第十六章:妖鳥族からの助け
夜叉王丸は大名庭園にある松の木の下でフェンリルと一緒に昼寝をしていた。
そんな時にメイド姿に身を包んだジャンヌが現われて夜叉王丸を揺さ振った。
「飛天様。お目覚め下さい。飛天様」
ジャンヌがメイドになってから一か月が経った。
その間、夜叉王丸と呼んでいたが夜叉王丸本人から飛天と呼ぶように言われて飛天と呼んでいる。
ジャンヌとバール王が選出したメイドは実に働いている。
男だけで暮らしていた風の翼の兵士たちにとっては感極まりなかった。
全員が美人揃いで気立ても良い事で人気が高いが特にジャンヌの人気は絶大で毎日のようにラブレターが送られている。
「んっ?もう夕食の時間か?」
寝ぼけた眼差しでジャンヌを見る夜叉王丸。
「いいえ。夜会に来るようにベルゼブル様から“命令”が来ています」
夜叉王丸は明らかに不愉快な表情になった。
男爵になってから夜叉王丸は頻繁に夜会に呼び出される事が多くなった。
理由としては大天使ミカエルを打ち倒した英雄であるのが理由だが、皇子でもある事から関係を持って得したいと考える貴族たちの思惑があった。
ベルゼブル、サタンに至っては二千八百歳と人間でなら三十路になるのに独身である夜叉王丸に早く落ち着いて貰おうと見合い話を持ち掛けて来る。
表向きは夜叉王丸の為と言っているが本当は初孫を抱きたいのが理由らしいと噂になっている。
「面倒臭いが行くしかないか」
嘆息しながら夜叉王丸は寝ているフェンリルの頭を一撫ですると自室へと向かった。
夜叉王丸の自室は和室と洋室の二つあるが、どちらも必要な物しか置かず贅沢な物は置いていない。
無駄に着飾るのを嫌う夜叉王丸の性格をよく表していると言える。
洋風の自室に行くとタンスの中から黒の軍服と軍帽を取り出して着ていたジャケットなどを脱いで軍服に身を包んだ。
ボサボサの髪も櫛で梳かして無精髭も髭剃りで剃り落とした。
腰のベルトに黒漆で塗られた同田貫をぶら下げて軍帽を被るとヨルムンガルドが運転する馬車に乗り込んで魔天楼に向かった。
「それでは頃合いを見計らってお迎えに上がります」
ヨルムンガルドは夜叉王丸を下ろすと馬車を走らせて去って行った。
「はぁ、面倒臭いな」
夜叉王丸は溜め息を吐きながら正門を潜った。
「や、夜叉王丸様っ。こ、こ、こんばんは!!」
正門を潜ると義妹のリリムが赤面しながら夜叉王丸に挨拶した。
「あぁ。久し振りだな。リリム」
夜叉王丸は何時もの事だな、とリリムを一瞥すると隣を通り過ぎて夜会が開かれている舞踏会場へと足を運んだ。
「ま、待って下さいよ!!」
慌ててリリムが追いかけて来るのを夜叉王丸は小さく笑って足の速さをリリムに合わせた。
舞踏会場に着くと大勢の貴族たちが夜叉王丸に押し掛けてきてリリムは追い出されるようにして夜叉王丸から引き離された。
「こんばんは。夜叉王丸様。今夜は一段と凛々しい姿ですね」
「夜叉王丸様の屋敷はとても立派ですね」
などと歯の浮くような世辞を言っては夜叉王丸の気を引こうと躍起になる貴族たち。
『これだから嫌なんだ』
嘆息しながら夜叉王丸は辺りを見回してシルヴィアが居ない事を確認した。
「こんばんは。飛天様」
貴族の輪を抜けて青色のミディアムドレスを着たシャルロット女伯爵が出てきた。
「おぉ。シャルロット。今日は軍服じゃないな」
「えぇ。今日は飛天様のために着飾りました」
「綺麗だな」
素直な感想を述べる夜叉王丸にシャルロットは頬に手を当てて恥ずかしがった。
「まぁ、嬉しいですわ」
「・・・・こんばんは。皇子様」
二人で談笑していると低い独特の声がした。
「・・・あら?これはシルヴィア侯爵ではありませんか」
シャルロットは明らかに嫌な顔をした。
シルヴィアも今夜の姿は近衛兵の軍服ではなく裾の長い赤のミディアムドレスに身を包んでいた。
「貴方も今日はドレス姿なんですね?」
「たまには夜会に出ないと貴族として申し訳ないからな」
「私は飛天様のためにドレスを着てますの。侯爵のように貴族としての義務なんて考えた事もありませんわ」
「ふん。これだから没落貴族は駄目なのだ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
バチバチっと火花を散らす二人に夜叉王丸は嘆息した。
『せっかく着飾ったんだから少しは仲良くしろよ』
静かに去ろうとした時にガラスが割れる音がした。
「や、夜叉王丸、様・・・・・・・・・」
割れたガラスから中に入って来たのは全身傷だらけの将皇だった。
周りにいた貴族たちは将皇の姿を見ると悲鳴を上げた。
「将皇殿!どうした?」
夜叉王丸は駆け足で将皇の元に駆け寄った。
「や、夜叉王丸様っ。ど、どうか助けて下さい」
