第十九章:決戦そして終戦
要塞を破壊した翌日のまだ一番鳥が鳴いていない内に夜叉王丸の軍団は行動を開始した。
茨木童子が指揮する砲撃部隊は要塞に届く距離まで木砲や野砲などを設置しヨルムンガルドが率いた騎兵隊と戦車部隊は西側の堀に移動した。
「ダハーカ。俺たちは鵺が放火したら動くぞ」
飛竜姿になったダハーカに話しかける夜叉王丸は右手に朱鷹を握っていた。
「了解した」
ダハーカが欠伸混じりで返事をした。
それから待つ事、十分後に城から煙が上がった。
「合図だ」
夜叉王丸の言葉と同時に砲撃が始まり連合軍も動き出した。
「さぁ、行くぞ!!」
ダハーカが甲高い唸り声を上げて翼を広げ大空に舞い上がった。
続く様に数百匹の飛竜が飛び上った。
「攻撃開始!!」
夜叉王丸の言葉に一斉に飛竜達がブレスなどを吐いて城を上空から攻撃した。
上空からの予想外の攻撃で城は騒然とした。
西側は早くも門が破られて騎兵隊や戦車部隊が突入する激音がした。
突撃部隊は弓弩部隊の援護を受けながら空堀にいる妖狼族に突撃して激しい斬り合いをしていた。
砲撃部隊は適格に死角とも言える場所を砲撃して重要拠点などを狙い撃ちにした。
叫び声を上げ逃げ惑う民衆、腕や足を斬られて泣き声を上げる兵士、慌てて兵舎から出たが猛然と襲い掛かる大砲と矢の雨に再び兵舎へ逃げる兵。
一万五千という兵数と朝方と言う時間で奇襲されるのを予想していなかったのか敵は大混乱に陥っていて戦える状態ではなかった。
そこへ追い打ちを掛けるように連合軍が突入して来て空堀を突破した何人かの兵士が正門の攻略に掛った。
「・・・・月黄泉の奴、あんな所に陣を構えてたら襲われるぞ」
上空から見えた月黄泉に夜叉王丸は呆れ果てていた。
月黄泉のいる場所は東側で城から放たれた矢の雨が降り注いでいた。
「お前が言った事を気にしてるんじゃないか?負けず嫌いな性格に見えたしな」
ダハーカが炎を注水拠点に向けて吐きながら答えた。
「言ってる傍から敵に襲われている。しかも、仲間に裏切られてな」
「ダハーカ。月黄泉を助けに行くぞ」
「あんなペチャパイ女帝の為に健気だな」
呆れた口調で言いながらも月黄泉の方角へと飛ぶダハーカ。
「貴様らっ。裏切るか!!」
月黄泉は周りを取り囲んだ部下達に怒鳴った。
「私たちは貴方様のやり方にうんざりしました」
部下達は刀を月黄泉に向けて言った。
「おのれ!!」
月黄泉は掌に炎を作り部下に向けて放った。
何人かには当たったが、その隙に何人かの部下達が斬りかかって来た。
襲い掛かる白刃を月黄泉は必死に避けたが長い裾が邪魔で思うように動けずに転倒してしまった。
「・・・・ぐっ」
立ち上がろうとしたが喉元に刀を突き付けられて動けなかった。
「命乞いでもしますか?」
「誰がするか!!」
月黄泉は狐火を作ろうとしたが部下に足で腕を踏まれて出来なかった。
「せっかくの気持ちを無駄にするとは、馬鹿な女だ」
冷やかな眼差しで月黄泉を一瞥すると刀を振り下ろそうとした。
『不覚!!』
金色の眼をきつく瞑ったが、何時まで経っても刀が振り下ろされない。
「・・・・・・」
うっすらと瞳を開けると槍で胸を抉られて絶命する部下がいた。
周りも一撃で絶命している部下と敵がいた。
「大丈夫か?月黄泉」
部下の後ろから顔を出したのは夜叉王丸だった。
「や、夜叉王丸!!」
「怪我はないか?」
槍を貫いた部下の身体から引き抜きながら左手を差し出した。
鮮血が飛び散り夜叉王丸を赤く染めて恐怖を感じさせた。
「よ、余計な世話じゃ!!」
差し出された手を振り払い立ち上がろうとしたが、左足に鈍い痛みが走り倒れそうになった。
「足でも挫いたか?」
倒れそうになった月黄泉を抱き止めながら夜叉王丸は足を見た。
「は、放せ!?下郎!!」
抱き止められた身体を突き飛ばそうとしたが、ビクともしなかった。
「動くな」
低い声を耳元で言われて月黄泉はビクリとした。
「足を挫いたな。慣れない事をすると痛い目に遭うんだ」
「き、貴様が悪いんじゃ。貴様が妾を馬鹿にする事を言うから」
「あれ位で怒るとは若いな」
何処か馬鹿にしたような口調で喋る夜叉王丸に月黄泉は激怒した。
「黙れ!放せ!指揮が取れぬではないか」
夜叉王丸を渾身の力で突き飛ばして歩こうとしたが痛みが走り再び転倒しそうになった。
