第十五章:女難の日々
万魔殿に着いた夜叉王丸は追い付いたヨルムンガルド達を集めて会議を開いた。
「先ず、この屋敷に住みたい奴はいるか?」
夜叉王丸の質問に挙手した者は一人もいなかった。
「屋敷を壊すにして、どんな屋敷が良い?」
「俺はお前の好みに従う」
ダハーカを始めとした隊長達は夜叉王丸に意見を委ね部下達も夜叉王丸の好みで良いと言った事で夜叉王丸が決める事になった。
「まだ決まってないから先に屋敷を壊そう」
取り合えずヘルブライ男爵の屋敷から使えそうな物を全て取り払ってから砲撃部隊と奇襲部隊の攻撃で屋敷を攻撃した。
巨大な音と爆発音に近所に住んでいた者は何事かと飛び出したがヨルムンガルドが説明して事は荒でなかった。
見る見る内に屋敷は壊れていき庭園なども焼け野原となったが、広大な土地のため時間は掛り約二時間かけて残骸の山にした。
それから一時間かけて残骸を片付けてから屋敷作りに乗り出した。
夜叉王丸の考えとしては和の良さと洋の良さを合わせて実用的にも芸術的にも立派な屋敷に城にしようと考えていた。
幸いにもヘルブライ男爵の土地は広く城を一つ建てても有り余る程のため訓練所や兵器生産所なども設けられる。
「かなり時間が掛るから手始めにモット・アンド・ベーリーを作るぞ」
夜叉王丸の言ったモット・アンド・ベーリーとは、ヨーロッパにおける築城形式の1種で、10世紀から12世紀のフランス、イギリスで多く建築された。
モットは小山で、ベーリーは外壁を意味し、平地や丘陵地域の周辺の土を掘りだして、堀(空堀が多かった)を形成し、その土で小山と岡を盛り上げた。
小山は粘土で固めてその頂上に木造または石造の塔(天守)を作り、岡を木造の屏で囲んで、貯蔵所、住居などの城の施設を作るものである
突撃部隊と弓弩部隊で堀などを堀って騎兵、戦車部隊が小山を築き上げ奇襲部隊は木材などを運んで見張り台などを作り始めて夜になって見張り塔と住居が完成した。
「よぉし。今日は、ここで終わりだ」
顔を泥だらけにしながら夜叉王丸は作業を中止させた。
「また明日もあるが、今日は疲れを癒す為に飲みに行くぞ!!」
兵士たちは歓喜の雄叫びを上げた。
「さぁ、行くぞ!!」
夜叉王丸が先頭を切り風の翼たちが万魔殿の酒場へと向かおうとしたが、前方から万魔殿の市民たちがやって来た。
中央から代表らしき身形の良い男が出て来た。
彼はギルドの長で貴族の横暴を訴えた時に助けた男だった。
「この度は男爵になったこと喜び申し上げます」
ペコリと一礼する男。
「夜叉王丸様がヘルブライに代わる新たな貴族様で助かりました」
「日頃の礼も兼ねて今宵は酒などをご馳走させて頂きます」
男が顎をしゃくると酒や食糧が出された。
「ありがたく頂戴するよ」
男に礼を言って夜叉王丸は酒などを受け取った。
「お前ら。今日は無礼講だ。たっぷりと飲め!!」
イェーイ!!と大声を上げて兵士たちは酒や食糧を食べ始めた。
「あんたらも一緒に騒いでくれ」
ギルドの長たちも混ぜて宴は更に盛り上がった。
「男爵になっても助けて下さいよ?」
何人かの商人が夜叉王丸に酒を進みながら笑い掛けてきた。
「安心しろ。ちゃんと助けてやるよ」
商人たちは礼を言って酒を飲み交わした。
貴族や軍が横暴する中で夜叉王丸は何時も弱者である民衆の味方であった為に民衆の人気は絶大だった。
宴の音を聞いて続々と集まる民衆。
飲めや歌えの大盛り上がりで宴に静寂は訪れなかった。
翌朝になると再び築城を始めたが、宴に参加した者たちも築城作業に参加したため作業はスムーズに進んだ。
一通りの建物を完成させると次は本格的に城を築き始めた。
最初に空堀と水堀を作り次に三重に城壁で周りを覆ってから木製とは別に石材で作った見張り台を築き上げた。
それから戦で籠城戦のために必要な指揮所、観測所、弾薬庫、油脂庫、貯水・給水施設、通信施設、待機所、交通施設(地下トロッコなど)、医療施設等などを築いた。
その他にも魔術師や呪術師などが居ない事からトーチカや高射台陣地などと他の城や屋敷にはない物を築いた。
