って夜叉王丸の瞳に当たり眩しさに金色の瞳を細めたが直ぐに鞘に収めると壁に掛けて部屋を出た。
三日後に夜叉王丸はジャンヌと一緒に商人の馬車に乗り魔界を離れてインドへと旅立った。