第一章:最果ての地
城を後にした夜叉王丸は魔界の最果ての地であるバラテへとユニコーンに乗って向かった。
バラテには魔獣などが生息して軍でさえも足を踏み入れるのを避けている場所が夜叉王丸の住んでいる場所である。
以前は城に住んでいたが人間出身であるためサタナエルなど純血を重んじる悪魔たちに連日のように暗殺されそうになった事からバルトに移り住んだ。
現在、バルトに住んでいるのは夜叉王丸とその軍団、風の翼に所属する兵士だけである。
軍団と言っても名ばかりで兵士の全員が元重罪人で装備も貧弱で兵数も僅か二千人と少ない。
魔術師も居なければ軍医さえも居ないという軍団であるため人間であった夜叉王丸の知識を活かして木砲など資金が無くても作れる兵器を作り戦っている。
ヘルブライ男爵などからは弱小軍団と言われているが、獅子の如く勇敢に戦う事で他の軍団からは一目置かれている。
ユニコーンに乗りながら夜叉王丸は人工的に作った道を進んで先にある大きな洞窟に入った。
中に入ると馬小屋がありユニコーンを馬小屋に入れると隣にある部屋へと中に入った。
「よぉ。飛天」
部屋に入ると三人用のソファーに大きな身体を預けてウォッカを瓶のままラッパ飲みする男に出くわした。
「よぉう。ダハーカ」
夜叉王丸は無表情から砕けた顔になって男、ダハーカの傍にあった一人用の椅子に座った。
ダハーカは夜叉王丸の軍団である風の翼の奇襲部隊を務める隊長で夜叉王丸の相棒でもある。
「どうだった?久し振りに城に召集されて?」
「どうもこうもヘルブライの野郎が出て来て最悪だった」
夜叉王丸は黒のトレンチコートに手を入れて日本産の煙草、セブンスターを口に銜えた。
「またあのムカつく野郎が現われたんですか?」
ダハーカの後ろで黒い執事服を着た男とチェスをする腰まで伸びた茶色の髪を三つ編みにした青年が夜叉王丸に話しかけてきた。
彼の名前はゼオン・エルヴィン・ハンニバル。
風の翼の副長を務める元スラム街出身の悪魔で冥界の牢獄に閉じ込められていた所を夜叉王丸に助けられ類い稀なる指揮能力から副長に任命された。
ゼオンとチェスをしている相手は風の翼の参謀を務めるヨルムンガルド。
夜叉王丸に仕える執事としても活躍していて人柄も良いのだが、平気な顔で毒舌を吐く事で有名だ。
「あぁ。俺のような人間風情にバルト制圧は無理だと言われた」
口に銜えたセブンスターをジッポーロフティクロスSVで火を点けながら夜叉王丸は苦笑した。
このジッポライターは5面に、V刃彫刻、全コーナーにリューター彫刻、裏面にダイヤ彫り、表面にはフランス王国の紋章であるユリのモチーフの十字架クロスをNC彫刻、十字架クロス中心部分にはパワーストーンを嵌め込み気高さの中に力強さを秘めた逸品のZIPPOライターだ。
「いっそのこと殺したらどうです?」
さらりと恐ろしい事を口走りながら盤上から眼を放さずに白のビショップを動かすヨルムンガルド。
「チェックです」
「げっ」
ゼオンは焦った表情を見せてキングを動かした。
「そっちに逃げるのですか?それならこれで、チェックメイトです」
ナイトを動かしてヨルムンガルドは右目に填めたモークルのずれを直した。
「くそっ!!また負けたー」
ゼオンは悔しそうに唇を噛んだ。
「盤上での戦争では負け続きですね」
勝ち誇る笑みを浮かべるヨルムンガルド。
「何だ。またゼオンの負けか」
「やれやれ。これで何百敗戦したんだよ」
部屋の更に奥から出てきたのはダハーカよりも小柄だが、それでも大きな体格の良い男と通常の犬よりも更に大きな黒い犬いや狼だった。
大きな男は茨木童子で狼の方はフェンリル。
二人とも風の翼で砲撃と突撃部隊の隊長であり夜叉王丸の頼れる仲間である。
「ちょうど良い。お前らに先に伝えておく」
夜叉王丸は紫煙を吐いて灰を簡素に作られたテーブルの上にあった灰皿に捨てた。
「バルトを制圧するようにベルゼブルから言われた」
「あの要塞か。厄介だな」
茨木童子はコーヒー豆を手動ミルに入れて挽き始めながら喋った。
「あぁ。まだ詳しい事は分からないが、お前とダハーカの部隊が役立つと思うから頼む」
短くなったセブンスターを灰皿の底に押し付けて火を揉み消しながら夜叉王丸はダハーカと茨木童子を見た。
「了解した」
ダハーカはウォッカの瓶を天井に向けて上げ茨木童子は入れたコーヒーを持って頷いた。
「それを聞いて安心した」
夜叉王丸は椅子から立ち上がり部屋を出て自室に向かった。
自室に戻ると小さな声で名前を呼んだ。
「・・・鵺」
何時の間に現われたのか分からない内に夜叉王丸の前に全身を黒の服に身を包み黒のスカーフで顔半分を隠した男が現われた。
「・・・・お呼びでしょうか?」
鵺と呼ばれた男はスカーフを外して片膝を着いた。
スカーフを外すと右目の刀傷が鮮明に浮かび上がった。
この鵺は夜叉王丸が人間界のとある場所で記憶を失った状態で見つけて手元で面倒を見ていたので恩を感じたのか夜叉王丸の影として裏で密風部隊と呼ばれる敵の情報収集から暗殺を手掛ける部隊を指揮して夜叉王丸を助けている。
「知っているだろうがバルトを制圧するように命令された」
「・・・はっ」
鵺は無表情で頭を垂れた。
「密風部隊を連れてバルトの情報を集めてくれ」
「この身を骨にしても必ず役に立つ情報を得て参ります」
「頼んだぞ。だが、死ぬような真似はするな」
「・・・・・御意」
夜叉王丸の言葉に鵺は一瞬だけ嬉しそうな表情になったが直ぐに無表情に戻った。
「・・・気を付けて行け」
鵺はスカーフを戻すと、もう一度だけ夜叉王丸に一礼して音もなく姿を消した。
鵺が姿を消すと夜叉王丸は簡素なベッドに身体を沈めると金色の瞳を閉じた。
『・・・・天然の要塞バルト、か。落とすのは難しいな』
心の中で不安な気持ちになりながら夜叉王丸は深い眠りへと旅立った。
夜叉王丸には頼れる仲間が居るからこそ人間出身であるというハンデーを超えて生きている。
この仲間達の物語もいつか書きたいと思っています。