約半年を掛けて屋敷の基礎などを作り上げてから最後に夜叉王丸の住む屋敷を築く武家屋敷を建てられた。
それまでの間に幾度となく夜会の招待や貴族の食事会などを呼び掛けられたが屋敷を完成させる事が先決であったため全て断った。
夜叉王丸の屋敷は武家屋敷と呼ばれる日本独自の屋敷でモデルは京都の二条城である。
庭園も大名庭園と呼ばれる日本の庭園で魔界では異例の屋敷になった。
「・・・・やっと完成した」
夜叉王丸達は約半年と数か月を掛けて完成させた屋敷を見て誇らしげになった。
「ここが新しい俺たちの住み家だ」
兵士たちは子供のように喜んで走り回った。
今までバラテという辺境の地で暮らしていたから初めて家と呼べる場所に暮らせて嬉しいのだ。
「ほぉう。やっと完成したか」
「マモン。何か用か?」
突然、現れたマモンに夜叉王丸は目を細めた。
王族などが来る時は大抵ろくな事がないと経験している為だ。
「そう嫌そうな顔をするな」
マモンは苦笑した。
「ベルゼブルがお呼びだ。直ぐに城に来いだと」
「・・・ベルゼブルが?」
養父の名前を聞いて夜叉王丸は確信した。
『あいつが呼び出すって事は碌な目に合わないな』
断るのも手だが、そうすれば過去の経験からシルヴィアを使者に出すのは必定だ。
それだけは絶対に避けたい夜叉王丸は仕方なく城に上がる事にした。
「分かった。直ぐに行く」
「懸命な判断だ。その判断に免じて忠告だ。正門にシルヴィアが待ち構えている」
お前の屋敷に住みつこうとしていると付け加えて去るマモン。
「おい。シルヴィアが来ても絶対に入れるな」
夜叉王丸の言葉に兵士たちは真剣な顔で頷くと急いで屋敷に入り臨戦態勢を取った。
それを見届けて夜叉王丸は魔天楼へ翼を広げて飛び立った。
上空から見下ろすとマモンの言う通りシルヴィアが王族近衛兵を連れて待ち構えているのが見えた。
夜叉王丸は下から視線を逸らして魔天楼の中庭に降り立ちベルゼブルの書斎へと向かった。
「ベルゼブル。俺はいそ・・・・・・がしい」
書斎に入り皮の椅子に座るベルゼブルに文句を言おうとした夜叉王丸だったが、ベルゼブルの隣に立っている人物を見て言葉を失った。
「・・・・お久し振りです。夜叉王丸様」
夜叉王丸の目の前に立っているのは濃紺のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに白いフリルの付いたカチューシャを身に付けたジャンヌだった。
「・・・・・・・」
「夜叉王丸様?」
ジャンヌの声がして夜叉王丸は我を取り戻した。
「な、何でお前がいるんだ?しかもメイド服を着て!!」
我を取り戻した夜叉王丸は狼狽して叫んだ。
「分からんか?お前の屋敷でメイドとして働く為だ」
何を言っていると笑うベルゼブル。
「め、メイドだと?!」
「お前、まさか召使いを雇わずに暮らそうと考えてたのか?」
「・・・・・・・・・」
図星を指され夜叉王丸は何も言えなかった。
「お前って本当に無神経と言うか生活が破綻していると言うか・・・・・我が息子ながら何と情けない」
ベルゼブルは嘆息した。
「うるせぇ。エロ爺が」
夜叉王丸はギロリとベルゼブルを睨むとジャンヌに視線を移した。
濃紺色のメイド服がポニーテールの銀髪を引き立たせて気高さを放出していた。
「何で俺のメイドになりたいんだ?」
気になっていた事を尋ねた。
「夜叉王丸様のために何か恩返しをしたいと考えてメイドになり身の周りの世話をしようと考えたんです」
「気持ちは嬉しいが、ここは魔界で天使のお前には住み辛い場所だと思うぞ」
「バール王様が後ろ盾になってくれると約束してくれました」
夜叉王丸はここには居ないバール王に悲鳴に近い声で文句を言いたかった。
「私の他にも何人かのメイドが夜叉王丸様の屋敷で働くと聞いておりますので、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるジャンヌ。
ジャンヌは気付かなかったが夜叉王丸は非常に困り切った顔をしてベルゼブルは必死に笑いを堪えていた。
この日から夜叉王丸の波瀾万丈な女難の日が始まった。