「そんな足で指揮なんて出来ないだろ?」
嘆息を漏らしながら夜叉王丸は月黄泉の身体を片手で肩に抱き抱えた。
「な、何をする?降ろせ!降ろさぬか!?」
力の限り暴れたが夜叉王丸は一向に放す気を見せずに月黄泉の狐耳に囁いた。
「・・・俺の言う事を聞け」
さっきよりも低く少し苛立ちが籠った口調で言われて月黄泉は大人しくなった。
生まれてから今まで男に命令口調で言われた事はなかった。
しかし、目の前に立つ男は命令口調で自分に物を言っている。
逞しい肉体は城で働いていた武将たちよりも頼り気だった。
「・・・・大人しくなったか。良い子だ」
耳元で囁かれる言葉に月黄泉はどうしようもない感覚を感じた。
夜叉王丸は片手で月黄泉を抱いていない手で懐の中から包帯を取り出して月黄泉の足に巻いた。
「これで応急処置は終わりだ」
月黄泉の足を軽く叩く夜叉王丸。
「指揮を取りたいなら俺と来るか?」
月黄泉は小さく頷いた。
「ダハーカ。こいつも乗せるぞ」
飛竜姿のダハーカに抱えていた月黄泉を見せる夜叉王丸。
「どうせなら巨乳の美女を乗せろよ。こんなペチャパイで勝ち気な女を乗せるのは俺のポリシーに反するぞ」
文句を垂れながら頭を低くするダハーカ。
「だ、誰がペチャパイだ!!」
月黄泉はダハーカに怒鳴った。
「ペチャパイをペチャパイと言って何が悪いんだよ。ペチャパイ女帝」
「貴様ッ!!」
月黄泉が狐火を作ろうとしたのを夜叉王丸が止めた。
「そう怒るな。今は戦闘中だぞ」
夜叉王丸の言葉に月黄泉は頷くしかなかった。
その時、何かが破られる音がした。
「ほぉう。どうやら正門が破られたようだな」
眼を細める夜叉王丸。
「そろそろ終幕だな」
夜叉王丸は月黄泉を抱えたままダハーカに乗ると飛び上った。
「ひゃっ」
月黄泉は初めて空を飛んだ事で悲鳴を上げた。
「心配するな。俺にしがみ付いてれば問題ない」
ポンポンと背中を叩く夜叉王丸の首に月黄泉は腕を巻き込んだ。
「ダハーカ。城に行け。要塞は他の奴らに任せておけ」
「分かったぜ。相棒」
ダハーカは城に向かって突っ込んだ。
「俺は天守閣で降りる。お前は殺戮しろ」
夜叉王丸は天守閣の上に月黄泉を抱えたまま飛び降りてダハーカは急降下して妖狸の軍勢に襲い掛かった。
「今から下に降りるから、しっかり掴まっていろ」
朱鷹を振り下ろすと瓦が壊れて天守閣が崩れ落ちた。
下に降りると褌姿で唾液を垂れたビール腹が目立つ中年の男と破かれたのかあられも無い着物を着た緋夜と金髪の似合う女性がいた。
「な、何者じゃ?貴様はっ」
男は夜叉王丸と月黄泉の姿を見て狼狽した。
「地獄帝国、飛天夜叉王丸男爵だ。攫われた娘たちを取り戻しに来た」
月黄泉を下ろすと夜叉王丸は朱鷹の槍先を男に向けた。
「魎月に取って代わろうとは愚かな奴だ」
ニヤリと笑う夜叉王丸。
「黙れ!!たかが悪魔ごときが!?」
男は刀台に手を掛けようとしたが夜叉王丸の投げた朱鷹で刀を破壊された。
「動くな。次は無いぞ」
背中の朧月に手を掛ける夜叉王丸。
「で、出会え!!敵だ!出会え!出会え!!」
声を聞いたのか刀を持った妖狸が襖を開けて入って来た。
「夜叉王丸!こ奴らは妾が相手をする。主は、その腹狸を殺せ!!」
月黄泉が狐火を宿しながら夜叉王丸に向かって叫んだ。
「さぁて、どう料理をしてやろうか?」
夜叉王丸が一歩でると男が一歩さがった。
「・・・・ま、待ってくれ。む、娘たちは返す。だから、助けてくれっ」
「皇帝からお前らを徹底的に叩けと命令されてるんでね」
朧月を引き抜きながら答えた。
蒼白い光を放つ朧月。
「・・・・じゃあな。腹狸」
夜叉王丸は背を向けた男を右袈裟に斬った。
鮮血が部屋を真っ赤に染め男は一撃の元で絶命した。
後ろを見ると月黄泉が最後の敵を狐火で燃やしていた。
「・・・・・・・」
夜叉王丸は朧月に着いた鮮血を振り払って鞘に収めると緋夜と女性に近づき片膝を着くと陣羽織を二人に掛けた。
「・・・遅くなってすまなかったな」
「・・・・夜叉王丸様」
緋夜と女性は震える手で夜叉王丸の胸元に飛び込んで泣いた。
今まで恐怖と戦って来たが、助けに来た夜叉王丸の姿を見て我慢していたものが爆発したのだ。
「・・・もう大丈夫だ。心配するな」
夜叉王丸は二人を優しく抱き締めた。
暫くの間、二人の鳴き声が天守閣から漏れていた。