将皇は震える血まみれの手で夜叉王丸の胸に縋った。
「ひ、姫様が、姫様を・・・・・里を助けて下さい」
途切れながら懇願すると将皇は気絶した。
「シャルロット。直ぐに医者を連れて来い!!」
シャルロットは直ぐに身を翻すと走った。
「シルヴィア。お前は近衛兵を連れて怪しい人物がいないか調べろ」
シルヴィアも直ぐに頷くと急いで舞踏会場を後にした。
夜叉王丸は将皇を軽々と持ち上げると呆然とする貴族たちを置いて出て行った。
城にある自室に将皇を運んだ夜叉王丸はシャルロットが呼んで来た医者に将皇を任せるとシルヴィアの元へ向かった。
「皇子様。ただ今、怪しい人物を捕まえました」
シルヴィアが縄で絞められた中年の鎧姿の男を差し出した。
鎧は和風で、そこそこ贅を凝らした鎧だったが争ったのかあちらこちら汚れていた。
「他の奴らは?」
「ただ今、部下が捕らえています」
「おい。お前、何処から来た?」
夜叉王丸は片膝を着いて男を見た。
「勝手に城の中に入るなんて不法侵入罪に侵略罪だぞ」
男は答えとばかりに夜叉王丸に唾を吐いた。
「貴様っ」
シルヴィアが動くより早く夜叉王丸の拳が男の左頬を殴った。
「答えろ。俺は気が短いんだ。特に貴様のような奴にはな」
「・・・・妖狸の者だ」
男は夜叉王丸の放つ殺気に圧されたのか震える声で答えた。
「妖狸が魔界に何の用だ?」
「ここに逃げ込んだ妖鳥族の男を捕らえに来た」
「何故だ?」
「部外者に言う義務は・・・・・・・・があ!!」
男が言い終わる前に夜叉王丸が刀を抜いて男の肩に刺した。
「口応えをするな。質問に答えろ」
「お、俺は、ただ奴を捕らえるように言われただけだ!!」
男は悲鳴を上げながら答えた。
「誰に言われた?」
「がっ!よ、妖狸の王にだ!!」
「ここは魔界だ。貴様らが勝手に動いて良い場所じゃねぇ」
夜叉王丸は刀を抜くとシルヴィアに命令した。
「この男と残りの奴らを牢にでも入れて置け」
シルヴィアは一礼すると男を引き摺って消えた。
血で濡れた刀を鞘に収めると夜叉王丸は再び自室へと向かった。
自室に行くと手当てが終わった将皇がベッドで寝ていたが夜叉王丸が来ると起き上がろうとした。
「将皇殿。何があったのか説明してくれ」
夜叉王丸は医者を下がらせると将皇をベッドに寝かせると尋ねた。
「半年前に突然、妖狸の軍が里を襲って若い娘を攫って行ったんです」
将皇は傷に苦しみながら話し始めた。
「奴らは他にも妖狐や妖猫などの娘たちも攫っていたんです」
「不意打ちで多くの者が死んだり傷ついて、為す術も無い私たちは妖怪王に助けを求めて兵を起こしました。他にも妖狐や妖猫、四国狸なども娘たちを取り戻す為に参加したのですが、敵は金で妖狼族を雇って更に妖狐や妖猫族、妖鳥族の裏切り者も出て、その時に風疾様も傷を負って・・・・・・・」
将皇は悔し涙を流した。
「奴らは若い娘たちを攫って狼藉を働き更に妖怪の世界を牛耳る積もりなんです」
将皇は夜叉王丸の手を震える手で握った。
「お願いです。夜叉王丸様。私を、私たちを助けて下さいっ。お願いです・・・・・・!!」
懇願するように夜叉王丸に頼む将皇。
「・・・・安心して下さい。必ず奴らを叩きのめしてみせます」
夜叉王丸は将皇の肩を優しく叩いた。
しかし、左目の金色の瞳には燃えるような怒りが宿っていた。
『女子供に対する行為、許せん』
夜叉王丸は自室を出てベルゼブルに事の顛末を伝えた。
「・・・・すると、捕らえた狸は将皇を殺す為に魔界に来た訳か」
ベルゼブルが葉巻を吸いながら夜叉王丸に聞いた。
「恐らくな。将皇殿の話では、奴らに礼儀はないそうだ」
「だから、無礼にも関所を破り城に乗り込んで来た訳か」
もう少し関所を強くさせるかと一人事をベルゼブルは漏らした。
「あぁ。俺も他人の事は言えないが、無礼にも程がある」
「で、お前としてはどうしたい?」
紫煙を吐き金色の瞳で夜叉王丸を見た。
「どうとは?」
「助けを求められたんだろ?助けるのか?」
「助けたい」
「あの里には世話になったし、魎月も困っているからな」
それに、と付け加えた。
「あの糞狸は俺に唾を吐いた。喧嘩を売ったも同じだ」
「なるほど。まぁ、俺としても関所を破壊して城に土足で入って来た無礼者を許すほど優しくない」
ベルゼブルは短くなった葉巻を灰皿に押し付けて消した。
「ただちに日本に行き奴らを叩け。悪魔を舐めた授業料は高い事を尻から首に掛けて教えてやれ」
「必要な物は揃えてやる。遠慮せずに暴れろ。良いな?これは命令だ」
ベルゼブルの言葉を聞いて夜叉王丸は頷いた。
「安心しろ。元から遠慮なんてしないさ」
口端を釣り上げて笑う夜叉王丸にベルゼブルもニヤリと笑い返した。
ベルゼブルとの話を終えた夜叉王丸は将皇を任せて屋敷へと帰った。